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31.気になる人(蒼嵐視点)

 飛那姫が倒れてから12日目の昼過ぎ。

 北の清明国から、月穂姫がお見舞いにやって来た。


 義理で来たんじゃない。彼女の顔には「心底心配している」と書いてあった。

 飛那姫や僕のために力になりたいと思っているのが、ひしひしと伝わってきた。


 遠路はるばる馬車に揺られてお見舞いに来てくれただけで十分だったけれど、このまま帰してしまったら彼女の性格的に「力になれなかった」なんて思って、気に病むんじゃないだろうか。

 そう思った僕は「何か出来ることは」と問われて、彼女にしか出来なさそうなことを頼んだ。


「何か……元気の出そうな歌を歌ってくれないかな? 観客が僕1人で申し訳ないけれど」


 彼女の歌は素晴らしい。もう一度聴きたいと思っていたのは事実だ。

 でもこんな時に頼むつもりはなかった。だからこれはあくまでも彼女が気に病まないようにという、僕なりの配慮のつもりだった。

 無茶ぶりかな、と思ったけれど彼女は二つ返事で了承してくれた。


 歌ってくれたのは美しい教会音楽。

 無伴奏だから余計にか、彼女の声は澄んだ水のように疲弊(ひへい)した心に()みてきた。

 予想を裏切ってすごく勇気づけられることになった僕は、不覚にも泣きそうになった。悟られはしなかったけれど、とことん情けないところを晒しそうになって危なかった……

 彼女の歌はそれくらい、心のこもった素晴らしい応援歌だった。


 彼女が手を取って「大丈夫」と言ってくれたら、本当に気持ちが楽になった。

 きっと大丈夫。

 その声はまるで優しい魔法みたいに、僕の不安を溶かしてくれた。

 どうやら彼女の声には不思議な力があるようだ。


 彼女はいつもおとなしい色合いのドレスを着ている。性格もその見た目と同じく控え目だ。居丈高なところも高慢なところもない。うららかな春の日差しに似た、和めるオーラをまとっている。

 考古学が好きだったり、自分を飾ろうとしなかったり、良い意味で王女としては変わっているのだけれど、本人にはその自覚がないらしい。


 魔法が全く使えないと言う彼女は、自分に自信が持てないのかすぐに謝る。彼女の潜在的な魔力は十分に豊富だと思うし、素直でとても良い子なのに、自分を過小評価しているのはもったいない気がした。

 王族にもこんな子がいるんだなぁ……一緒にいると癒やされる。

 僕は彼女にそんな感想を持った。


 飛那姫とは大分タイプが違うけれど、見ていると妹みたいに可愛く思えて世話を焼きたくなった。何かしてあげたくなるタイプとでもいうのだろうか。

 その後も彼女の喜びそうな本を取り寄せたり、楽士達に次に歌ってもらいたい曲の伴奏練習を頼んだり。

 気付いたら、僕は何故かそんなことをしていた。

 しかもそんな作業がちょっと楽しく思えた。何故だろう?


