20.ガーデンパーティー
昨日の復国祭での騒動、あれはやはり敵襲でした。
あまりにも突然の襲撃で敵の目的は分からないけれど、あの黒い剣は殺戮を好む魔性の剣で、非常に危険なのだそうです。
国宝剣・神楽の剣気に引かれてそんな招かれざる客が寄ってきてしまった、ということらしいのですが……
城の中には入って来れないようになっているので安心して欲しいと、大臣の1人が丁寧に説明していきました。
今日は予定通り、午前中からガーデンパーティーが行われるのです。
パーティーに参加するため、私はまた朝から香澄に飾り立てられました。
サテンのチュールを幾重にも重ねた可愛らしいアイボリーのドレスは、透け感のある胸元の刺繍に、ブルースターの小花が散りばめられています。
背中は大胆なレースアップになっているのでスースーして落ち着きません。その部分が見えるように髪をすべて編み込んで上げるというのを断固として断って、いつもの両サイドハーフアップにしてもらいました。
いざパーティー会場に出てみると昼のパーティーとは思えないほど艶やかに着飾った姫君達が、互いに美しさを競うように胸を張って歩いています。
私には張る胸も大してないので、競うことはせずに隅の方でおとなしくすることにしました。
カラフルなドレスを身をまとった姫君達は、目に痛いくらいです。
開始から30分も経たないうちに場に疲れてしまいました。今日は香澄がついていてくれるのが、せめてもの救いですね……
知らない殿方から声をかけられたりもしましたが、普段は社交の場に出ることのない私です。正式な挨拶すら慣れません。
交わすように会場の隅に移動していき、意識せずともどんどん庭園の奥の方に逃げ込んでいっている気がしました。
そのうちに、また殿方から声をかけられました。
「清明国の……第四王女、だったかな? 昨日の歌は素晴らしかったね」
お年はお父様に近いように思います。身長は殿方にしては低めで、歩くのにちょっと苦労しそうな体型の、その……丸い、よく肥えられた方でした。
殿方は、泰府という、南西の小国から来た王だと名乗られました。
小国の王から直接にお褒めの言葉をいただき、私はすっかり恐縮して頭を下げました。
「大変恐れ入ります」
「銅箔殿のところの王女は3人だったと思っていたが、まだ王女がいたとはね……名前と年は?」
「月穂と申します。16でございます」
「16……とても可愛らしいから、成人していると思わなかった」
「お、恐れ入ります……」
「顔を上げなさい」
出来ればずっと礼の姿勢のまま下を向いていたかったのですが、そう言われてしまいました。
私はオドオドしながらも、無礼があってはいけないと、背筋を伸ばします。
「ふむ……」
なんでしょう。何か、見定めるような目で頭の上から足先まで眺められます。
じろじろと無遠慮な視線を浴びて、次第に嫌悪感が沸いてきました。
「他の王女3人とは随分と違うな。銅箔殿が表に出さない訳が、分かった気がする」
二重になったあごをなでさすると、上品とは言えない笑みでそう言われました。
どういう意味なのでしょう……
「ちょうどいい、少し私と話をしよう。来なさい」
そう言うと、泰府の王様は手を伸ばして私の右手首を掴みました。
びっくりして思わず身を引きましたが、殿方の強い力でぐい、と引っ張られます。
「あ、あの……!」
「あちらの方に東屋があったかな」
今までこんなことに遭遇したことがない私は、これが普通のことなのかどうか判断がつきません。
香澄を振り返ると、彼女も困惑した顔でどうして良いか分からないようでした。
お断り出来るはずもないので、素直について行くしかないのでしょうが……掴まれた腕に鳥肌が立つのを抑えられません。
(放して……!)
そう叫びたいのを我慢して、よろよろと腕を引かれたまま歩き出したところで、ふいに背後から華やいだ声が聞こえてきました。
「まぁ、こんなところにいらしたのね!」
軽やかな、メゾソプラノの声。
私と、泰府の王が振り向いたそこには、ピンク色のドレスをまとった長身の女性が立っていました。
(あっ……)
上質なサテンの光沢よりも、それを着た女性自身が光って見えます。
薄茶色の瞳が細められると、魅力的な唇が弧を描きました。
蒼嵐様の妹君、紗里真の第一王女……飛那姫様です。
「捜していましたのよ。さあ、あちらでゆっくりお話しましょう」
そう言うと飛那姫様は、私の左手をすっと取りました。
(え……えええ?)
