18.うわさの妹姫
夕闇が迫り、西の空に太陽が落ちていく時刻。
無事に出番がすんだ私は、客席に戻って続く催しを楽しんでいました。
これから、復国祭のメインイベントとも言える、第一王女による国宝剣の剣舞が始まるのです。
「国宝剣の神楽は、国王陛下ではなく王女が所有しているということだが……」
「大変美しい方と聞いているが、本当に女性が剣舞など舞えるのか?」
「前王の時にも剣舞を見た者はいるだろう。聖剣が本物かどうかの、確認を兼ねた披露目というわけだな」
周囲の席で話しているのは、小国の王族達です。
みんなしきりに国宝剣と、第一王女の話をしていました。
紗里真には代々伝わる『神楽』と呼ばれる国宝の聖剣があるそうなのです。
それを所有していることこそが、紗里真王族の証。
周辺国では、10年もの間行方知れずだった王族のご兄弟が突然戻ってきたということに、不信感を持っている人も多いそうです。
「この剣舞は疑いの目を払拭する意味で、蒼嵐様……いや、国王陛下にも必要なものなんだよ」
隣からお兄様が、そう説明してくれました。
本来は王となる者が国宝剣を所有するのだそうですが……復国とともに、その慣習も変えていくのだと蒼嵐様は宣言されています。
しかし今後変えていくにしても、今は国宝剣の存在を世に知らしめることが必要なのだと。真に紗里真の王族が帰ってきたということを周知する意味で、この剣舞はなくてはならないものなのだと。
そういう重要な役割を持つ披露目なのだということでした。
ちなみに私、剣舞というものがあることは知っていましたが、本物を見たことがありません。
蒼嵐様が「世界一の剣士」と豪語する、妹姫の剣舞……
一体どんなものなのでしょうか。
美しいと評判の王女を近くで見られることと同じくらい、とても楽しみでした。
木造りの舞台の上で、前座の楽士達8人が素敵な演奏を奏でています。私の時に演奏してくれたのと同じ方達です。どの楽士も本当に秀逸な腕前でした。
静かで儚げで、ゆるやかなくだり。
その音色にうっとりとしていたら、時間はあっという間に過ぎていきました。
曲が終わり、黙礼した楽士達が舞台を降りていきます。
(始まるのでしょうか……)
舞台下で再び楽士達が、静かに各々の楽器を鳴らしはじめます。
ワクワクしながら舞台を見ていたら、向こうに見える控えのテントから、夕方の光に照らされて、きらびやかな装飾をまとった女性が出てきました。
会場の一同が歩いてくる女性に気付きはじめると、段々と話す声が聞こえなくなっていきます。
軽やかな足取りで階段を登り、舞台に上がってきた女性を見た瞬間、息を飲みました。
面と向かって「剣士です」と言われても、とても信じられません。
(綺麗……)
すらりとしなやかな肢体は、女性として理想的な曲線を描いていました。
まとっている魔力が漏れ出ているせいでしょうか。全身からうっすらと放たれたオーラが、尋常のものとは思えません。
長く艶のある髪が、夕方の光に婉然と揺れていました。
髪と同じ色の、薄茶の双眸にうつる強い光。人間離れした肌の白さ。
蒼嵐様に少し似た、高く美しい鼻梁の、整いすぎた顔立ち……
これが生きた人間かと、目を疑いそうになります。
女性の私でもドキドキしてしまう位、綺麗な方でした。
既に婚約者がいるはずの祐箔お兄様まで、瞬きもせずに見とれています。
この方が、飛那姫様なのですね……
蒼嵐様があれだけ褒めちぎる理由は、一目見てよく理解出来ました。
シャララン、と高く鈴の音が響き、曲が終わります。
もう、周囲で話す人は誰もいませんでした。
剣舞が始まるのでしょうか。でも飛那姫様は剣はおろか、その手に何も持っていません。
(剣舞と言うのですから、剣を使うのですよね……?)
