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24.帰国と事件

 夢のような書庫でのひとときのあと。

 翌日の早朝から、帰国の準備は始まりました。

 朝食の後すぐに発つということで慌ただしく動いている香澄を横目に、私は蒼嵐様からいただいた本を抱えてソファーに沈み込んでいました。


(帰ってしまえば……もうお顔を拝見する機会もなくなるのね……)


 今回こうして復国祭というイベントがあって紗里真にやって来ましたが、それも終わりです。

 今後、私と蒼嵐様の間に接点はなくなります。

 大国の王がわざわざ小国を訪ねるような用事はまずありませんし、私の歌を気に入って下さったと言っても何かイベントごとがなければ、再び呼ばれるようなこともないでしょう。

 それに……私はもうじき歌えなくなるのですから、次に呼ばれることがあったとしてもお役には立てません。


 真国で一番小さい、小国の第四王女。

 そんな取るに足らない私を少しでも気にかけてくださっただけで、奇跡のようなものです。

 大国の国王という肩書きだけでなく、実力もあるのに横暴なところもなければ威張ったところもなくて。優しくて、気遣いが出来て……

 私が一方的に想うのもおこがましいくらい、本当に素敵な方です。

 悲しいとか寂しいとか、そんなことを考えてはいけないのです。


(もう十分、思い出をいただきました……)


 これを胸に、一生生きていこう。

 そう思うことで、私は感情にふたをしました。

 自分が誰かに嫁ぐことは、もう考えられませんでした。

 しょせん第四王女の私は、政治の道具と考えても無価値です。私を妻にと願う殿方もいないでしょうし、万が一そんな申し出があったとしても、不本意な結婚をするくらいなら一生独身でいいとさえ思いました。


「月穂様、そろそろお時間です。参りましょう」


 香澄に促されて、馬車の到着ロビーに降ります。

 お父様とお兄様は大型馬車に乗り込もうとしているところで、私も後続の小型馬車に乗り込みました。

 行きと似たような経路を通って、帰るのです。


 城門をくぐると、馬車は大通りを駆け始めました。

 私は名残惜しく、遠ざかっていく紗里真城を振り返ります。


(蒼嵐様……ありがとうございました)


 謝るより、お礼を言った方がいいと教えていただいたこと、忘れません。

 たくさんの温かい気持ちをくれた方。

 泣きたい気持ちを押し殺しながら、私は帰路につきました。



 そうして清明国に帰国して、一週間が過ぎました。


 どんどん迫ってくる声を失う日への恐怖に、私の気持ちも沈んでいきました。

 なるべく考えないようにしようと思いました。でもどうしても先日のような、声の出ない状態が思い出されてしまって、暗くなってしまいます。

 瑞貴お姉様は正気に戻る気配がありませんし、自分を取り巻くひとつひとつのことが憂鬱に思えました。


 思えば、紗里真でのあの3曲は最後に良い思い出になりました。

 あんなに素晴らしい演奏で歌う機会に恵まれた自分は、歌い手として幸せだったと思います。


(蒼嵐様……今頃、何をしてらっしゃるのでしょうか)


 テーブルの上に置かれたままの本達に視線を落とします。

 ふとした瞬間に、書庫で過ごした短い時間のことが思い出されました。

 その時ばかりは幸せな気持ちになって、でも現実に向き合ってしまった瞬間に落ち込んでしまう。そんなことを繰り返す日々でした。



 夕食の席でのことでした。


「……え? お父様、今、なんと仰いましたか?」


 伝えられた内容に、私は思わずそう聞き返していました。

 普段なら何も言わない私がそんな風に発言したことを、二人のお姉様は怪訝な顔で見ています。


「うむ、紗里真の第一王女、飛那姫様だよ。もう今日で、一週間以上昏睡状態らしい」

「こ、昏睡状態……? どうしてそんなことに……?!」

「うちから派遣していた侍従が報せてくれたのだが、理由は今のところ公になっていないようだ。だからこれは非公式な話なのだが……月穂は復国祭の襲撃の時に、黒い剣を見なかったか?」

