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33.いばらの道(ナイトフライト視点)

 もう何年前のことなのか、数えるのも忘れてしまった。


 魔法士としても、呪師としても未熟だったわたしは、早く知名度をあげたいと思っていた。もっと金を稼ぎたい、その思いも強かった。


 酒場で古代の神の話を聞いたのはそんな頃だった。


「その神に力を授かると、人の心を読むことが出来るようになるらしい」


 人の心が読めるなど、呪師としては最高の能力だ。

 それさえあれば、世界最高峰の呪師になることも可能ではないか。

 私はその神の力を手に入れたいと思うようになった。

 わたしはひとり、その神の元へ向かった。


 氷の大地に閉ざされた古代遺跡の内奥に、その神の祠はあった。

 道のりは険しかったが、わたしは執念でそこへたどり着いた。

 目前にしたご神体は、宝石のように尖った氷の塊だった。畏怖を覚えるような寒気をまとって、美しく怪しく光っていた。


 あとは心から願えば、神から力を授けてもらえる。

 わたしは一心に祈った。

 刺すような寒さをものともせず、強く祈った。


(神よ、わたしは試練に耐えここまで来た。力を与えてくれ!)


 しかし、氷の塊は沈黙していた。

 神はわたしになにも授けてはくれなかった。


 何故だ? 苦労してここまで来たのに。

 命の危険を顧みず、死地のような凍土までやって来たのに。


 今にして思えば、疲労から軽く混乱していたのだろう。

 わたしは衝動に駆られるまま、持っていた小型の短剣をご神体に突き立てた。

 ひどく腹が立っていた。


 チクショウ! チクショウ!!

 ここまで来て何も手に入れずに帰れというのか?

 わたしは成功するんだ! くだらない呪具を作って売るだけの三流では終わらない!


「冗談じゃないぞ……! このろくでもないまがいものの神が!!」


 何の反応もないご神体。力を授かるなんて嘘だったのか。

 もの言わぬ神が許せなくて、わたしは何度も何度も短剣を突き立てた。

 とうとう亀裂が入り、氷の欠片が飛んだ。


 そして、わたしは見えない力にはじき飛ばされた。


(――愚か者が……それ程に我の力が欲しいのならばくれてやろう。だがしかし、お前が幸せになることはない。無垢な心を持つものがお前を愛さない限り、この呪いを解くことは出来ないだろう……)


 直接頭の中にそんな声が響いたあと、わたしの意識は闇に落ちた。


 気付いた時には、羽のない黒い翼を持った、不気味な生き物の姿になり果てていた。

 なんだこれは? 何故こんなことに?!

 わたしはただ、皆がうらやむような力が欲しかっただけなのに……!

 

 真に無垢な心を持つものが、愛さない限り。

 わたしのこの悪夢が、呪いが解けることはない。


 太陽が隠れるまで、わたしは鳥のようなコウモリのような姿で過ごした。

 誰もが不気味で醜い、異形の姿を恐れた。

 呪師としては箔が付いたようなところもあった。

 鳥コウモリの姿でいる時は確かに人の心の声が聞こえるようになった。

 だがあれだけ欲しかった力を手にしたのに、聞こえてくるのは自分への誹謗中傷ばかり。


 元の姿に戻してくれ。心の声なんて聞こえなくてもいい。

 元の姿に戻りたい。戻してくれ。

 戻してくれ。

 毎日そればかりを思い、気が狂いそうだった。


 無垢な心の持ち主なんていない。

 人間の心は汚い。わたしを救ってくれる人間などいるわけがない。

 わたしを哀れと思ってくれる者など、いるわけがなかったのに。


「ねえ、お腹が空いているだけなのよね? だからここに飛び込んできてしまったのでしょう?」


 嫌悪を持たず、そう問いかけてきた澄んだ瞳。


(そんな風にみんなでいじめたらかわいそう。逃がしてあげましょうよ)


 濁りのない、心の声が聞こえた。

 見つけた。

 とうとう見つけた。

 わたしを救ってくれる、無垢な心の持ち主。 


 わたしはどうしても、それを手に入れたかった。


 月穂の身内は利用するのにちょうど良かった。

 呪具を喜んで受け取った姉の第一王女は、愚かを絵に描いたような女だった。

 これで計画はうまくいく。

 わたしは元の姿に戻れる。


 わたしはどうしても、月穂を手に入れなければいけなかった――。



 今、わたしの手の中で小さく震えている存在。

 無垢で、馬鹿がつくほどお人好し。自分を憎んで呪った姉までも見捨てられないほどに。


「さて月穂……あいつの言う通り、わたしの計画は破綻した。だがお前を連れて行くことはまだ可能だ。わたしの身にかかっているこの強力な呪いはね、無垢な心を持つ者に愛されることで解呪されるんだ。協力してくれるかい?」


