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36.新しい私

 清明国の城内に戻った私を待っていたのは、香澄でした。


「月穂様……!」

「香澄……心配かけてごめんなさい」

「ご様子がおかしいとは思っていましたが、まさか急にいなくなられるなんて……ご無事で良かったです……!」


 涙ぐんで「本当に心配しました」と繰り返す香澄にたくさん謝りながら、城の中を見渡します。

 私、ここを捨てずに済んだのです。また香澄と、いつも通り過すことが出来るのです。

 それがたまらなくうれしく感じました。


「月穂……!」


 別の方向から呼ばれて、首を回します。


「瑞貴お姉様……! 元に戻られたのですか……?」


 第一王女の瑞貴お姉様でした。

 お姉様にしては簡素な服装です。いかにも病み上がりのような顔色でしたが、正気に戻った姿にホッとしました。

 足早に駆け寄ると、お姉様は目を細めて眉間に皺を寄せました。


「あなたのせいよ……!」


 どん、と突き飛ばされて、私は勢いよく後ろに転びました。

 予測していなかったので、反応が遅れたようです。思いきり打ってしまったお尻がじーんと痛みました。


「月穂様!」


 香澄が私の側に駆け寄ろうとしたところを、お姉様の侍女達が前に出てきて進路を防ぎます。

 いつもの光景でした。


「おかげで生き恥をさらしたわよ! あなた、私がおかしくなると思って呪い返したわね?! いい性格しているわ……本当に忌々しい……!」


 お姉様らしい言葉でした。

 それを聞いて良かったと思いました。ああ、お姉様は元通りだと、私は実の姉の人生を奪うようなことをしなくて済んだのだと、安堵しました。


「月穂姫、大丈夫? 何? まさか普段からこんな感じなの??」


 侍従達と背後で話していた蒼嵐様が、慌てて進み出てきて手を差し伸べてくれます。

 お姉様の侍女達も、蒼嵐様相手では止められないようです。助けられて立ち上がる私を見ていた瑞貴お姉様が、よりいっそう不愉快げな表情になりました。


「紗里真の国王陛下、恐れながら……私の寝所に入って、寝姿をご覧になったと伺いました。お間違えはございませんか?」


 棘のある声に、蒼嵐様が向き直ります。


「ああ、緊急時だったとはいえ本当に申し訳なかったと思ってる。ご無礼どうか許していただきたい」

「いいえ! あられもない姿を見られてはもうお嫁にいけませんわ! どのように責任を取っていただけるのですか?!」

「いや、あられもないって別に……ただ寝てただけだし、顔も殆ど見てないし、みんないたんだけれどな……責任かぁ。慰謝料とかでいいかな?」

「いいえ、私を妻に迎える形で責任を取ってくださいませ。側妃でも一向にかまいませんわ」

「え」


 なりふり構わない発言に、蒼嵐様が笑顔を貼り付けたまま固まりました。

 確か、お姉様のところから呪具を見つけて解呪したと聞きました。ということは、この状況は私のせい……なのでしょうか。


「えーと……ごめん、無理」

「陛下、いくらなんでもストレートすぎます。考えることを放棄なさらないでください」


 簡潔に答えた蒼嵐様に、横からいつもの護衛の方がたしなめました。

 お姉様はそんなやり取りも完全に無視して、自分の言いたいことを並べています。


「責任は必ず取っていただきますわ。私、以前から貴方様をお慕いしておりましたもの。今更、他の殿方など考えられません」


 お姉様のその言葉に、私はカチンときました。

 蒼嵐様をお慕いしている? そんな訳はありません。大国の妃になりたいとは聞いていましたが、お慕いしているなんて初耳です。

 自分の気持ちを偽って伝えた上で、蒼嵐様に嫁ぎたいということでしょうか。


「……お姉様、お待ちくださいませ」


 気付いたら、私は横から口を出していました。

 私が発言したことが意外だったのでしょう。お姉様は軽く眉をひそめて私を睨みました。


「何かしら、月穂。あなたに用はなくってよ」

「いいえ、お姉様になくとも私にはあります」


 自分でも意外な、そんな言葉が口から出てきました。

 私がお姉様に向き合っていることに一番顔色を変えたのは香澄です。


 大丈夫よ、香澄。

 私は彼女と目を合わせると、安心させるために微笑んでみせました。


 私、こんな理不尽の上に嘘を重ねるような言動は許せません。

 自分勝手に振る舞い、たくさんの人を巻き込んで、迷惑をかけて……もう私だけが耐えていればいい話ではないのです。

 それに、力が無いと嘆いているうちに大切なものを失うかもしれない、あんな思いはもう二度と嫌。


 だからもう、何もせずにただ耐えるだけなんてことはしません。

 自分がどれだけのことを出来るかは分からないけれど……理不尽だと思うことには声をあげたい。

 私を強いと言ってくれた、大切な人の言葉を信じて。


「お姉様は、どうして私を呪ったのですか?」

「……なん、ですって?」

「それがそもそもの始まりではありませんか。お姉様が私を呪ったりしなければ、私が呪師の力を借りて呪いを返すようなこともなかったのです……お姉様と私を助けるために、蒼嵐様がお部屋に入って呪具を探さなくてはならない必然も無かったでしょう」

