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7.お父様のお誕生日

 4月吉日。お父様のお誕生パーティーの日がやって来ました。

 今日はたくさんのゲストが、近隣小国からお祝いに駆けつけてくれています。


 何かお祝いの品を用意したかったのに、私の手の中は空でした。

 またダメになるかもしれない。そう思うと2度目は手が動かず、結局形のあるプレゼントは用意出来なかったのです。

 さすがに今日ばかりは、悔しい気持ちとお父様に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。



 立食式で、昼のガーデンパーティーが始まります。

 4月の光に照らされた庭園は、花も緑も人工物も、素直に美しいと思えました。

 瑞貴お姉様に「隅の方でおとなしくしていなさい」と言われた私は、壁の花ならぬ、垣根の花になりました。

 濃草色のクラシカルなドレスは、まるで保護色のようです。裾と袖部分の白いフリルレースがなければ、完全に垣根と同化してしまったかもしれません。

 お姉様方もゲストの方々も、皆素敵に着飾っているのに、目立たないことにほっとしている自分がちょっと情けなく思います。


 でも、この装飾のシンプルな地味なドレスよりも何よりももっと気がかりなのは、お父様にお祝いの言葉1つかけてあげられないことでした。

 絶えずお姉様の誰かがお側にいてゲストと話しているので、お父様に近付く隙がありません。

 パーティーが終わるまでには、どこかでチャンスがあると良いのですが。


 小さくため息をもらしているところに、祐箔お兄様がやってきました。


「月穂、少し背が伸びたのじゃないか?」


 冗談混じりにそう声をかけて下さったお兄様は、お父様によく似た優しい黒い瞳で私を見下ろしました。

 お兄様と直接お話するのは1ヶ月ぶりくらいでしょうか。私の背が伸びたかどうかはともかくとして、180cmを越えたお兄様のお顔を見上げて話すのは、首が痛いです。


「ええ、お兄様の身長を越したいので頑張っています」


 微笑んでそう言うと、お兄様も笑って返しました。


「また相変わらず地味なドレスを選んだな。月穂は元がいいのだから、こういう時はもっと飾り立てればいいのに」

「そ、そんなことは……私はこの方が落ち着きますから」

「もったいないな。今度私がひとつ仕立ててあげよう」

「お気持ちだけで充分ですわ、お兄様」


 どうせなら、ドレスより新しい本を買って下さい。そんな言葉を飲み込みました。

 お兄様は子供の頃から私のお母様と仲が良かったこともあって、今でも私を可愛がってくれているのです。

 たまに私を見る目が愛玩動物を愛でているような目に見えるのは、気のせいだと思いたいですが。


「先ほど、父上がお前の顔をまだ見ていないと嘆いていたよ。こんな隅にいないで、早くお祝いに行っておいで」

「は、はい!」


 お父様が私を捜していた?

 お祝いを言いに行く口実を得ました。うれしくなった私は、いそいそとお父様のいる席へ歩いて行きます。


(……あら?)


 お父様はお席にいらっしゃいませんでした。周囲のテーブルにもお姿が見えないようです。

 まだパーティーも中頃だと言うのに、どこに消えてしまわれたのでしょう? 

 お姉様方も離れたところでめいめいにお茶を楽しんでいます。残っていた侍従にお父様のことを尋ねると「急用で一旦城の中へ戻られました」と教えてくれました。

 お誕生日パーティーよりも優先しなくてはいけない急用とは、一体何でしょう。

 まさか……それは口実で、具合が悪くなった……とかではないですよね?


 昨日も夕食の席で疲れたお顔をされていました。いつも忙しく、十分なお休みがとれないお父様のことが急に心配になってきます。


(ここにいても仕方ないですし、私も一旦城の中に戻りましょう)


 香澄は給仕に忙しそうだったので、声をかけずに庭園を横切ります。

 少しだけお父様の様子を見に行くつもりで、私は人の少ない城の廊下を進んでいきました。

 玉座の間か、自室か……どちらに行かれたのかくらい聞いておくべきでした。


 途中、貴賓用の応接室前を通りかかると、半分開いた扉の中からお父様の声が聞こえてきました。

 お元気そうな声にホッと胸をなで下ろします。お客様だったのでしょうか……?


