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26.縁談

 お見舞いを終えて紗里真から帰ると、清明国での日常が待っていました。

 日は暮れて夜は明ける。それを繰り返す日々。

 刻一刻と近付いてくる、声を失う日。


 歌えなくなるのは恐ろしいです。大げさではなく、それは私という人間がなくなってしまうのに等しいこと。

 私は今何が一番大事で、未来に何をしたいのでしょう……

 これまで通りには生きられない日がすぐそこまで来ているのに、どうすればいいのか自分でも分かりませんでした。


 歌を失えば、私が人よりも出来ることはなくなります。

 復国祭の時みたいにイベントに呼ばれることもなくなり、大切な人が傷ついた時に歌ってあげることも出来ません。

 大国の王とまみえるような接点はなくなり、蒼嵐様もすぐに私の事なんて忘れてしまう。


 ……良いのです。

 もともと、叶わぬ恋と百も承知で呪いを返すことを選んだのですから。

 今更、何か行動しようだなんて思ってはいません。


(でも、このまま何もせずにいるのも恐ろしいのです……)


 お姉様方が言うように、私は無価値な人間になるのでしょうか。

 声を失ったら、お父様やお兄様は私を嫌いになるでしょうか。

 香澄は、私を見捨てるでしょうか。


「いいえ、絶対にそんなことはないわ……」


 声に出してかぶりを振りました。

 価値のない人間なんて、いるとは思いません。お母様が愛して生んで下さったこの命です。役に立たなくたって、無価値だなんて思いたくないです。

 そう思いつつも、声が出なくなった後にどう生きていけばいいのかは分からないのですから、滑稽でした。

 私にもっと勇気があったら、今この時は何か違ったものになっていたのでしょうか……



 昼食の後。

 私は歓談室でお父様と2人、お茶を囲んでいました。話したいことがあると言われて呼ばれたのです。


「話と言うのは、これなのだ」


 白木の木箱が1つに、書簡の筒が2つ。

 お父様がテーブルの上に並べたのは、正式な手紙を送るときに使うものでした。

 中には当然、手紙が入っているのでしょうけれど……


「これが、どうかなさいましたか?」

「うむ、実はお前が紗里真に行っている間に届いたものでな」

「はい」

「婚約打診だ」

「……?」


 私は首をひねります。


「お前にだよ、月穂」

「え?!」


 お父様の言葉でぼんやりとしていた思考が、一気に覚めました。

 婚約打診は、貴族以上の階級で意中の相手に「婚約を申し込みたいから結婚出来る状態なのかどうか確認したい」意味で送る、儀礼的な文書です。

 もちろん、今までにそんなものを受け取ったことはありません。

 それが私に? 三通も??


「こちらの書状2つは第三王子以下の身分なので断ってもカドが立たないのだが……問題は、こちらなのだ」


 お父様はそう言って、1つだけあった白木の箱を開けました。

 中には折りたたまれた書状と、装飾品と思われる宝石が入っています。


「お前を是非、側室にと……そう仰っておられる」

「そ、側室ですか??」


 と言う事は……お相手は国王、だったり……するのでしょうか。


「復国祭でお前を見初めたらしい。大変光栄なことだが……その、王の側室と言っても、実は言いにくいのだが」

「はい?」

「月穂、お前を……13番目の側妃に迎えたい、と仰っている」

「じゅ、13番目?!」


 思わず声が大きくなってしまいました。

 13番目ということは、正妃も入れてすでに奥様が13人いるってことでしょうか……?


「打診の形とは言え、身分差から見れば正式な申込みと受け取っても差し支えない。普段から懇意にしている小国であるし、国王自らということであれば……ひどく断りづらいのだ」

「そ、それはどこの小国のことなのでしょうか?」


 なんとなく予想が出来たのですが、私は確認のために尋ねます。


「泰府国だよ」


 やっぱり。

 あのガーデンパーティーで会った、ブ……ではなく、恰幅のいい殿方です。


「でもあの方……お父様に近いお年だったように見えましたが?」

「そうだな、御年46歳だったはずだ」

「46、さい……」


 私と30歳違うってことですか?!

 それはもう、本当に親子の差ですよね??


「私の、何が良かったのでしょうか……」


 愕然として、そう呟きます。

 親子ほど年の離れている側室は、王族としては珍しくないのかもしれませんが……何故自分が。


「それは私にも分からないが……歌を気に入って下さったのか、他の部分でそう思って下さったのか……いずれにせよ、近々返答をせねばならない」

「返答……」


 無理です。

 あの手首を掴まれた時の嫌悪感を思い出して、私はブルブルと首を振りました。


「い、嫌です。私、あの方は……無理です。お父様」

「だが、こうして公に打診が来てしまっているのだ。この中に先方より身分の高い方がいるのならお断りも出来るが、残念ながら今のところいない。このままでは断り切れないだろう……」

「そんな……」


 蒼嵐様のことはあきらめたつもりでいたものの、まさか私に縁談が来るなんて。

 私が、あの人のところに嫁ぐ……?

 想像しただけで気分が悪くなります。

 誰かに嫁がなくてはいけなくなったとしても、相手があんな人だなんてあんまりじゃないでしょうか。


「私もお前の気持ちを一番に尊重してやりたい気はあるのだが……こればかりはどうにもならないかもしれぬ。ひとまず他からも打診をもらっているから、少し猶予をいただきたいと曖昧に返事をしておくが、返答を延ばすのも二週間がいいところだろう」


 二週間。呪いのタイムリミットと似た時期に、また悪夢が増えるということですか……

 私、蒼嵐様に想いを告げることすら出来ないまま、触れたくもないような人のところへ嫁がなくてはいけなくなるのでしょうか。

 さすがに、自分の立場を呪わずにはいられませんでした。


 ふと、困ったら力になると言ってくれた蒼嵐様の言葉が思い出されました。

 いただいたメンハトを使えば、蒼嵐様と連絡が取れます。そうしたら、もしかして……


(助けてもらうつもり?)


 心の中で、自問します。

 何をどう言って、助けてもらうつもりなのでしょう。

 第四王女なんて身分で結婚相手は選べないだろうと言われるかもしれません。

 側室であっても一国の王から結婚を申し込まれるなんて、本来なら栄誉なはずなのですから。


(でも……嫌なものは嫌です)


 どうしてもそうとしか思えませんでした。


(蒼嵐様を好きでいたら、ダメなのでしょうか……)


 叶わなくても。

 想いを告げられなくても。

 ただ好きでいることさえ、許されないのでしょうか。


 私はきつく、テーブルの下で手を握りしめました。



 ――タイムリミットまで、あと10日。


一難去らずにまた一難……


次話「呪師の提案」、明日更新予定です。

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