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15.騒がしい朝

 ナイトフライトに呪いを返すことを頼んだ翌日の朝。

 私は飛び起きるように目を覚ましました。


 前の晩にすんなり眠りにつくことが出来なかった頭が、少しだけ重いです。

 ナイトフライトの言った通り、声は出るのでしょうか。

 おそるおそるのどに手をやって、息を吐き出します。


「……あ」


 出ました。


「出た……声が、出た……」


 呟いた瞬間、涙がこぼれ落ちました。

 ちゃんと声が出ました。

 良かった……! これで歌も歌えます……!


「……私、本当に呪われてたのね」


 うれしい反面、その事実は私にとって悲しいものでした。

 呪いだなんて、頭のどこかで信じたくなかったのです。

 そんなことはないと思いたかったのです。

 でもナイトフライトの言う通り声が出るようになったのですから、彼(?)の言ったことは、本当だったのでしょう。


「あー……あ、あ……」


 1週間以上声が出なかったはずなのに、普通に歌えそうな気がしました。

 小さな声で、好きな曲のワンフレーズを口ずさみます。


(歌える……)


 涙が止まりませんでした。

 私、本当に歌が好きなのだわ。心からそう思いました。

 自分にとって歌うことがどれだけ大切か、この出来事は身に染みて教えてくれたのです。


 少し大きめの声でもう1曲とベッドに座ったまま歌い出すと、突然部屋の扉が勢いよく開け放たれました。


「月穂様?!」


 香澄でした。

 慌てて飛び込んでくると、ベッドまで駆け寄ってきて私の顔をのぞき込みます。


「お声が、今、歌が……!」

「ええ、声が戻ったわ」


 泣いたまま笑った私を見て、香澄は両手で口元をおおいました。

 ぼろぼろと、その目からも涙がこぼれていきます。


「良かった……良かったです、月穂様!」


 私の手をとって、何度も「良かった」を繰り返す香澄に、私も胸がいっぱいになりました。

 手を取り返して、二人でしばらく喜びを分かち合いました。


「でも、どうして突然に……やはり、何かの病だったのでしょうか」


 安堵の表情でそう言った香澄に、ちくりと何かが刺さった気持ちになります。

 呪いだったなんて、言えません。

 38日経ったら、また声は無くなるのだなんて……香澄にはとても言えません。


「……そうね、そうかもしれないわ」


 あやふやに答えた私を気にするでもなく、香澄はハンカチを出すと私の涙を優しく拭ってくれました。


「どうなることかと思いましたが、本当に安心いたしました。私、早速国王様にご報告に行って参ります。戻りましたら朝食をお運びしますから、どうぞお待ちくださいませ!」


 香澄は本当にうれしそうにそう言って、部屋を出て行きました。


 良かった。

 これで、お父様の心労も無くなることでしょう。

 3日後の復国祭にはちゃんと参加して、お役目を果たすことが出来ます。

 そう、良かったのです。これで。


 ひとまず、38日後のことは考えないようにしましょう。

 考えてしまったら動けなくなってしまいそうで、私はそう思うことにしました。


 部屋着のままベッドに腰掛けて、しばらく歌えなかった歌を一人、歌い続けていました。

 少し経った頃、香澄が戻ってきました。


 部屋に入ってきた彼女は、お父様へ報告を済ませてきたと言った後、浮かない顔で続けました。


「どうぞ、驚かないでお聞きになって下さいませ、月穂様」


 お父様は私の声が戻ったことを大変喜ばれたとのでしたが……それとは別に、困ったことになったと、瑞貴お姉様のことを説明してくれたそうです。


「瑞貴様の、お気が触れたと」


 第一王女の瑞貴お姉様が、早朝から意味の分からないことを口にし、誰が止めても言葉が通じていないようだというのです。


「突然に、お人が変わられたかのように叫ばれたそうです『いっそ死んでしまえばいい』と」


 周囲の人や物にあたって手が付けられないので、祐箔お兄様が取り押さえ、今は魔道具の枷で抑えられているというのです。


(まさか……)


 呪いを返しても、呪った人は死ぬことはないけれど、困ったことになる。

 ナイトフライトの言った言葉を思い出し、思い当たったことに、ゾッとしました。


(まさか、瑞貴お姉様が……)


 唇が震えました。そんな馬鹿なと、否定したい気持ちが一番でした。

 母親が違うとはいえ、実の姉から呪われるだなんて。

 でも、そうであってもおかしくない。むしろ腑に落ちる、そう考える自分もいました。


「お姉様が……」

「原因は分かりませんが、月穂様のことといい、最近の我が家はおかしいと国王様も祐箔様もお心を痛めておられるようでした」


 おかしいには違いないのです。

 姉が妹を呪って、一番好きなことを奪っていった。

 そしてその妹は、呪いを返すことで、結果、姉の心を壊したのです。


(なんてことを……)


 言いようのない罪悪感が胸に広がります。お姉様は、元に戻るのでしょうか。

 それは絶望的なことにも思えました。

 きっと、救いはない気がします。

 固い表情で唇を震わせる私に、香澄は気遣うように声をかけてくれました。


「月穂様は本当にお優しいですね……いつもあんな扱いを受けていた瑞貴様に、そんなにお心を痛められるなんて」


 思わず「違う」と言いそうになりました。


 違うのです。私が、私がやったのだわ……

 私が、ナイトフライトに頼んだ事で、お姉様が……


 仕方ない、と言い切るだけの勇気がありませんでした。

 お母様が言っていたとおり、誰も憎んだりはしたくなかったのに。

 誰も、傷つけたくはなかったのに。


 でも、もう後悔しても遅いのです。

 私が決めて選んだことです。


「朝食をお運びしますね。急ぎ、復国祭に向かう準備も整えなくては」


 私はやり切れない気持ちを抱えながら、てきぱきと動き始める香澄を眺めていました。


次話、「出立そして到着」。明日更新予定です。

※何らかの事情で更新出来ない場合は活動報告にあげますので、よろしくお願いします。

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