 お行儀は悪いですが、扉の前に立って少しだけ中を覗いてみました。やはり誰か、お客様がいらっしゃるようでした。

 そっとその場を立ち去るつもりでしたが……


「月穂? 月穂じゃないか。どうしたんだ、戻ってきたのか?」


 お父様に気付かれてしまいました。


「あ……あのっ」

「入っておいで、構わないから」


 そう声をかけられて、私はオドオドしながらも開いた扉から中に足を踏み入れます。

 正面に座られていたお客様が顔を上げた瞬間、私は心臓が止まるかと思いました。


(……蒼嵐様!)


 後ろに護衛を2人従えて、貴賓用の豪奢な椅子に腰掛けているのは、間違いなく先日お会いした蒼嵐様その人でした。

 全く心構えの出来ていない状態で顔を合わせてしまい、急激に顔が火照っていくのを感じます。

 いけません。普通に、普通の顔をしていなければ。

 おかしな姫だと思われてしまいます……!


「蒼嵐様、こちらは娘の……第四王女の月穂です」

「ああ、先日お会いしたから知っているよ。月穂姫、こんにちは」

「ご、ごきげんよう……蒼嵐様」


 笑顔の蒼嵐様に、ドレスの横をつまんでギクシャクした礼を返しました。

 その瞬間にも、何だか夢の中にいるように体がフワフワします。


「月穂、今日はお前の姿が見えないと思っていたのだよ。どこに行っていたのだ?」

「あ、あの……たくさんゲストの方がいらしていたので、お邪魔になるかと思って、後ろの方に控えておりました」

「お前は本当にいつでも控え目だな。姉達と大違いだ」


 そう言って、お父様は笑います。

 蒼嵐様の視線が気になって仕方ありませんでしたが、私は今が言いたかったことを言うチャンスだと気付きました。再びドレスをつまんで、深く礼の形を取ります。


「お父様、49歳のお誕生日、大変おめでとうございます。その……差し上げられるものが何もなくて、申し訳ありません」

「ん? お前からのプレゼントは歌ではないのか?」

「え?」


 当たり前のようにそう言って、お父様は部屋の隅にある大型の鍵盤楽器を振り返りました。


「ちょうど良い月穂、ここで一曲聴かせてくれないか。蒼嵐様もいらっしゃることだし」


 お父様の言葉に、私は内心「ひっ」と叫びました。

 ちょうど良くありません!!

 お父様? 何ですかその唐突な提案は?!


「え、あ、お客様の前でお聞かせするようなものでは……」


 心の中で「やめて!」と叫びながら、しどろもどろにそう返すと、お父様は「何を言う」と笑って、楽士を連れてくるように侍従に申しつけてしまいました。


 お父様、嘘ですよね……

 人前で歌うことが特別に苦手な訳ではありませんが、今この状況で、と言われるとかなりハードルが高い気がします。


「蒼嵐様、月穂は大変に歌が上手なのですよ」

「先日偶然にも少しだけ耳にしたけれど……確かにすごく綺麗な歌声だったね。銅箔(どうはく)殿ご自慢の歌姫といったところかな?」

「ええ、自慢の娘です」


 やめてお父様! ハードル上げないで!!

 どうしましょう……! いつものように歌える気が全くしません。

 私は青くなりながら、この試練をどう乗り越えようか、ぐるぐると頭を巡らせていました。


蒼嵐ふたたび。月穂はかるくパニック。

没落みたいに次回予告しないの? って聞かれましたが、いりますかね……?

次話「8.私の唯一の特技」明日更新! お楽しみに! ……こんな感じかな。

タイトルによっては秒でネタバレするから、良いんだか悪いんだか。

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