100 一緒にいたい
「迎えに来たぞ。イノセ」
相変わらずの不敵な笑みを浮かべながら、リートはそう言った。
彼女の言葉に、私はその場に立ち尽くすことしか出来ない。
どうして、彼女がここに……? というか、迎えに、って……?
色々な疑問が脳内でグルグルと渦巻き、私はすっかり混乱状態になってしまった。
すると、リートは乗っていた窓枠から下り、床に足を着けた。
それを見て、私はハッと我に返った。
「ちょっ、危ないって……!」
咄嗟にそう言いながら、私はリートの元に駆け寄る。
すると、彼女は驚いた様子で「何じゃ急に」と言ってくる。
「別に平気じゃろう。靴も履いておるし、お主を連れてすぐに出るつもりじゃし」
「そういう問題じゃ……というか、どうやってここに? ここ、階数が……」
「おぉ、土魔法で足場を作ったのじゃ。今はもう砂に戻して、おるが……」
そこまで説明したリートは、突然フラッと前に倒れる。
私はそれに、咄嗟に彼女の体を抱きとめた。
「えっ、ちょっと……大丈夫?」
「すまんのう……休む間も無くお主を追ってきておったし、ここまで来るのも色々と大変じゃったから、体力が……」
「全く……本当に体力無いなぁ」
「うるさいのう。というか、イノセ!」
呆れる私の顔を、リートはビシッと指さしてきた。
突然のことに驚き、私は「へっ!?」と聞き返した。
すると、彼女は不満そうに頬を膨らませて私の顔を睨みながら続けた。
「お主もお主じゃ! なぜダンジョンを出た後ですぐに妾と合流せんかったのじゃ!」
「いや、そもそもリート達が急にいなくなったんじゃん!」
「そりゃあそうじゃろう。お主の知り合い共は妾の命を狙っている輩であろう? アランは何とか倒したし、オマケにリアスの作った氷の壁も壊されてしまうし、当然逃げるという選択肢を取るわ」
「じゃあ、せめて私に一言くれれば……!」
「お主は矛の女と何かしておったであろう? 盾の女ならまだしも、あんな物騒な武器を持った女が近くにおるお主に声をかけるなど、自殺行為も良いところじゃ」
「だからって……」
咄嗟に反論しようとしたが、説明されてみると、割と納得のいく話だった。
しばらく何かを言い返そうと思考を巡らせたが、反論出来るような箇所が思いつかなかった為、私は降参の意を示すように両手を挙げた。
すると、リートは小さく息をつき、続けた。
「全く、大変だったのだぞ? アランにも色々と説明せねばならんかったし、お主等はスタルト車を使ってさっさと進んでしまうし、いざ迎えに行こうと思ってもお主には矛の女が引っ付いておって中々手を出せんし……」
「……ごめんなさい」
不満そうに言うリートに、私はひとまず素直に謝っておいた。
理由はどうあれ、色々と迷惑を掛けたことには変わりない。
私の謝罪に、彼女は満足そうに笑い、「分かれば良い」とふてぶてしく言った。
「お主こそ、なぜさっさと知り合い共から離脱して妾の所に向かわなかったのじゃ」
「それが……」
不満そうに言うリートに、私は山吹さんに話を聞くからと捕獲され、そのままギリスール王国まで一緒に帰る流れになってしまったことを簡潔に話した。
……友子ちゃんにずっと一緒にいると約束してしまったことも説明しようとしたが、話そうとすると、なぜかそこだけ言葉に詰まってしまい上手くいかなかった。
そこは後で改めて説明しようと思い、ひとまずそれを省いた今までのことを、私はリートに話した。
私の話に、彼女は納得した様子で小さく頷いた。
「ふむ……お主にも色々と理由があったということか」
「まぁ、うん……」
「とはいえ、奴隷が主の手を煩わせるというのは許されないことであるぞ? ダンジョンでは妾の言うことも聞かずに飛び出すし……」
「いや、あの時は山吹さんが危なかったから……」
咄嗟に反論した私の言葉に、リートはムッとした表情を浮かべた。
……どうやら、機嫌を損ねてしまったらしい。
何だか嫌な予感がして後ずさろうとしたが、それより先にリートは私の首に両手を絡め、軽く引き寄せた。
「言うことを聞かぬ奴隷には、罰が必要じゃな」
「罰って、まさか……」
ニヤリと笑みを浮かべながら言うリートに、私は頬を引きつらせながらそう聞き返した。
彼女はそれに答えず、私の首に両手を絡めたまま後ろにあった窓枠に腰掛け、唇を奪った。
『レベルUP!
