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16.出立そして到着

 明くる日の午後になってやって来た迎えの馬車は、いたって普通の馬車でした。

 私は蒼嵐様の乗っていた空飛ぶ馬車でないことをちょっと残念に思い、同時にホッとしました。

 突然あれに乗ると言われても、浮遊呪文すら使えない私には、恐怖体験でしかない気がします。


 瑞貴お姉様のことは気にかかりましたが、気持ちを切り替えようと思いました。

 今はいただいたお役目を果たすことだけを考えなくては。

 お父様のためにも、蒼嵐様のためにも。


 前を走る豪華な大型馬車には、お父様とお兄様が乗っています。

 私の乗るこの小型馬車も、清明国のものよりも乗り心地が良くて、とても素敵な内装でした。

 ビロード張りのシートにはクッションが効いていて、長時間乗っていてもお尻が痛くなるようなこともなさそうです。おかげで道中は快適でした。

 途中で小国の宿に一泊し、早朝にまた出発する旅程で、丸一日半をかけて、私達は紗里真王国にたどり着いたのです。


「大きい……」


 段々と近付いてくる紗里真の国。

 窓から見える、町を取り囲む城下壁のあまりの高さと大きさに、私は唖然となりました。

 20メートルほどはあるでしょうか。普通の建物よりも高い、彫刻のように美しく強固な石壁が、見えなくなるほど向こうまで続いています。

 他の小国に行ったのも二度ほどしかない私にとって、このスケールの大きさは驚異的でした。


 巨大な城下門をくぐって町の中に入ると、また目を疑いました。

 大通りの広いこと……!

 大きな広場が幾重にも続いているかのようです。広く太い道がはるか向こうに見える城まで真っ直ぐに伸びていました。

 道は馬車が走りやすいよう舗装されていてとてもきれいです。

 復国を祝うためのものでしょうか。町のいたるところに紗里真王国の紋章が入った旗が掲げられていました。


 左手には大規模な市場が立っているようです。どうやらそこでも復国祭を祝って、イベントが催されているようでした。

 商店の賑わいと、道行く人の多さに圧倒されます。


「なんて活気のある町なのかしら……香澄、大国ってすごいわね……」


 向かいに座っている香澄にそう言うと、彼女もこくこくと頷きました。

 城下町を抜け、立派な城の門をくぐり、いよいよ紗里真城に到着です。

 城下壁と城下町がこれだけ大きいのですから、城自体が大きいのは当たり前なのですが、やはりその大きさに感動しないではいられませんでした。

 清明国の城と比べて、4倍……いえ、見える範囲で5倍はあるのではないでしょうか。


 優しい黄味がかった白に、ところどころ焦げ茶のアクセントが効いた城の壁は威風堂々としていて、とても10年の長い月日を主不在のままでいたとは思えない美しさでした。


「遠いところをようこそおいで下さいました。復国祭へのご参加、主に代わり御礼申し上げます。ご滞在中、清明国の御用執事に任命されました、寒乃(かんの)と申します。小さなことでもなんなりとお申し付け下さい」


