21.ガーデンパーティー(蒼嵐視点)
「うーん……いや、無理」
「無理ではありません」
「真剣にお考え下さい。しかも、早急にです」
玉座に深くもたれかかった状態で、僕は目の前に立った2人の大臣に詰め寄られていた。
ついでに、背後には余戸もいる。
今日は昼前からガーデンパーティーがあるけれど、正直もう結構疲れているので社交は適当に流したいと思っていた。
でもどうやら、そうもいかないようだ。
「通常は国王になる前の段階、王太子の時点で王太子妃を迎えるのですよ?」
「北の大国からも南の大国からも、その他小国からもどれだけ問い合わせが殺到しているか、ご存じないわけがないですよね?」
「ああ……知っているよ、一応」
「婚姻にまつわる問い合わせの親書が本日現在何通届いているか、数字でご説明差し上げれば真剣にお考えいただけますか?」
「みんな権力が好きなんだねぇ……という感想しかないかな」
比較的若い学士から優秀なのを大臣に採用したんだけれど。この2人、困ったことに僕に対してかなり遠慮なく意見を言ってくる。
いや、そういう人物を選んだのは僕なんだけれど。
それが悪いって訳じゃなくても……ねえ。
「そう言ってもさ、急に伴侶を決めろとか言われても無理だよ。一生を共に過ごす1人だろう? せめて飛那姫がお嫁に行ってしまってから、改めてゆっくり……」
「飛那姫様のご結婚は関係ありません。1人に絞れないと仰るのでしたら、陛下お得意の変革で紗里真の婚姻に関する規定を改変ください。後々ゆっくりお考えいただいて2人でも3人でも側室を娶ってくださればよろしいのです。我々はそれでも一向にかまいません」
「陛下……陛下? ご自身で仰ったことに、ご自身で傷つかないで下さい」
うなだれた僕を呆れたように見て、右大臣の録幸が首を横に振る。
だって、可愛い妹がどこかにお嫁に行ってしまうとか、考えただけで希望も気力もゼロになりそうな話じゃないか。
ちなみに録幸の年はまだ25歳と若く、僕と同年代だ。
「録幸だって、僕と同じで結婚してないくせに……」
「私とご自身を同じに考えてはいけません! 外交にも内政にも正妃は必要です! なるべく早急に選んでいただく必要があるのですよ!」
「……はぁ。論旨を理解しかねるなぁ……」
「国王陛下?」
視線をそらした僕の前に進み出て、左大臣の仁徳が冷えた笑いを浮かべた。
彼は30歳で、既婚者だ。
「今すぐに決められずとも、今日のパーティーではなるべく多くの各国王女と交流を持たれて下さい。近々その中から正妃をお選びいただくことになるのですから、くれぐれも真剣に対応されるようお願いいたします。特に魔力に秀でているような候補の方々は、こちらにリストアップしておりますから、目を通されて……」
「あ、ダメだ僕、そういうの覚えたくない」
「っ陛下!」
「余戸~助けて~」
「それこそ無理です」
振り返った僕と視線を合わせることもなく、余戸はバッサリと切り捨てた。
みんなしてひどくないかな。
この度めでたく紗里真王国は復活して、僕は自他共に認める大国の王の1人になった。
要するに、世界で4本の指に入る高貴な身分になったわけなんだけれど。その国王が結婚もしていないってところが問題らしい。
いや、らしいって言うか、それは理解出来るんだけれど。
顔もよく知らない女性達の中から、早く決めろとか言われてもなぁ……
政略結婚が王族にとってのセオリーとはいえ、はいそうですねと頷きたくない気持ちも分かって欲しい。
「これで飛那姫様が嫁がれてしまったら、王族は陛下お一人なのですよ?」
「うわっ! さすがにひどい! 言葉の暴力だよそれ!」
録幸の無遠慮な言葉に、僕は本気で抗議した。
元々紗里真を復活させようと言ってきたのは妹だ。
そうなるまでには経緯があって理由も色々あるけれど、詳しいことはまあ置いておいて。本来なら、神楽の継承者である飛那姫が王になるべきだったのだ。
神楽を持たない、すなわち継承権を持たない僕が王になったのは、妹のために他ならない。
飛那姫はここに帰ってくる前から西の大国の王太子と恋仲だったらしい。
紗里真復国に際して僕はそれを知ってしまった。王になったら恋人と結婚出来ないと妹が泣いていることも。
だから僕は、妹を王にするのではなく、王女の身分に戻すことを選んだ。
泣くほど落ち込んでいるなんて分かってしまったら、兄として妹の幸せを最優先するしかなかったのだ。
本当ならお嫁になんか行かせずに、この国で妹と平穏に過ごしていたい。
飛那姫が王で僕がブレインであれば、完璧な国を作れるはずだ。
そんな計画を自分の手で握りつぶして、断腸の思いで国王になったのを大臣2人は知っているはずなのに。
追い打ちをかけるなんてあんまりじゃないか。
