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22.お誘い

 夕方の時刻になってガーデンパーティーが終わりました。

 多くの人がまだ賑やかに歓談されているため、会場は城内に移って引き続き立食パーティーが続行されるそうです。

 私といえば影に隠れたり休んだりはしていたものの、慣れない社交に疲労困憊でした。

 もう十分、お役目は果たした気がします。この辺で解放されても良いですよね……?


 お父様とお兄様に断りを入れると、香澄を連れて客室に戻りました。


「はぁ……なんだかとても疲れたわ」


 泰府の王様といい、その他に声をかけてこられる各国の王族といい、普段会わないような方とお話する機会がたくさんあったのが原因ですね。

 私の社交の許容範囲をとうに超えていた気がします。


「月穂様、湯浴みの支度をいたします。お召し替えになって一息つきましょう」


 客室にはバスルームが備え付けてありました。香澄はてきぱきと湯浴みを済ませ、楽な膝丈のワンピース姿に着替えさせてくれます。

 ホッとして、力が抜けました。締め上げたままのドレスは窮屈でしたから。


「ずっと正装でいてみんな疲れないのかしら……」

「月穂様の場合は気疲れの方が大きいと思いますよ。皆さま社交に慣れた方ばかりですから、苦ではないのでしょう」

「すごいわね……私には無理だわ」

「何事も慣れですよ。そうそう、すごいと言えば第一王女の飛那姫様、変わった方でしたね……それに、一国の王がシスコンになるのも納得の美女でしたわ」

「そ、その言い方やめて、香澄……」


 誰かに聞かれたら不敬罪になりそうです。

 思わず止めたところで、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえました。

 タイミングがよすぎたので、叫んで跳び上がりそうになります。


 香澄がささっと出て行って扉を開けました。

 清明国付きの執事、寒乃が入ってきて礼儀正しく一礼します。


「我が主、国王陛下より、お誘いがあって参りました。よろしければこの後、足をお運びいただけないかとのことですが、ご都合の程は如何でしょうか」

「……え?」


 国王陛下よりお誘い?

 それはつまり、蒼嵐様が私を呼んで……?

 予想だにしなかった言葉に、私は処理落ちしたまま無言で寒乃を見返します。

 そんな私を見た優秀な執事は、困った様に笑って続けました。


「お疲れでなかったら、ということでしたので……お断りいただいても差し支えございません」

「……えっ? いえっ! 行きます! どこへでもすぐ参ります!!」

「……さようでございますか」


 私の返答に、寒乃は少し驚いた様子です。

 またやってしまいました。どうして私、こう粗忽なのでしょう。

 本当はもっと所作美しい淑女のように振る舞いたいというのに……


「では、ご案内いたします。どうぞこちらへ」


 湯浴み上がりで飾り気のない自分の姿に少し心配になりましたが、香澄は「城の中を歩いてもいいように整えてあります」と言ってくれたので、そのまま向かうことにします。

 蒼嵐様が私に用事……? 追加で歌を聴きたい、とかでしょうか?

 でも今はまだパーティーの途中では……?


 考えてみても、状況がよく分かりません。

 案内されたのは、城の2階にある重厚な扉の前でした。


「国王陛下は中でお待ちです。私はこちらで控えておりますので、御用の際はお呼び下さい」


 蒼嵐様の臣下が外で待つと宣言した以上、香澄もそれに従うことになります。

 少し不安そうな顔の香澄に頷いてみせて、私は開けられた扉をくぐりました。

 そこは私の身長の倍くらいもありそうな大きな本棚がずらりと並んだ、とても広い部屋でした。

 魔道具のランプが壁と天井に浮かんでいて、日も落ちたというのに室内がとても明るいです。


「――月穂姫」


 ふいに呼ばれた声に、心臓が跳ね上がりました。

 3つ先の本棚の影から顔を覗かせたのは、この大国の国王。

 紛れもなく蒼嵐様でした。


「休んでいたところだったかな? 呼び立ててしまって悪かったね」

「い、いえ……滅相もございません」


(私などに、一体何の御用でしょうか……)


 心の中でだけ、そう尋ねます。

 跳ね回りたいくらいうれしい気持ちと裏腹に、心の底から喜べない自分がいました。


(あきらめようと思っていたはずなのに……)


 これ以上言葉を交わして関わってしまったら……もっと辛くなるのは目に見えていました。

 本来ならお姿を拝見することさえ難しい方だというのに、何故こんなに接点が出来てしまったのか不思議に思えます。


「昨日はご苦労様だったね。3曲ともとても素晴らしかったよ。あの後の襲撃で怖い思いをしたんじゃないかと気になっていたんだ。大丈夫だった?」

「はい。ずっとお父様とお兄様の側におりましたし、騎士の方達が誘導してくださったので問題ありませんでした」

「そうか、良かった」


 蒼嵐様はいくつかの本を腕に抱えて、私の目の前まで歩いてこられました。

 相変わらず穏やかな空気をまとわれた方です。大国の王が持っていそうな威圧感は感じず、柔らかな好青年といった風にしか見えません。


 そして今気が付きました。これ、もしかして二人きりでしょうか……?