「見ました、気味の悪い剣でしたからよく覚えています」

「あれと戦闘があったらしい」


 私達が帰国してすぐに、飛那姫様は復国祭の時の黒い剣と相対したそうなのです。

 戦闘で勝利は収めたものの、ご自身もひどい怪我を負い、今も意識が戻らないのだと……


 言葉を交わしたのはほんのわずかでしたが、あのガーデンパーティーで優しくしてくださったことが思い出されます。


(そんな……)


 昏睡状態という状況を想像して、ひどく胸が痛みました。

 同時に、蒼嵐様のことが心配に思えてきます。

 大切な妹君がそんなことになってしまって、蒼嵐様は大丈夫なのでしょうか。

 いえ、きっとこれ以上無いくらい、落ち込まれているに違いありません。


 そこからの食事は、味の無い砂を噛むような気持ちで食べました。

 自室に戻って、香澄に相談します。


「どうしたらいいのかしら……私」


 あのご兄妹が大変だと分かっていながら、何も出来ないのは嫌でした。

 いてもたってもいられない気持ちで、少しでも力になれることがあればと考えを巡らせます。


「国王様に、何か出来ないかご相談されてみてはいかがですか?」


 香澄がそう提案しました。


「お父様に……?」

「ええ、もしかするとお見舞いの品を贈るかもしれませんし、月穂様からも何か贈ったり、別に何かしたり出来るかもしれません」


 そう言われて早速お父様のところに向かいました。お父様は香澄の言う通り、お見舞いの品について侍従と相談しているところでした。


「形式上のものが多いが、赤花鉱石(せきかこうせき)もちょうど集まったところだ。これもあわせてお届けして、お見舞いの言葉を述べれば喜んでいただけるのではないだろうか」

「かしこまりました、あわせてお届け出来るように至急手配いたします」


 侍従が出て行ってしまったところで、私はお父様に尋ねました。


「お父様? 赤花鉱石を贈るのですか?」


 赤花鉱石は、血のように赤く光る魔力を帯びた石で、真国の中でも清明国の一部でしか採れない希少鉱石です。

 魔道具の原料にするために必要で、蒼嵐様からご依頼を受けて数を集めていたのだと、お父様が説明してくれました。


「正式に受注いただいていたものだが、お代はいただかないでおこう。目録とお見舞いの品とあわせて上級学士の誰かに……」


 そこまで言って、お父様はふと思いついたように言葉を切りました。


「月穂、なんならお前が届けてはくれないか?」

「えっ?」

「お前は蒼嵐様と面識があるからちょうど良いのではないか。蒼嵐様は大国の国王というお立場でありながら、清明国の様な小国にも細やかに気を配って下さる方でな。このような時だ。ただ形式的に見舞うのではなく、王族代表としてお前が持参してくれた方が、心がこもっているようで良いのではないだろうか」


 私が紗里真に行って、直接お見舞いを……?

 それが助けになるかどうかと言われたら、疑わしいと感じてしまいます。

 大変な中に押し掛けて行って私が何か出来るとは思えませんし、ご迷惑なのではないでしょうか。


 ですがそれ以外に何か出来ることも思い浮かばず、私は頷きました。

 ご様子が気になっていたのは確かですし、お顔を見て大丈夫かどうか判断出来るのでしたら言う事はありません。


 こうして私は清明国代表として、再び紗里真に行くことになったのです。


 もう訪れることはないかもしれないと思っていた紗里真に、またこんなに早く行く日が来るなんて……

 でも今回の再訪は、決して喜ばしい形のものではありませんでした。


(蒼嵐様……)


『第一王女の回復を心から願っている』という内容のお父様からのお手紙。そしてお見舞いの品。

 それらを持って私は次の日、清明国を発ちました。



 ――タイムリミットまで、残り25日。


本編を読まない方にも楽しんでいただきたい別ジャンル設定なので、細かい背景の話(バックストーリー)については流しています。


次話「お見舞い訪問」、火曜日更新予定です。

明日は休日ですが「月曜日定休」の旗を振らせていただきます<(__)>

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