 馬車から降りたお父様、お兄様、私に向かって品の良い若い執事が丁寧に(こうべ)を垂れます。

 御用執事とは、ゲストをもてなす為に働く専属侍従のことです。小国にはまずいないタイプの侍従ですね。

 清明国のような小国付きの執事であっても、レベルの高い作法が身についているようでした。


 部屋に通されて、調度品の美しさにまたうっとりします。

 大国の客室は、もっと派手でピカピカしたところかと勝手に想像していましたが、内装は落ち着いた品の良い雰囲気でした。

 造りは凝っているものの素朴な温もりを感じる木の調度品でまとめられ、涼しげな水色系のファブリックがそれらを彩っています。

 カーテンのタッセルなど、小さい部分にはキラキラした装飾もありましたが、決して嫌味に華美な感じではありません。

 テーブルに小さく生花が飾ってあったり、ウェルカムドリンクが準備されていたり、そこかしこにさりげない気遣いが散りばめられていました。


「素敵……」

「このしつらえは、清明国も見習わなければいけませんね……あら、月穂様。これは何でしょう」


 花瓶の前に、カードが立てかけられていました。先に気付いた香澄が、それを取って私に差し出します。

 招待状と同じ水色のリボンがかかった、可愛らしい二つ折りのカードでした。

 何かしら、と思って開けてみると、中に綺麗な字でメッセージが書いてありました。


『月穂姫

 ようこそ、紗里真王国へ。急に無理を言ってしまったのに、快く復国祭に来てくれてありがとう。調子はもう良いのかな? 具合が悪いと聞いて心配していました。もし参加するのに無理があるようなら遠慮なく言ってください。

 紗里真蒼嵐』


「せ……蒼嵐様からお手紙?!」

「まぁ……一国の王自らがこんな……?」


 私と同じように驚いた香澄が、感心したように手紙をのぞき込みます。

 かしこまった形式も何もない、友達に送るようなメッセージに、旅の疲れが吹き飛びました。


「わ、わ、私、これを宝物にしますわっ!」

「月穂様……まだあきらめてらっしゃらないのですか?」

「ち、違うわ……あきらめるとか、そういうことじゃなくて」


 あきらめるも何も、どのみち最初から無理な話じゃありませんか。

 大それたことは何も考えていません。

 でも、この気持ちをすぐになかったことになんて、とても出来ないのです。

 それだけです。


(……もし期限までに縁が結べなければ……お前の声は再び失われ、もう二度と歌を歌うことも、声を発することも出来なくなるだろうよ)


 ナイトフライトの言葉が、頭の中に蘇ってきます。


(そんなの……無理に決まってるわ。望むだけ馬鹿みたいな話よ……)


 少し先の未来にまた声が失われることを、まだ誰にも話してはいけないのです。

 心配をかけるだけと分かっていて、呪われていたことを、私がお姉様に呪いを返したことを、香澄に話してはダメです。

 私はそっと、カードを胸に握りしめました。



 夕食時に行われた歓待式に、第一王女飛那姫様のお姿はありませんでした。

 なんでも持病がおありで具合が悪く出席できないとか。

 お体があまり丈夫でないのでしょうか。せっかくお姿が拝見出来ると思っていたのに、残念です。


 末席にいる私は、蒼嵐様のお席からは程遠いのですが、遠目にも久しぶりにお姿を拝見出来たうれしさが広がります。

 席に着かれる時にこちらを見て微笑んでくれたのは、気のせい……でなかったと思いたいです。


 蒼嵐様は会食中、大国の王子や王女を中心に、朗らかにお話をされていました。

 時に意地の悪い質問が飛んだりもして私の方がひやりとしましたが、何食わぬ顔で返答されています。


 無礼に聞こえる問いを「それは違う」と否定しなくてはいけない時にも、見事に別の形で言い表して、周囲に不快感を与えず交わしていらっしゃいました。

 交わす技術……とでもいうのでしょうか。

 言葉選びひとつを見ていても、なんて頭の良い方なのだろうと思わずにはいられません。

 ますます、遠い世界の存在を見ているような気分になります。


(当たり前よね……大国の国王陛下なのだもの)


 そのお姿を見ていて、あきらめなければという想いと、やはりこの気持ちをなかったことになど出来ないという想いが交錯します。

 蒼嵐様の近くには、艶やかな金髪が美しい大国の王女を始め、魅力的な女性がたくさん座っていました。


 どんなに私が想ったところで、この距離は埋まりようがないのでしょう。

 紗里真に来たことで、それを実感しました。


 同時に、私が声を失うことになるのはもう疑いようのない未来なのだと、そう思いました。


 ――タイムリミットまで、残り36日。


華やかな会食の席に完全に埋もれている月穂でした。

席の配置など細かいことを割愛しましたが、作者の脳内では結婚披露宴みたいなイメージです。


次話、「私の出番」。

リアル多忙中につき、明日更新出来るかどうか大分怪しいです!

ひとまず更新予定土曜日とさせていただき、可能だったら明日も投稿とします<(_ _)>

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