「飛那姫様は西の大国の王太子と恋仲だとお聞きしています。あちらも王太子妃を選ぶ時期だということですから、嫁がれるのも時間の問題ですよね」
「本当にやめて! 僕はまだ正式には認めてないっ! ちゃんとは認めてないんだからね!!」
「いつまでそんなことを言っておられるのですか」
いい加減にしろと言われているのが分かるような視線が2人から注がれる。
飛那姫のことまで持ちだされて突っつかれると、さすがにふてくされたくもなるよ。
「政治と世継ぎの問題なら、未整理な感情を置いても期待に応えたいという気持ちが無いわけじゃないよ。でも、とにかくこの話はもう終わり!」
「ではせめて、片手に絞れるくらいの候補を決めていただくということでよろしいですね?」
「納得は出来ないけど、了承したよ」
3人から同時にため息をつかれて僕もうんざりすると、玉座の肘掛けに頬杖をついた。
分かってはいるけれど、当面パスしたい話題のひとつだ。
東の賢者だった時は、影響力はあったものの地位はなかったから気楽だった。
大国の国王って、本当に大変だ。
そんなこんなの前座をふまえて、厄介なガーデンパーティーは始まった。
各国の王女と交流ね……僕は仕方なく頭にたたき込んだリストの名前と、顔を一致させる作業に取りかかっていた。
カラフルなドレスはさしずめ彼女たちの戦闘服といったところか。
この立場になってしみじみ思うのは、男性だけじゃなく女性も権力が好きなんだなぁってこと。
元々女性に興味が薄い僕にとって、色気たっぷりに近寄ってくるご婦人達は、はっきり言ってありがたくない存在だ。
どれほど美しいとか言われても、結局は僕の妹の方が美人だし……
僕の基準で容姿を「美しい」と言ってもらいたいなら、もう本物の女神でも連れてくるしかないと思う。
大体、女性の魅力って、そんなところだけじゃないと思うんだけれど。
どうしてみんな分からないんだろう。
そして寄ってくるのは、もちろん女性だけじゃない。
これは確か豊浪国の……20歳になる第一王子だったか。
挨拶をとやってきて恭しく礼をした後、その王子はさわやかに微笑んで言った。
「私、国に帰りましたら、飛那姫王女に正式に婚約を申し込みたいと考えております。このようなことをこの場で申し上げるのは恐れ多いのですが……まずは、真剣な思いを国王陛下にお伝えし、お許しをいただければと……」
「君は、僕の妹のためにどこまで出来るのかな?」
そう笑顔で答えた僕に、小国の第一王子は、びくりと肩を揺らせたきり、固まってしまった。
滲み出る冷気に気付けるのなら、多少は見所がある。
僕は傍らに置いてあった紙の束から一枚を取って、顔を強ばらせる彼に差し出した。
「婚約打診をくれるのはかまわないよ。その際にはここに書いてある必要事項に目を通して、直筆でサインしたものを親書に同封してね」
「身元調査への同意事項……?」
受け取った紙を凝視しながら、第一王子が動揺の滲み出た声で呟く。
「大切な妹の伴侶になる人のことだからね。立候補する以上、素行、交友関係、隠れた趣味の果てまで調べさせてもらうから、よろしくね」
第一王子はすっかり顔色を無くして、「はい……」とだけ答えると、すごすごと去って行った。
甘い、みんな甘いよ。
僕から可愛い妹を奪うというのなら、妹のために今すぐ死ねる覚悟くらい持っていてもらわないと。
「蒼嵐様……希代の天才と謳われた大国の王から身辺調査……特に疚しいところがなくとも、大抵の殿方はひるんでしまいそうですよ」
警護のため僕に貼り付いている余戸が、そう小声で言ってきた。
それはそうかもしれないけれど。
「ふるいとしては、ちょうど良い塩梅だと思わないかい?」
「……その件につきまして、私の意見は必要ないかと」
「自分から言ってきたくせに」
次から次へと挨拶に寄ってくるゲストに応対しながら、僕はふと気が付いた。
あの小さい姫が見当たらない。
(どこにいるんだろう……会ったら本をあげる話をしようかと思っていたんだけれどな)
考古学が好きだと言っていた、控え目で可愛らしい王女の顔を思い浮かべて、僕は視線を彷徨わせた。
見える範囲にいないことは確かだ。
「歌のお礼と、本のことを話したかったんだけどな……」
「はっ、何か仰いましたか?」
「……いや、何でもないよ」
まだ直接には2回程度しか顔を合わせたことのない相手だけれど、最初の出会いのせいか庇護欲を駆り立てられるんだよね……
彼女の姿が見えないことを少し残念に思いながら、僕は代わる代わる訪れるゲストに、ひたすらに愛想笑いを重ねていた。
蒼嵐語りのガーデンパーティーでした。権力はあっても威厳はない人です。
大分長かったですね……自重を捨てず、一話3,000文字程度目指して頑張ります。
次話「お誘い」。明日更新予定です。