「そ、それは……月穂、あなた、いつからそんなに生意気な口をきくようになったの?! 私に対してその態度……無礼よ! 謝りなさい!!」

「相手がお姉様と知らなかったとはいえ、私が呪いを返したことでお姉様に不利益が生じたことはお詫び申し上げます。でも、それ以外のことについて謝る気はありません」

「な、なんですって?!」


 怒りに揺らいだお姉様の目は、少しも自分の非を認めてはいませんでした。

 どこまでいっても自分が一番正しいのだと、蒼嵐様まで自分の思い通りにするのだと言っているのがよく分かりました。

 私、こんなに腹が立ったことはないです。

 相手がお姉様だろうと、自制心が足りないと言われようと、はっきり言わなければ気がすみませんでした。


「((どれほど大国の妃になりたいからって、お慕いしているなんて、そんな不誠実な嘘を吐くなんて間違っています! 訂正して謝罪してください!!))」


 びくり、と肩を揺らすと、お姉様は後ろに2、3歩よろめきました。

 信じられないものを見る表情で私を見返すと、深々とその場で謝罪の礼の形を取ります。


「月穂の言う通り、お慕いしているというのは嘘でございます。大変申し訳ございません……」


 あまりにもあっさりお姉様が謝ったので、私は拍子抜けして目を丸くしました。

 横からぽんぽん、と肩を叩かれて振り向くと、蒼嵐様が苦笑いです。


「声、魔力もれてる」


 指摘されて「あ」と呟きました。

 まだこの力に慣れないせいでしょうか。どうやら私、感情が昂ぶると声に魔力がもれてしまうようです。


「な、何故……私は、謝りたくなんか……」


 混乱しきった表情で、お姉様が呟きます。

 ……ごめんなさい! 強制的に謝らせました!


「我が主に嘘を吐くとは……小国の第一王女とはいえ、許しがたい不敬罪ですな」

「なっ」


 蒼嵐様が余戸、と呼んでいる護衛の方が怖い顔でお姉様の前に進み出ました。


「陛下、処分はどのようにいたしましょうか」

「お、お待ちください。私は、そのようなつもりでは……!」


 青い顔でお姉様がブルブルと震え始めます。


「そうだね、実の妹を呪ったっていうところも十分罪深いと僕は思うんだけれど」

「では、複数の件について、捕縛、連行いたしますか」

「個人的にはなんでこんなことをしたのか、聞いてみたい気はするけれどね」


 不問にするよ、と蒼嵐様が涼しい顔で言います。


「だから瑞貴姫も、僕の行いは不問にしておいてね」

「はい……! はい! 陛下の尊大なお心に感謝いたします……!」

「ああ、あとね」


 そこで蒼嵐様はいったん言葉を切ると、笑顔を深めて言いました。


「可愛い妹を泣かすような真似は、今後一切しないようにね。もし少しでもそういう動きがあれば、僕、黙っていないから」


 微笑んでいるのに、目が笑っていませんでした。

 それに気付かなければ、私のためにそんなお言葉までと、感動しているだけで済んだのですが……


(優しいだけの方では、ないのかもしれませんね……)


 それでも素敵です。

 もっと他のお顔も、見せてもらえる時が来るでしょうか。


 お姉様は今度は自主的に深々と謝ると、半泣きのような顔で侍女達に連れられて自室に戻っていきました。


「さて」


 思い出したように蒼嵐様が呟きます。


「僕はそろそろ帰るとするね。月穂姫、メンハトの返事、次からは出してもらえるとうれしいな」

「あ……」


 そうです、私、いただいたお手紙に返事をしていませんでした。

 それこそ、不敬罪になるのでは……


「あの、私……本当はお返事したくて……」

「うん、大丈夫だよ。それどころじゃなかったもんね。でも返事が来ないと、何かあったんじゃないかって気になって、またこうやって突然来てしまうかもしれないよ?」


 冗談めかしたセリフでしたが、本当にそれだけの理由で駆けつけてくださったのが分かりました。

 温かい気持ちでいっぱいになって、私も笑って返します。


「では、お返事しなければ、また来ていただけるのですか?」


 口にしてからハッと我に返りました。な、何を言っているのでしょう、私。

 半分本気で尋ねてしまいました。


「んー……そういう呼び出され方はちょっと……」


 そうですよね?! 申し訳ございません! 私が馬鹿なことを申しました!

 全力で謝罪しようかと考えた時、すくい上げるように右手が取られました。


「精神衛生上良くないから、次は出来れば普通に呼んで欲しいな」


 軽く引き寄せられた手に、温かい口づけが落とされるのを呆然と見ていました。

 挨拶……なのは分かっていました。

 分かっていましたが、心臓が大きく跳ねて、頬が紅潮してきます……!


「お望みとあらばいつでも参上するよ、お姫様」


 極上の笑顔でそう言うと、蒼嵐様はそのまま玄関ホールに回された馬車へ歩いて行ってしまいました。

「ゆっくり休んでね」と、去り際にかけてくださった声に、私はどう反応したのか……


 まるで記憶にないまま、火照った頬を押さえました。


蒼嵐はナチュラルキラー(NK)属性だと思う。

そんな属性ないって? ええ、私が今作りました……<(_ _)>


次話「難解な気持ち(蒼嵐視点)」。明日月曜日は定休日ですよ~。これが最後の定休日!

次回更新は火曜日になります。8月いっぱいで完結予定です。

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