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14.メリットとデメリット

「声を取り戻そうと思うなら私は手を貸すことが出来るが、当事者であるお前には当然、リスクがあるってことだよ」


 ナイトフライトが、低い声でそう告げます。

 呪いを解くために必要なリスク……?


「いや、リスクという言葉は正しくないね。チャンスだと思えばいい。月穂、お前、叶えたい(えん)はないかい?」


(……縁?)


「そう、縁さ。呪いを完全に解くには、ただ相手に返すだけでは不十分なんだ。自分に向かう憎悪や嫌悪……強い負の感情を振り払うには、それに対抗するだけの強い正の感情を手に入れることが必要なのさ」


(強い正の感情? それが縁なの?)


「そうだよ。今お前が叶えたい縁があるのなら話は早い。それを手に入れればいい。月穂には好きな男がいるだろう?」


(え……)


 好きな男、と言われて思わず熱の上がった頬を抑えます。

 います、いますけれど……


「その男との縁がうまく運べば、お前にこれ以上不幸は起こらない。だが……もしその縁が結べなければ……お前の声は再び失われ、もう二度と歌を歌うことも、声を発することも出来なくなるだろうよ」


 伝えられた内容に、愕然としました。


(そ、そんな昔のおとぎ話みたいな……)


 小さい頃にお母様に読んでもらった絵本が思い出される内容です。

 現実のものとして自分の身に降りかかるだなんて、考えたこともないことでした。


「昔から、呪いにはメリットとデメリットがつきものなんだよ」


 そんなこと叶うはずがありません。考えるまでもなく最初から無理に決まっています。

 私が蒼嵐様となんて、どんな角度から見てもあり得ません。


「呪いを返すことに了承をもらえれば、声はまた出るようになるし、歌も歌える。復国祭参加の約束は守られるし、お前は父親に恥をかかせなくてすむ……これはチャンスなんだよ」


 私をとりまく事情をよく知っているかのような口ぶり。

 全てを見通すような金色の目に、寒気を覚えました。


「期限は……そうだね、お前の生きてきた年月を考慮して日数を与えるとしようか。月穂は何歳だ?」


(……16です)


「では……32、いや38日にしよう。38日以内に、お前が今願うその縁を結ぶことが出来たのなら、声はそのまま。結べなければ、お前はそこで永遠に声を失うことになるだろう。もう一度言うよ月穂、これはチャンスなんだ。お前は今のままでは話すことも歌うことも出来ず復国祭には出られない。でもここで私に助力を仰げば、ひとまず声は出るようになる。復国祭にも参加出来るよ。しかも、条件さえ整えばそのまま声を失うようなことはなくなるんだ。だが……もし、このまま呪いも返さず何もせずにいたら、どのみち」


 そこでナイトフライトは言葉を切ると、一呼吸置いて言いました。


「一生、歌は歌えないだろうよ」


 一生、歌えない。

 ナイトフライトの言葉は、私の心を凍り付かせるのに十分なものでした。


 与えられた選択肢にめまいを覚えます。


 呪いを返さなければ、声は出るようにならない。

 呪いを返せば、声は出るけれど、38日経ったら、また出なくなる。


 お姉様方が笑っていた声が、耳元に聞こえてくるようでした。


(哀れね)

(お前から歌をとったら、無価値)

(なんの為にそこにいるの?)


 私の声が失われるのはもう間違いない。

 でもこのまま何もしないでいたら、復国祭にも参加出来なくなって、お父様に迷惑がかかる。

 私の歌を認めてくださった蒼嵐様も、きっとがっかりされる。


 ぐるぐると巡る思考が、ひとつの答えを指していました。

 どのみち声を失うのなら、復国祭に参加出来た方が良いに決まっています。


(呪いを返しても……相手が死んだりは、しないのね?)


「ああ、しないよ」


 私の問いに、ナイトフライトは静かに答えました。


(あなたにお願いすれば、私の声は出るようになるのね?)


「ああ、明日にでも元通りさ」


 ……決めました。


(呪いを……返してもらえますか?)


 私がそう願ったことで、ナイトフライトは声も無く、黒い嘴を薄く開きました。

 その歪んだ笑顔に、少しだけ、ぞっとしました。


「よく言ってくれた。これでわたしはお前の力になれるよ。大丈夫、全てうまくいく。何も心配要らない……さあ、もう戻りなさい。明日になればいつも通りの朝がくる。いや、いつもよりももっと素敵な朝が来るはずだよ」


 それ以上、ナイトフライトの金色に輝く目を見ていたくなくて、私は小さく頷くときびすを返しました。

 足早に城の中へと戻ります。

 歩きながら、心臓がざわざわと不穏なリズムを打っていました。


 まるで逃げ込むように自室に駆け込むと、香澄が驚いたように掃除の手を止めて私を振り返りました。


「月穂様、もうお戻りになられたのですか? 庭園で日に当たってきたいのではなかったのですか?」


 後ろ手に扉を閉めて立ち尽くす私に、不安げな顔でそう尋ねます。


「お顔の色が真っ青ですよ。また、何かあったのですか?」


 その「また何か」はお姉様方のことを言っているのでしょう。

 そうではないのです。そうでは……


 私は小さく首を横に振りました。


 明日になれば、いつも通りの朝がくる。

 ナイトフライトのその言葉に、期待よりも不安を覚えたのは、何故だったのでしょうか。


あれ? 直したところが直っていなかった……訂正。

変な生き物の誘いに乗った月穂。

選択肢はあるようでなかったですね。

次話、「騒がしい朝」。明日更新予定です。

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