猪瀬こころはレベル96になった!』
「ッ……」
唇に柔らかい物が触れる感覚に、私は僅かに息を詰まらせた。
すぐに彼女の体を突き返そうとするも、奴隷の契約のせいで逆らうことが出来ない。
精々、前屈みのような体勢になる為に咄嗟に窓枠についた手で、リートに私の体重が圧し掛からないようにするくらいのことしか出来なかった。
「……こころ……ちゃん……?」
その時、背後から、ここ数日ですっかり聞き慣れた声がした。
私はそれにハッとして、すぐにリートから体を離した。
慌てて後ろを振り向くと、そこには、部屋の扉の前でこちらを見て立ち尽くす友子ちゃんの姿があった。
「友子ちゃ……ッ! 違ッ、これは……ッ!」
「ふむ、もう見つかったか」
慌てる私に対し、リートはやけにのんびりした口調で言った。
何をそんなに呑気に構えているんだと内心で驚いていた時、彼女は私の袖を掴み、軽く引っ張った。
「ほれ、妾と一緒に来い」
リートの言葉に、一瞬足が彼女の方に進みそうになる。
しかし、私はすぐにハッと我に返り、慌てて両足を踏ん張る形で踏みとどまった。
私の反応に、リートは目を丸くして私を見つめた。
「……? 何をしておる?」
「リート、私……」
そこまで言って、私は口ごもる。
……何を躊躇しているんだ、私は……。
言わないと……私はもう、リート達と旅は続けられないって……友子ちゃんの傍にいなければならないんだと、伝えないといけないのに……。
「……私は……」
声が震えて、胸に激しい痛みが走る。
私は拳を強く握り締め、何度も深呼吸を繰り返す。
言え……言うんだ……言わないと……。
「こころちゃんッ!」
すると、背後から友子ちゃんの声がした。
顔を上げると、そこには矛を構えてこちらを見つめる大切な友達の姿があった。
「こころちゃん、ソイツから離れて! ここは、私が……ッ!」
「はぁ……全く……」
友子ちゃんの言葉に、リートは呆れた様子で溜息をつきながら、そう呟いた。
かと思えば、彼女は私の腕を掴み、強引に引っ張った。
「リート……!?」
「お主は本当に、何度言えば分かるのじゃ?」
リートはそう言って私の首に両手を絡めると、後ろに倒れる形で外に身を投げた。
彼女に体を密着させる形になっていた私は、共に窓の外へと飛び出す。
夜空には綺麗な満月が浮かんでおり、その淡い月光が私達を照らした。
そんな中で、リートは私の目を真っ直ぐ見つめながら、小さく笑みを浮かべて続けた。
「奴隷に拒否権は無いぞ。こころ」
彼女の唇から紡がれたその言葉に、私は目を見開いた。
今まで幾度となく聞いてきた、奴隷の反論の術を奪う主人の言葉。
その言葉を聞いた瞬間、ドクンッ! と、心臓が強く脈打った。
まるで、今この瞬間心臓が動き出したかのような感覚と共に、ずっと私の胸中にあった突っかかりや痛みが消えていくのを感じた。
……いつもそうだ。
私は優柔不断で、自分のしたいことが分からなくて、いつも周りに流されてばかり。
自分のしたいことがあっても、周りに流されることに慣れすぎて、いつもその言葉を飲み込んでしまう。
そんな私の手を、強引にでも引っ張ってくれるのは、いつも……貴方だった。
貴方の強引さが、私には心地よかったんだ。
あぁ、そうか……簡単な話だったんだ。
私は、リート達と……リートと、一緒にいたいんだ。
ここにいることが正しいだとか、自分を大切にしてくれる人の傍にいることが正しいだとか、そんな教科書の模範解答のような答えは……きっと、私には綺麗過ぎるんだ。
人は私の答えを、間違っていると言うのかもしれない。
リートに逆らえない私を、弱い人間だと嘲るかもしれない。
友子ちゃんを……大切な友達を裏切る私を、汚い人間だと罵るかもしれない。
でも……それでも私は、リートと一緒にいたい。
まだまだ一緒に旅を続けていたいし、彼女のことを守りたい。
人遣いが荒くて、横暴で強引で、子供っぽくて我儘でも……その全てをひっくるめて、私はリートのことが好きなんだ。
「……あっ」
カチリ、と。
胸の中で、ずっと未完成だったジグソーパズルの最後の一ピースがはまったような、心地よい音が鳴った気がした。
直後、一気に体に重力が加わったような感覚がした。
「ッ……!?」
私は驚きながらも、すぐにリートの体を抱き締め、自分が下になるように体を捻った。
そのまま私達は重力に身を任せ、すぐ下にあった植木の中へと飛び込んだ。