 そう問いかけると、月穂はおびえた目で見上げてきた。


「無垢な……?」

「お前のことだよ。わたしはお前に愛されたい。そして人の姿に戻りたいんだ。わたしを助けてくれるだろう?」


 そこまで言うと、やっと理解したようだった。

 わたしが自分を愛していたわけではなく、利用しようとしていただけなのだと。


「出来ません! 離して……!」

「いいのかい? あそこにいるあの男、火で炙るも風で切り裂くもお前次第だよ?」


 月穂は凍り付いたように私を見つめた。

 わたしがこれから何をしようとしているのか、思い当たったらしい。

 あの男、紗里真の国王。あいつだけは許さない。

 私の計画を、やっと手に入れた希望を、当たり前の様な顔で握りつぶしたあいつだけは……!


「ま、待って……」

「馬鹿な男だよ。お前がイエスと言えば命だけは助けてやってもいいが……いや、やはり目障りだ。死んでもらうが得策かな」

「……!」

「よし決めた、苦しんでいる姿を見ようじゃないか月穂。どうせお前は何も出来ない。そこで見ておいで」


 わたしは月穂の首に爪を立てたまま「浮かぶ水球(ヴァッサークラウト)」と唱えた。

 中級魔法士でも使える程度の攻撃呪文だが、盾も何もまとっていないあの男にはこれで十分だ。

 前触れなく空中に現れた水球が、瞬きする間に国王の上半身を飲み込んだ。盾が解除されているのだ。抗う方法などないだろう。


「蒼嵐様……っ!!」


 のどを押さえているせいで、月穂からはかすれた悲鳴のような声があがった。

 わたしの手を必死ではがそうとしている弱々しい力に、苦笑する。


「ひ弱そうだから、3分と持たないんじゃないかな……さあ、その前に答えを聞かせてもらおうか、月穂。わたしと行くか? ここであの男と死ぬか?」

「……ナイトフライト、あなた……!」


 怒りと焦りを帯びた目が、わたしを睨んできた。

 そう、わたしにはそういう視線が似合いだ。憎まれて、蔑まれて、それでこその呪師だ。


「最初からわたしの目的はね、お前にわたしの呪いを解いてもらうことなんだよ。すまないね」


 本当にか弱い存在だ。わたしがこの指に力をいれたらすぐにでも壊れてしまうだろう。

 美しくて儚い、唯一無二の存在。


 計画が知れてしまった以上、わたしと一緒に行くだなんてことは考えられないだろう。

 ならば、やり方を変えるまで。


 水球の中に立つ国王は、口元を手で覆っていた。

 月穂と目が合うと首を横に振ったが、平然としているようで苦しそうに見えた。

 当然だ。水の中では息が出来ない。

 その姿を見れば、心優しい月穂が言うべきことなんて、ひとつしかないだろう。


「やめてっ! 私ならどこへでも行くし何でもするから今すぐやめて!!」


 月穂の言葉に、わたしは満足げに頷いた。

 無理矢理連れて行くことも出来る。だが、言質を取ることは何よりも重要だ。

 すぐには無理でも、契約を結んで離れられないようにしてから、私を愛するようにすればいい。


「……言ったね? もっと早くそうすれば良かったものを」


 わたしは不敵な笑みを浮かべた。


「ここで契約を締結しようじゃないか。お前はわたしの呪いを解く。わたしはお前の家族には手を出さない。ここから出た後も、お前が快適に暮らせるように配慮すると誓おう。だが……あの男にはここで死んでもらう。今後の障害になりそうだからな」

「……そんなっ」


 視線の先でふらりと国王の体が揺れた。

 表情は分からなかったが、思った通りさっさと溺れ死んでくれそうだ。そう思ったら少しは溜飲が下がった。


「嫌……! 蒼嵐様! 蒼嵐様っ!!」

「おとなしく見ていなよ、月穂」


 この世はいつも思い通りにならない。それが真実だ。

 好きな男が目の前で死ねば、月穂の心は壊れるだろう。

 絶望した心はつけこみやすい。


 ゆっくりと地面に膝をついた国王の姿に、わたしは声をあげて笑った。


本日は外出先にPCを持ち込み、なんとか更新。

テザリングって便利だ……でもこれやると、どこに行っても仕事出来てヤバイ。

納期に追われて働けということか……!


次話「守りたいもの」。月穂視点に戻ります。

明日更新予定です。

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