そう不思議に思っていたら、舞台上の飛那姫様が顔の前に右手をかざしました。
そこに高密度の魔力が凝縮していくのを感じます。
青い光の粒子が、弾けるように見えたのは一瞬。
キン! という硬質な音が、静まりかえった会場にこだまします。
飛那姫様の手には、今までなかったはずの一振りの長剣が握られていました。
中心にある青白く発光する宝石の他に、赤や黄色、緑の宝石が散りばめられた、美しい細工の長剣。
どこから出て来たのでしょう。直視したら、息苦しく感じる位の圧迫感を感じました。
剣を携えた飛那姫様に、鳥肌の立つような畏怖の念を覚えずにはいられません。
(これが……国宝剣『神楽』?)
楽士達の音楽が、再び始まりました。
ゆったりとした動きで、飛那姫様が剣舞を舞い始めます。
流れるような動きの中に、鋭さは感じません。羽が生えているのかと思うほど体重を感じさせない、軽やかで、緩やかな舞でした。
「美しい……」
お兄様が呟いたことで、私も夢の世界から少しだけ正気に戻りました。
まるで、目前に女神が降りてきて舞っているようです。長剣を振るう度に青白い光が残り、幻想的な軌跡を生み出していきました。
会場中の人が食い入るように見つめる中、まるで子守歌のような1曲目が緩やかに終曲を迎え、2曲目が始まります。
曲調ががらりと変わりました。
この曲は私も知っています。秋の収穫祭で演奏される、豊穣の恵みを喜ぶ歌。
息を飲むほど美しいと思った先ほどの女性的な舞と違い、今度は剣士らしい雄々しいリズムが、静と動のはっきりとした剣技を彩っていきます。
私は剣術のことは分かりません。分かりませんでしたが、周囲の殿方の反応から見ても、相当にレベルの高い剣技なのだということが理解出来ました。
空を斬る音に合わせて次々と薙ぎ払われる剣のスピードが、もう私の目では追えません。
そろそろ終曲かという頃、腕輪からのびた青いグラデーションの布をひらめかせて、飛那姫様が剣を頭上高く投げられました。
まるで意思を持ったかのように、長剣は真上でくるりと向きを変え、刃を下にしたまま真っ直ぐに落下を始めます。
「え……」
刃の落ちる先に、無防備に空を仰いだ飛那姫様の姿がありました。
白く美しい指先が天に向かって伸ばされます。
(危ない!)
国宝剣が飛那姫様の体を貫こうとする直前。
剣は鮮烈な青い光を放って、細かい光の粒子になるとキラキラと宙に消えていきました。
終曲の一音と、同時のことでした。
「……び、びっくりしました……」
国宝剣は、何もない空間から出したり、消したり出来るのですね……
本気で刺さるのではないかと思いました。心臓に悪いです……
会場中が呆気にとられている中、飛那姫様は艶やかに微笑まれて、ふわりと一礼されました。
パチ、パチ、とそぞろに聞こえ始めた拍手が、あっという間に大きな波のような大拍手に変わっていきます。
私も夢中で拍手を送りました。
国宝剣の剣舞……素晴らしかった、の一言に尽きます。
紗里真の騎士達から歓声とアンコールの声が響くのに、飛那姫様がこの国の騎士達に愛されていることを知りました。
その姿だけでなく、きっと内面も素晴らしい方に違いない。
私は確信にも似た気持ちで、そう思いました。
感動冷めやらぬ中、拍手の先で嬉しそうに微笑んでいた飛那姫様が、ふと表情を曇らせたような気がしました。
私もはっとして、息を飲みます。
反射的に、夕闇の空を仰ぎました。
何か、上の方に鋭い気配を感じたからです。
(何か……何か、来る……!)
飛那姫様の手の中に青い光が見えたと思った次の瞬間。
雷のような轟音が響き渡り、空気を震わす衝撃波が四散しました。
本編主人公出て来ました。外見が良いので誤解されがちですが、本性は全身凶器の残念美人です。
本日は早々に更新……急ぎの発注が到来しているので、こっからは仕事します(泣)。
次話「混乱の復国祭」。月曜日定休の為、火曜日の更新になります。