25.お見舞い訪問
先触れを送り、承諾はいただいていたものの不安でした。
明らかに大変な時に押しかけることが、本当に蒼嵐様や飛那姫様にとって良いことなのか。
紗里真城に招き入れられた今、余計にそう感じてしまいます。
城の中は以前と変わらないようで、静かでした。あの時のようにゲストがいないせいもあるのでしょうが、どことなく灯の消えた感じが伝わってきます。
伏せっておられる飛那姫様の影響なのでしょう。
応接室に通された私は静かに待ちました。
しばらくして入ってきた侍従が「国王陛下がお見えになります」と告げて扉を開けます。私は椅子から立ち上がると、蒼嵐様が入ってくるのを迎えました。
「やあ、月穂姫。来てくれたんだね」
部屋に入ってきた蒼嵐様は笑顔でしたが、疲労の滲んだ様子でした。
なんだか少しやつれたように見えます。お顔の色があまりに悪くて、倒れてしまうのではないかと思ったらぞっとしました。
「お足元が……だ、大丈夫ですか?」
正式な礼をしてお見舞いの口上を述べるべきところ、私は思わずそう口にしてしまいました。
はっとして礼の形をとり「国王陛下におかれましては……」と形式通りの挨拶を口にします。蒼嵐様は続けようとする私を、片手を挙げて止められました。
「堅苦しいのはいいよ。心配して来てくれたのは顔を見れば分かるから。ありがとうね」
「そんな……滅相もございません」
本当に大国の王らしくない方です。
お顔を見れてうれしいはずなのに、沈んだ表情を見ると私まで胸のふさぐ思いがしました。
蒼嵐様は「どうぞかけて」と促すとご自分も向かいに座って、私が差し出したお父様の手紙と目録に目を通しました。
丁寧にお礼を言われると、飛那姫様の容態について簡単に説明されます。
復国祭にいた黒い剣と相対して深手を負ったこと。優秀な魔法士や医師がついているので怪我はとっくに完治していること。異状は見当たらないけれど、意識は戻らずいつ起きてくるのか、こないのか不明なこと。
「今日で12日目なんだよね……」
そう言って、影の差したお顔でため息をもらしました。
いつも笑顔の蒼嵐様が一目見て分かるほど気落ちされている。なんと声をかけて良いか分かりませんでした。
元気出してください、なんて無責任ですし、私が口にしていいような言葉ではない気がします。
「何か……何か私に出来ることはないでしょうか。少しでもお力になれるようなことは……」
あるわけもないのに、そう尋ねずにはいられませんでした。
蒼嵐様は顔をあげると、私をじっと見て言いました。
「そうだね……人払いをしてもいいかな? 時間は取らせないから」
「え……? は、はい」
それを聞いていた侍従や侍女、護衛兵までもがそろそろと部屋を出て行きます。
私についてきた香澄も一緒に出て行きました。
「ごめんね、飛那姫にはしてもらえることがないから、お言葉に甘えてひとつだけ……僕が頼んでもいいかな」
「は、はい。何なりと」
な、何でしょう。
ドキドキしながら次に続く言葉を待ちました。
「何か……元気の出そうな歌を歌ってくれないかな? 観客が僕1人で申し訳ないけれど」
「……もっ、もちろんです!」
そんな頼みであれば願ったりです。私としても言葉で伝えるよりも、歌の方が元気づけられそうな気がします。力になりたいと思えば、不思議と緊張も忘れていました。
私は椅子から立つとテーブルの横に立ちました。今の蒼嵐様を勇気づけられそうな一曲を自分の中から選びます。
『愛の光』
世俗的な教会音楽ですが、元気の出る歌、と聞いて真っ先に思い浮かんだのがこの曲でした。
美しい主旋律が階段のように登っていくさまに、生命の神秘と強さを思わせる響きが含まれた曲。
人がめぐり会えたことと、本当に大切なものがすぐ側にある奇跡をうたう歌詞は、泣きたいほど優しくて美しい叙情歌です。
ただ一人のために歌う独唱。
伴奏も何もない中、とにかく元気づけて差し上げたい、その思いだけで歌い上げました。
蒼嵐様はうつむきがちに目を閉じて、私の歌を聞いていました。
歌い終わった少しの後「ありがとう」と顔を上げて微笑まれます。
「うん、月穂姫の歌はやっぱりすごいね。直接心に響いてきて、勇気がわいてくる」
「ありがとうございます……」
良かった。そう言っていただけたのなら、ここに来た甲斐がありました。
私、お役に立てたのでしょうか。少しでも、いただいた温かい気持ちにお返しが出来たのでしょうか。
私の声がまだ出ていて良かった……
「ついでに、ちょっと弱音を吐いてもいいかな?」
「は、はい」
思わぬ問いに、答える私の声にも力が入ってしまいます。
苦く微笑んで「大切な人が失われてしまうかもしれないって、辛いよね」と呟かれる蒼嵐様に、私の方が泣きたくなりました。
