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17.私の出番

 紗里真王国に到着した翌日。今日はいよいよ復国祭です。

 お昼過ぎから始まった開会のセレモニーは大々的に行われ、騎士達による雄々しい行進や壮大な音楽が城下町にまで響き渡っていました。


 私は、お父様、お兄様と客席の比較的隅の方に座って、セレモニーの大迫力に圧倒されていました。

 開会式の後には、各小国から1つか2つずつ催しがあって、それもまた大変に面白いものばかりでした。

 でも、楽しんでばかりいるわけにはいきません。

 小国の催し、5番目には私の出番が来るのです。

 3番目の催しが終わったところで、私は執事に呼ばれて舞台向こうの控え室に移動することになりました。


 今日何度目か分からない、ため息がもれます。


「……私、ちゃんと歌えるかしら……」

「月穂様。どうかお気をしっかり持って。しゃきっとなさってください」


 午前中から私を磨き上げる為に奮闘していた香澄は、ソファーに沈み込んだ姿を見て呆れ顔です。

 美しいスパンコールの光るドレスに身を包んで、控え室で震えている主人なんて、侍女としては見たくないですものね。

 私は重い腰を上げると姿見の前に立ちました。

 普段あまり着ないような高価なドレス姿に、気が引けることこの上ないです。


「ねぇ香澄、このドレス、私には少し派手ではないかしら……?」

「何を仰っているのですか。これでもおとなしい方ですよ」


 私は背後のため息を聞きながら、今日のためにお父様が仕立ててくれた素敵なドレスを眺めました。

 裾のサーモンピンクから胸元のパステルピンクまで、淡いグラデーションがきいた、プリンセスライン。高めのウエストに揺れる大きなリボンや、左右に重なって広がるフリルの可愛さを、ふんだんにあしらわれたレースが上品にカバーしています。

 とても素敵ですが、胸元が大きく開いているのが落ち着きません。

 こういった高価なドレスは着慣れないので着心地もよくないです……


「月穂様、大丈夫ですか? もうすぐ出番なのですよ」

「香澄……私、ちゃんと歌えるかしら……」

「先ほどから何度同じ事を呟かれてるのですか。歌えます。月穂様がちゃんと歌えなかったことなどありましたか? 私は存じませんよ」

「3曲……3曲も歌うのよ? 途中で飽きられてしまったり、呆れられてしまったりしないかしら」

「ご不安なのは分かりますが……月穂様の歌は紗里真の国王陛下が認めてくださったのでしょう? 自信を持って、いつも通り歌えばそれで大丈夫ですよ」

「蒼嵐様が、認めて……」


 そうでした。

 せっかく期待されて呼んでくださったのに、無様な真似は出来ません。


「わ、私、頑張りますっ!」

「ええ、いつも通り、素敵な歌声を聴かせてくださいね」


 ほっとしたように笑う香澄に、私も笑顔を返しました。

 視線の先にある赤いカーテンが開いて、現れた進行役の侍従が丁寧に礼をします。


「清明国第四王女、月穂姫様。お時間になりました。どうぞこちらより舞台にお越し下さい」


 思わず「はいっ」と大きな声で答えてしまいました。

 進行役は少し目を丸くしましたが、何事もなかったように笑顔で案内してくれます。

 プロですね……粗忽な自分が恥ずかしいです。


「いってらっしゃいませ、月穂様」


 香澄に見送られて、私は控えのカーテンをくぐりました。

 ざわざわする会場の中。舞台の上に紗里真の楽士達が楽器をかまえて待っているのが見えます。


 演奏はお任せする形で、清明国からは楽士を連れてきていません。彼らとは初めての共演です。

 ごくり、と唾を飲み込んで足を進めました。えんじ色の布が敷かれた道に、足がちゃんと前に進んでいるのかどうか自分でも疑わしいと感じてしまいます。

 たった7段ほどの舞台の階段を登ったら、足が震えました。


 たくさんの人がいるとは思っていましたが、集中する視線に泣きたくなります。

 心臓がすごい速さでリズムを刻んでいました。


(落ち着いて……落ち着いて私)


 とにかく、床に印のある中央まで歩いて行って、そこで礼をするのです。

 のろのろと足を進め、×印のあるところまで歩ききった私は、くるりと向きを変えて、紗里真城からせり出している2階部分の広いバルコニーを見上げました。


 紗里真の王族席に座る、蒼嵐様と、おそらく妹姫の第一王女の姿が見えました。

 ここからだと表情まではよく見えませんでしたが、国王の椅子に座った蒼嵐様と目が合ったのは、気のせいではないでしょう。


(蒼嵐様……お手紙、ありがとうございました)


