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27.呪師の提案

 考えれば考えるほど気持ちは沈んで、その夜はなかなか寝付けませんでした。


(私……本当にあの泰府の国王の側室になるのかしら)


 好きな人と結婚出来ないどころか、絶対に嫌だと思うような人のところに嫁がなくてはいけなくなったのです。

 その時にはきっと、この声も失って。

 声を失うだけでも死んでしまった方が楽かもしれないのに。


「嫌だわ……そんなの」


 何故こんなことになってしまったのでしょう。

 自分の身に降りかかっている全てが悲しくて、また泣きたくなります。


(泣いちゃダメ……泣いてもなんにもならないんだから)


 何も出来なかったとしても、それを嘆くだけの弱い自分は嫌いです。

 世の中の不公平を感じても、ただ泣いて悲観的になるなんて嫌でした。

 どんなに理不尽なことが起きても、地に根を張って生きていく人間になりたい。私を大切にしてくれる人達に、いつも優しくありたいのです。


 でもこの苦しい気持ちをどう誤魔化していいのか、もう分かりませんでした。

 何回目か分からない寝返りを打った時、どこかでコンと小さい音がしました。


「……?」


 気のせい、ではないようです。

 もう一度、コンという音がしました。バルコニーに出る大窓の方からです。

 私は起き上がると音の聞こえた窓に近付いて、息を飲みました。


 窓のすぐ外、バルコニーに知らない黒装束の殿方が立ってこちらを見ていたのです。

 肩下まで伸びた灰ブロンドの髪に鋭い金色の瞳。整った目鼻立ちには冷気のようなものを感じました。


「やあ月穂」


 低音のバスボイスが窓の向こうから呼びかけます。

 どこかで聞いたことのあるような声でした。


「だ、誰……?!」

「わたしだよ、ナイトフライトだ」

「えっ?」


 ナイトフライト?

 あの鳥コウモリの??


「話があって来た。ここを開けておくれ」

「そ、その姿は……」

「おや、言ったじゃないか。夜はもう少し男前だと。まぁこの姿だと人の心を読むことは出来ないのだがね」


 人の心を読む。

 だから話せない時にも、会話が成立したのでしょうか……


「少し困ったことになっているだろう。いいからここを開けて。窓越しだと話しづらい」

「は、はい……」


 私は言われるまま、鍵を外しました。ギィ、と音を立てて窓が外側から引かれます。

 月の光とともに、ナイトフライトを名乗る長身の影が部屋に入ってきました。

 全身黒い服に黒いローブをまとっているので、夜に溶けてしまいそうに見えます。


「あらためてこんばんは、美しい夜だね」

「あなた、本当にこの間のナイトフライトなの……?」


 よくよく考えたら、部屋に入れてしまって良かったのでしょうか。

 鋭い視線に見下ろされて、圧迫感を感じながら少し後悔します。


「もちろん。他の何に見えるって? そうそう、話に来たのだったよ。月穂、お前一体何をしているんだい? 期限の時は近付いているんだよ」


 そのセリフで、間違いなくナイトフライト本人なのだと分かりました。

 夜は人間の姿になるというところも、鳥コウモリの姿も、この人については分からないことだらけです。

 でも、次に会ったら絶対に聞こうと思っていたことがありました。


「ナイトフライト……答えて。お姉様は、瑞貴お姉様は元に戻るの?」


 私が呪いを返したことで気が触れてしまったお姉様のことを、どうしても聞きたかったのです。

 元に戻るのか、戻せるのか。

 ナイトフライトは意外そうに眉を上げました。


「お前を呪ったあの姉のことかい? 何故そんなことを?」

「何故って、お姉様があんなことになってしまったのは私が呪いを返したせいでしょう? 私の声がまたなくなったら、お姉様は元に戻るの? このままにはしておけないわ」

「……お人好しもここまでくると、滑稽だねぇ」


 くっくっ、と喉の奥で笑うと、ナイトフライトは手を上げて私の頬に触れました。冷たい指先にびくりと肩を揺らしましたが、何故か振り払うことが出来ません。


「あんな愚かな姉のことはどうでもいいさ。月穂、お前どうして好きな男に縁を結びたいと伝えにいかない? 同情を誘うなり、女の武器を使うなりしてあの王子……いや、今は国王か。とにかくあの男にYesと言わせないと、タイムオーバーで声を失ったあげく、あの薄汚い泰府の王のところに嫁ぐことになるよ」

「……!」

「私はね、何でも知っているよ。お前のことならね……」


 ナイトフライトのもう一つの手が私の頬に触れました。

 金色の目から視線がそらせなくなって、呼吸をするのが難しく感じます。


「可愛そうな月穂。姉に呪われたあげく、その美しい声を失ってしまうのかい? そんなことは耐えられないだろう」

「……だって、どうしようもないでしょう……? 呪いを返してくれたあなたの助力に感謝はするけれど、私の想いが叶うなんてあり得ないのだから……」

「大国の国王は、身分違いで手が届かないかい? そうかもしれないね……」


 冷たい手でした。

 血の通った人間のはずなのに、私よりもずっと冷たい手が逃がさないとばかりに両の頬に添えられていました。


「今日はね、お前を見かねて別の解決策を持ってきたんだ」


 その言葉に目を瞠ったことで、ナイトフライトは楽しそうに口端を上げました。


「好きな男と縁を結ぶ以外にも、呪いを解く方法はあるんだ。聞きたいかい?」

「他にも……方法が?」


 その提案は思いがけないものでした。問われるまでもなく、聞きたいに決まっています。

 でもどうして彼は、いつも私に選択をゆだねるのでしょう。選択肢を提示されても、選べることなんてない気がするのに。


「聞きたいわ……でも……お姉様を元に戻す方法は? それはないの?」

「まだ言うのかい? そのお姉様を元に戻すのはあきらめた方がいい。そうだね……お前が声を失わないようにしたいのなら、むしろその姉を殺してしまうといいよ」


 あまりにも自然に伝えられた内容に、私は「え?」と声にならない声を返しました。

 お姉様を、殺す……?


「負の感情の元凶を無くしてしまえば、呪いそのものがなくなる。お前は誰と縁づかなくとも問題はない。これが選択肢のひとつ目だ」

「ひとつ目……?」


 ということは、この恐ろしい選択肢以外にもまだ何か方法があるということでしょうか。


「ああ、もうひとつの選択肢。姉を手にかけるなどとても無理だろう、お優しい月穂にはこちらがオススメだ」


 私の頬をはさんだままのナイトフライトの手に、力がこもりました。

 引き寄せられてよろめくと、すぐそばに金色の目がありました。


「違う縁を結べばいいんだ、月穂。お前が望みさえすればそれでいい」

「違う、縁……?」

「そうだよ。わたしはね、お前が可愛い。わたしのところに来ないかい?」


 ナイトフライトの言葉に、私は無言で応えました。やけに耳障りな心臓の音だけが自分の中に響いていました。

 言われたことをかろうじて理解出来ても、心が追いついていきません。


「お前を愛しているんだ、月穂」


 月の色によく似た瞳が、私の姿を捕らえていました。


ありがたくないモテ期到来……?


次話「選べない選択肢」、明日更新予定です。

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