「あら……貴方はたしか、泰府の……?」
飛那姫様がそう言って美しい眉をひそめると、泰府の王様は掴んだ私の右手をぱっと放しました。
「はっ、これは……! 飛那姫様におかれましては、ご機嫌麗しいようで……」
「もしかして、お取り込み中だったかしら? 私、彼女とお話したくて捜していたのですけれど……お連れしても、かまいませんこと?」
「もちろんです」
深々と礼をする泰府の王様を一瞥すると、飛那姫様は「では」とだけ言い残して私の手を引かれました。
「あ、あの……」
女性にエスコートされるのは初めてです。
ましてや、自分よりはるかに高い身分の方に。
うろたえる私を少しだけ振り返ると、飛那姫様はパチリといたずらっぽく片目を瞑りました。
(え……)
大国の王女が……ウィンク??
呆然とする私を連れて、庭園の隅にあるガーデンテーブルまで移動すると、飛那姫様はパッと手を離しました。
「ああいうブタ……じゃなかった、良からぬことを考えていそうな殿方は、まともに相手してはダメですよ」
にっこり笑ってそう言う飛那姫様に、私も、後ろからついてきた香澄も目が点です。
もしかして、助けて下さったのでしょうか。
「お、恐れ入ります。ありがとうございます……!」
全力で頭を下げる私を見て、飛那姫様は「いいから」と頭を上げるように言います。
「気にしないで。私ね、ああいうの嫌いなのよ。それにあなたの歌が素晴らしかったから、どんな人か近くで見てみたかったのは事実だし。復国祭での3曲、どれもとても感動したわ。また機会があれば、是非歌声を聞かせてくださいね」
蒼嵐様に似た柔らかい笑顔が私に語りかけるのを、夢のように聞いていました。
「それじゃ、またあんなのに捕まらないように気を付けて」
「あ……! お待ち下さい! あの、もしかして、昨日の……あの声は……!」
「え?」
ゲストの相手で忙しいだろう方を呼び止めてしまいました……
昨日の復国祭で「追うな」と叫んだのは、飛那姫様ではないかと、そう考えていたのです。
呼び止めてしまった非礼を詫びながら私がそう尋ねると、「ええ、確かに私が止めたわ」と飛那姫様はあっさり肯定されました。
「その、私以外に、声に魔力を乗せる方を初めて知ったので……あの、あんな風に強制力のある声を飛那姫様は一体どうやって……?」
「私は魔力を使って、体のどこでも身体能力を上げられるの。視力も聴力も、ノドもね。でも声に魔力を乗せて遠くまで届きやすくすることは出来るけれど……強制力を持たせたりは出来ないわよ」
飛那姫様は否定しましたが、あの時のあの声は抗えないような絶対的な力を持っていました。
あれが魔力による力でないのだとしたら……遙か高みにいる王族からの、鶴の一声ということなのでしょうか。
いずれにせよ、ただの声があんな風に作用することは私にとって驚きだったのです。
「てっきり魔力を使って声に力を持たせていらっしゃるのかと……」
「違うわよ。だって私はあなたのように心に響くような歌に変換することは出来ないもの」
「そ、そうなのですか?」
「そうなのよ」
フフッと少し首を傾げて笑われると、飛那姫様は今度こそ私に背を向けました。
「じゃあまたね、可愛い歌姫さん」
そこに立っているだけで、強烈な存在感を放っている方です。
小径の向こうに消えてしまってから、香澄と二人、肺の奥からため息を吐きました。
「あの方が……蒼嵐様の妹君……」
ご兄弟揃って、とても素敵な方です。
そして、やはりちょっと……いえ、かなり変わった方のようでした……
飛那姫が自分と似たような能力を持っている? と考えた月穂。
結果は別物でした。
次話「ガーデンパーティー(蒼嵐視点)」を明日更新予定です。
多分、ちょっと長くなります。