 カードのことを思い出して、そんな気持ちで深く一礼をします。

 大きく、大きく深呼吸です。

 楽士達が目配せして、楽器をかまえました。


『乾杯の序曲』


 東の国独特の旋律が散りばめられたこの曲は、全体を通して重厚な雰囲気で、かつ明るさを失わない名曲です。

 もとは歌劇の序曲ですが、その人気から歌詞も後からつけられて、お祝いの席には舞台で演奏されたり、歌ったりされることも少なくありません。


 強烈なフォルテの一音から始まった前奏は、早々に迫力のある盛り上がりをみせます。


(巧い……!)


 楽士達のレベルの高さに、私は一瞬でここが舞台上だということを忘れました。

 この演奏にあわせて歌いたいという気持ちがこみ上げてきます。


 私は波が引くように消えかけた音色の間へ、低音から高音に伸びる主旋律を滑り込ませ、歌い出します。

 魔力が音に変換されることで、肉声がはるか高い空にまで広がっていくのが分かりました。

 私の声を追いかけるように、楽士達が美しい調べを奏でます。


(何かしらこれ……気持ち良いです……!)


 力強い弦の動機や、優しい木管の旋律に、私の心は完全に音楽の世界に入り込みました。


 思い切り高音で伸ばす歌のクライマックスまでが、あっという間に感じました。それは観客にとっても私にとっても、うっとりとするような夢の時間でした。

 始まりと同じフォルテで締めくくる一音。

 歌いきった直後に、また次の曲が始まります。


永久(とわ)の森に響く詩人のうた』


 高音域ばかりで構成されたこの歌は、永久に朽ちることのない美しい森の中に迷い込んだ詩人が感極まって踊る歌です。超音波にも似た音の連続は歌い手を選ぶので、演奏を耳にする機会はあっても歌を聴くことは少ないかもしれません。

 まるで人が楽器になったかのような、凄まじい速さの音の跳躍。

 声楽的に難易度の高い技巧をそこかしこに散りばめた、超絶技巧の華々しい名曲です。


 そして最後の曲は、私の大好きな歌。


『風の庭』


 初夏の風が吹き抜けていく、さわやかな庭園を表現した叙情歌。

 みずみずしい響きのメゾソプラノから歌い出し、サビ部分は超高音域と呼ばれる音程にまで盛り上がります。

 細かいところまで美しく歌い上げるには、微妙なのどのコントロールが必要と言われていますが、私は特に意識したことがありません。

 他の2曲から比べればおとなしい曲でしたが、あえてこれを選びました。

 サビの部分には思い切り魔力を乗せて、どこまでも響くように歌い上げます。

 流れるような曲調とともに薙いだ気持ちで、最後の1フレーズを歌いきりました。


 間違えることもなく、無事に3曲を歌い終えることが出来たようです。

 歌い終えるまで、とても気持ち良かったです。


 楽士達の演奏が終わり、2階のバルコニーを見上げると、私は蒼嵐様と客席に向かって、深く一礼をしました。

 喜んで、いただけたでしょうか……


 顔をあげようとした瞬間、客席から拍手が沸き上がりました。

 割れんがばかりの大音量で贈られる拍手に、驚きながらも私はもう2~3度、方向を変えて礼を返しました。


 楽士達にお礼を言い、来たときと同じようにのろのろと舞台を降ります。

 鳴り止まない拍手が、後から後から追いかけてきます。

 胸のドキドキが今頃になって大きくなってきました。


「良かった……」


 歌えて、良かった。

 私、ちゃんとお役目を果たすことが出来たようです。

 お父様も喜んでくださったでしょうか。


 控えの幕の中に戻ると、香澄が駆け寄ってきて手を握ってくれました。


「香澄、歌えたわ」


 それだけ言うと、香澄は潤んだ瞳で笑いながら頷きました。


「ですから大丈夫と言ったではないですか。月穂様は私の誇りですもの」


更新、お待たせしました<(_ _)> 今回は文字数がやや多めです。

1話3,000文字で収めたいところ、段々と難しくなってきましたね……

気付けば予定よりトータル文字数も多いし(今半分くらいです。多分)。

7万文字に収まらないのはもう決定のようです……


次話「うわさの妹姫」。明日更新予定です。

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