 湧き上がる動揺を、なんとか抑えようと必死で取り繕います。


「……あっ、あの、何故こちらに……パーティーの途中ではありませんでしたか?」


 気になっていたことを尋ねると、蒼嵐様は「あー、うん」とバツが悪そうに視線をそらしました。


「ちょっと疲れちゃったから、休憩したくて、ここにね」

「ここは……」

「紗里真城の書庫だよ。一度月穂姫をここに招待してあげたいと思ってたんだ。ほら、もう明日は帰国してしまうじゃないか。今くらいしか見せてあげられないと思って」

「書庫……」


 部屋の奥まで続く本棚に並んだ、膨大な量の本を眺めます。清明国の蔵書量とは比較にならない数でした。

 これを、私に見せるために……?


「す、すごいです……!」

「月穂姫が好みそうな考古学の本もたくさんあるよ。いくつか見繕ってみたから、読んでみる?」


 まるで夢のような提案でした。

 笑顔の蒼嵐様に、私はこくこくと頷いて返しました。


「じゃあ、ちょっと座ろうか」


 窓際に置かれた背もたれ付きのベンチを指さすと、蒼嵐様はすたすたと歩いていってそこに座りました。

 ……? ちょっと待って下さい……私まだ、理解が追いついていません。


「これと、こっちの2冊は真国の史跡についてなんだけれど……」


 本を手に話し始めて、立ち尽くしたままの私に気付くと、蒼嵐様はポンポン、と自分の隣を手のひらで叩きました。


「座ろう? 今日はガーデンパーティーで立ちっぱなしだったから、疲れてるよね?」


 ……隣にですか?


「わ、私のようなものが、その……同じ椅子に座るなど……」


 うれしいとか思うより先に、恐れ多くてうろたえてしまいます。

 蒼嵐様はお父様から聞いた話では、幼少より「希代の天才」と呼ばれていたこの紗里真の第一王子です。

 大国の王族としても十分過ぎる魔力を持ち、人格者。

 そして今やこの紗里真の国王、いえ、真国の王です。

 そんな方と二人でいること自体、私の頭がどうにかなってしまいそうな事態だというのに……と、隣に座る??


「僕はそんなに大した人間じゃないよ。気にしないから座って。女性を立たせておいて一人で座っていたら妹に叱られてしまいそうだ」


 大した人間じゃないって……説得力がなさすぎます。

 決心尽きかねる私に、蒼嵐様は困った笑いで椅子を立つと手を差し出されました。


「お手をどうぞ、月穂姫」


 ぼんっ、と頭の中で何かが爆発したような気がしました。

 差し出されたままの手を見て、さすがにそのままにしておく訳にはいきません。


「お、恐れ入ります……」


 私はギクシャクと自分の右手を持ち上げました。

 手を乗せる前に、きゅっと握られてそのまま引かれると椅子の前までエスコートされます。

 流れるように座らされた後、ご自分もすとん、と隣に腰を下ろしました。

 女性の扱いに慣れている大人の余裕を感じます。私なんて、手を取られただけで心臓が飛び出そうなのに……

 離れた手に名残惜しさを感じつつ、私は肩が触れそうな距離に座っていることに気付きました。


(ち、近い……近いです……!)


 顔も熱いし、頭の中が沸騰して、なんだか倒れそうです……!

 へ、平静。冷静。平常心です……!


「それでね、僕のオススメがいくつかあるんだ」


 本を開いて説明し始める蒼嵐様の声が、すぐ隣から聞こえてきます。

 ちゃんと話を聞かなければ、と思いつつ、内容がよく頭に入ってきません。

 ふわりとした茶色の髪が顔に落ちるのを綺麗な指がかき上げます。その仕草を横目に見てしまい、なおさらにドキドキが止まりません。


 このままでは、頭がどうにかなってしまいそうです。

 自分の恋愛スキルの低さが恨めしいです……!


月穂は勘違いしていますが、蒼嵐が慣れているのは女性の扱いではなく、妹の扱いですね……


次話「書庫デート」。明日更新予定です。

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