「ここで僕が信じて踏ん張らなきゃいけないって思うんだけれど、目を閉じたままぴくりとも動かない姿を見ていると、自分が死んでしまった方がよほどマシな気になってしまうんだ」
大国の王でいると言うことは、人に弱みを見せてはいけない立場でもあるということです。
いつも余裕で、聡明で、朗らかで……
そんな風にご自身を強く保っている、普段の蒼嵐様からは想像出来ないような落胆したお顔でした。
(励まして、差し上げたい……)
そんな辛そうな顔をして欲しくなかったのです。
歌って欲しいと言われればいくらでも歌います。私に出来ることなら、何でもして差し上げたい。
「周りも今ピリピリしてるから、弱気なこともあんまり言えなくて……なんかごめんね」
無理矢理作ったような笑顔が悲しすぎました。
私はたまりかねて蒼嵐様の座る横に跪きました。ほとんど無意識に両手を伸ばします。
「大丈夫です」
膝の上で固く握りしめられていた手を、上から包み込んで言いました。
辛いことがあって落ち込む私に、生前のお母様がしてくれたように。
「飛那姫様はきっと大丈夫です。あんなにお強い方なのですから」
大丈夫に決まっています。心からそう思えるように強く、精一杯励ましました。
蒼嵐様は少し驚いたような表情のあと、うれしそうに頷きました。
「うん……僕も、そう信じてるよ」
「ええ」
「ありがとう、月穂姫。なんだかとても気持ちが楽になった。君の声は本当にすごいね」
薙いだお顔を見上げてホッとしたら、はたと我に返りました。
あれ……? 私、一体何をしているのでしょうか……?
握りしめた手を見て、冷や汗が流れます。
「あ、ああっ! も、申し訳ございません! 私、とんだご無礼を……!」
勢いよく手を離しました。
「え? そこで我に返る?」
「わ、我に返ると言うかっ、自分でも何をやっているのか……ほ、本当に私粗忽で、申し訳……」
ございません、と続けようとしたところで、ぽん、と口をふさがれました。
「謝らない。何も悪くないから」
ふさがれた大きな手に、青くなっていた顔が一気に赤くなりました。
呼吸困難の魚みたいに、ぱくぱくとうろたえた口が動きます。
「うれしかったよ、ありがとう」
優しい目で伝えられたのは、本当の言葉だと分かりました。
私までじんわりうれしくなったところで、離れた手が目の前に出されました。
無言の蒼嵐様にとまどいましたが、言いたいことは分かりました。おそるおそる右手を乗せます。
心臓がすごい速さでリズムを刻んでいるのを気付かれないように、エスコートされて立ち上がりました。一緒に立ち上がった蒼嵐様は「うん」と何やら頷きました。
「情けないところを見せちゃったね。このままじゃ気が済まないな。僕も何か月穂姫の力になれることはない?」
その言葉に、ズキリと胸が痛みました。
力になれることは……蒼嵐様でなければいけないことは、確かにありました。
でもそれは口にするのも馬鹿馬鹿しいことで、とてもお願い出来るような内容ではありません。
「恐れ入ります……」
「今は何か困ったことはないかな?」
あります。それはもう。
そんな言葉を飲み込んで、私は微笑みました。
「はい、大丈夫です。困ったことが起きても……理不尽なことがあっても……私、頑張れますから」
「……?」
「それに私にはお父様もお兄様も、頼れる侍女もいますから」
「そうか、そうだったね。でも……」
蒼嵐様はそこで言葉を切ると、懐から何か取り出しました。
私の手を取って、出したものを乗せます。
「これは……」
直径2cmくらいの、白い球が2つ。
これが何かは知っています。よくお父様や学士達が使っていますから。
離れたところにいる人へ手紙を届ける、魔道具の……伝書鳩。
「宛名登録してくれる?」
「は、はい」
宛名登録……?
「あ、あの、どうやって……?」
「魔力を流してくれればいいよ。こんな風に」
蒼嵐様は追加でもう2つ、白い球を取り出すと手に握ってふわりと魔力を流しました。
「使ったことない? この球を送りたい手紙の上で潰すんだよ。そうすると、魔力で宛名登録した人のところにハトが手紙を運んでくれるんだ」
そういうものだったのですね。
見よう見まねで私もやってみます。ふわり、と私の魔力が白い球に移った気がしました。
「うん、それでいいよ。こっちは僕のだから持っていて」
私から白い球を受け取ると、蒼嵐様は私の手に自分の魔力を流したメンハトの球を置きました。
「何か困ったことがあったら連絡して。必ず力になるから」
そう言う蒼嵐様を、私はぼんやりと見返しました。
悲しい夢の中の出来事を見ているような気持ちでした。
な、長かったですかね……大丈夫(?)。4000文字は超えてません。
死にそうな気分の蒼嵐にお見舞い回でした。
次話「縁談」。明日更新予定です。