 なんとなく彼女の存在が気になる。

 これはきっと、小動物や弱いものを守りたくなるような、いわゆる庇護欲からくるものだろう。

 僕の中ではそう結論づけていたんだけれど。


「……最低の回答です。兄様って、自分自身の感情については恐ろしく頭が悪いのですね」


 妹に冷ややかに言われたことで、どうやら違うらしいと気付いた。

 じゃあなんなんだろう。

 彼女のことを考えている時に感じる、この胸の奥の温かい気持ちは。



「――陛下、陛下!」


 すぐ側から声をかけられて、僕はハッと顔をあげた。


「あ、ああ、着いた?」

「先ほどからそう申しあげております。ご来訪は申し伝えましたので参りましょう。ただでさえ夕刻過ぎての非公式な訪問なのですから、手短になさいませんと」

「そうだね、行こう」


 余戸の開けた馬車の扉から、僕は地面に降り立った。

 清明国。この短期間でこの国には随分と来ている気がする。

 今回のこれは先触れもない迷惑な訪問だってことは分かっているんだけれど、何か胸騒ぎがして手紙や使いを送るのでは気が済まなかった。


 月穂姫の身辺で起きていることが、僕の予想通りなのか。

 気になっていたことを確認するために、自ら来たのだ。


「第四王女月穂姫様付き、剛来(ごうらい)香澄でございます。紗里真王国国王陛下におかれましては……」

「あ、悪いけれど挨拶省略してもらっていい? 非公式な訪問だからどうか気を遣わないで。君は確か、復国祭の時も月穂姫についていた侍女だよね?」

「は、はい。左様でございます」


 城のホールで出迎えてくれたのは、芯の強そうな目をした若い侍女だ。

 月穂姫に用があると言ったので、彼女が出て来たんだろう。走って来たのか息が切れていた。


「月穂姫は、お会いできるかな? 話したいことがあって来たんだ」

「恐れながら申し上げます。主は部屋に姿が見えず、ご訪問いただいたことを伝えられておりません。至急他の者が探しておりますので……」

「いない? どこに行ったか君が把握出来てないってこと?」

「はい。つい今し方自室におられたのですが……大変申し訳ございません」


 飛那姫じゃあるまいし、彼女みたいなタイプが簡単に行方をくらませたりするだろうか。

 なんだろう、やっぱり嫌な感じがする。


「おそらく書庫か楽士達の部屋にいると思われますので、大変恐れ入りますが見つかるまで少々お待ちいただくことに……」

「じゃあ月穂姫が見つかるまでの間に、第一王女の瑞貴姫にお会いしたいのだけれど」

「み、瑞貴様にでございますか……? そ、それは」


 うろたえた風に答える侍女は、明らかに僕の申し出を断りたいように見えた。

 それはそうだろう。気が触れた王女の姿なんて、人目に晒したくないにきまっている。その事実さえも公になっていないのだから当然の反応だ。


「悪いけれど既に第一王女の状況は知っているんだ。そのことについて確認したいことがある。今からお会いしたい」

「え? ご存じ、なのですか……?」

「彼女はただ気が触れたんじゃないと思う。その原因をおそらく、彼女自身が持っている。正確に言えば彼女の自室に案内してもらいたい。本人が会話できなくても問題ないから」

「で、ですが……」

「――蒼嵐様!!」


 侍女と話している間に、向こうから足早に近付いてきた人物がいた。

 清明国の王、銅箔殿。月穂姫の父上だ。


「銅箔殿、突然お邪魔して申し訳ない。で、申し訳ないついでにお願いがあるんだけれど」


 詳細な説明をしている場合ではない。まだ僕には見えていないことがある。急いだ方がいいと、勘が言っていた。

 こういう時に使わなくて、なんのための権力か。僕は同じ内容をもう一度話し、とまどう彼に半ば無理矢理自分の頼みを押し通した。


「こちらが第一王女瑞貴の自室でございます」


 銅箔殿自らが案内してくれ、通された部屋の中。

 天蓋に隠れた奥のベッドには第一王女が寝ているようだった。


「彼女は? 寝ているの?」

「薬を使っております。使用人達には荷が重いもので……」

「ああ……なるほど」


 魔力持ちの王族に暴れられたら、侍女達では手が付けられないということだろう。


「みんなちょっと動かないでね。少し気持ち悪いかもしれないけど、この部屋まるごとスキャンするから」


 そう言うと、護衛の余戸以外みんな「え?」という顔になった。

 僕はおそらくこの部屋の中に……第一王女の側にあるだろう「何か」を見つけにきたのだ。


特定探索呪(トレイス)


 ノーアクションで、見つけたいものを探す探索の呪文を口にする。

 自分を中心に徐々にアンテナを広げていき、部屋の中全体に感覚を研ぎ澄ませる。少しでも魔力を帯びているもの、気になる波動を持つものを探知する魔法だ。

 部屋の中を見渡した僕は、感覚の端に引っかかった場所、奥のベッドに顔を向けた。一直線に歩いて行って天蓋をめくると、顔色の良くない赤髪の王女がそこに寝ていた。


「せ、蒼嵐様……瑞貴は話が出来る状態では……」


 どこかとがめるような響きを含んだ声で、銅箔殿が僕を止めようとした。

 淑女の寝所に無礼な振る舞いなのは百も承知だ。


「いや、話は必要ないんだ。申し訳ないけれど失礼するよ」


 第一王女の侍女から非難めいた声が飛んだ気がしたけれど、気にしている時間が惜しい。

 僕は遠慮無く彼女が頭を置いている羽根枕の下に手を突っ込むと、そこからひとつの小箱を取り出した。

 固唾をのむように様子を窺っていた一同が、僕を見て訳が分からないという顔をしている。

 僕が思うがままに行動すると、大抵の人がこういう顔になるのは何でなんだろう……そんなに非常識かな……うん、非常識かもな。不本意だけれど。


 小箱には鍵がかかっておらず、留め金を外して開くと簡単に中身が見てとれた。

 赤い、希少鉱石の欠片。


「……見つけた」


 呟いた僕の声に重なるように、扉をノックする音が響いた。1人の侍従が入ってくる。

 侍従はかしこまって言った。


「ご報告申し上げます。月穂姫様、城内のどちらのお部屋にもお姿が見えません」


淑女の寝所に押し掛けるとか、アウトです。人がいればいいってもんじゃなし。

いつでも常識より効率優先。そんなヒーロー。

そして終わりそうで終わらない。

あと何話で収まるか、作者にも不明。そんな今日この頃です。


次話、「夢なら醒めないで」。明日更新予定です~。

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