11.ねたみ
復国祭や蒼嵐様について、諸々の説明を受けた数日後のことです。
紗里真王国から復国祭の招待状が届きました。
お父様に私の分を取りに来るようにと呼ばれて、部屋を出ます。
「どういうことですの? お父様!」
お父様の自室のドアをノックしようとしたところで、香澄の手が止まりました。
中から聞こえてきたヒステリックな声は、第二王女のお姉様のものです。
続いてお父様の声も聞こえてきました。
「だから、復国祭には私と祐箔と月穂で行く、と言ったのだ」
「月穂だなんて……私達はどうして行ってはならないのですか?!」
「そうですお父様、順番がおかしいですわ!」
第三王女のお姉様もいらっしゃるようです。
「二人が言うように、到底納得がいきませんわ」
あれは、瑞貴お姉様の声です。
「お前達は招待されていないのだから仕方ないだろう。おとなしく城で留守番していなさい。月穂が呼ばれたのは順位がどうとかではなく、蒼嵐様が月穂の歌声を大層気に入ってくださったからなのだ」
お父様の説明に、お姉様方が「まあっ」と刺々しい声で反論します。
「あの子の歌なんて、なんの役にも立たないじゃありませんか!」
「せっかくのチャンスですのに、お父様は私達が行き遅れても良いと仰るのですか?」
「縁談なら他にもたくさんあるだろう。何も大国の正妃を目指さずとも、我が国の経済は約束されたも同然なのだから、好きなところを選べば良いではないか」
「小国の正妃になるくらいなら、大国の第2夫人になりますわ!」
お姉様方の抗議の内容が、いやというほど分かりました。
そうです、きっと誰もがこうして蒼嵐様の正妃になりたいと思っているに違いありません。
私よりもっと素敵で魅力的な、各国の姫君達が。
私の出る幕などどこにもないことを、はっきりと痛感しました。
「紗里真王国は一夫一妻制だ。蒼嵐様も王になる以上、ご結婚のことについては考えていると仰っていたが、お前達が大国の正妃になれるとは思えぬ。おそらく、別の大国から年相応の王女を迎えられるのではないだろうか」
「そんな……」
「側室を娶らないだなんて、大国の王が……?」
お父様の言葉で、香澄が説明してくれた内容は正しい事が分かりました。
蒼嵐様の花嫁になれるのは、本当に一人だけなのですね……
その方が、とても羨ましく思えました。
「そういうわけだから、あきらめなさい」
お父様にたしなめられたお姉様方が、それでもまだ文句を言いながら退出の挨拶をするのが聞こえました。
侍従が中から扉を開けるのに、私と香澄は3歩下がります。
「月穂……」
最初に出てこられた瑞貴お姉様が、私の姿を見つけて振り向きました。
「……!」
氷のように冷たい目でした。
いつも以上に背筋が寒くなるような敵意と嫌悪を感じて、私は青くなりました。
背後にお父様がいるからか、お姉様方は私を睨んだだけで去って行きましたが……
握りしめた手が、少し震えました。
「月穂様、入りましょう」
そう促されて、私は気を取り直すと香澄とお父様の自室に入りました。
「おお、来たか月穂」
お父様が「これがお前の分だ」と、届いた招待状を差し出しました。
花の刺繍模様が浮き出た白地のクラフト紙に、水色のリボンがかかった招待状です。
素敵でした。そしてたった一枚の紙が、私の手の中でとても重いものに感じられました。
「あまり気負わずとも良いからな。お前はいつも通り、皆の前で歌うだけで良いのだから」
「……はい、お父様」
なんとも言えない胸の悪さを感じながら、私は微笑みました。
そう……お父様の言う通り、気負わず、普通に歌えば良いのです。
それ以外は考えず、歌うことにだけ専念すれば、それで私のお役目は果たせるはずです。
先ほどのお姉様方の表情を思い出すとどうしても暗い気持ちになりましたが、なんと思われようと、私の歌に期待して下さった蒼嵐様の気持ちに応えたいと思いました。
そして招待状が届いてから5日目の朝。
復国祭まで後1週間ちょっと、いうところでそれは起きました。
朝、いつも通りの時間に目が覚めた私は、ふと何かがいつもと違うような感じがしました。
ベッドの上に体を起こして、明るくなったカーテンの向こうを眺めます。
部屋の中の景色はいつもと変わりありません。でも、なにか自分の中に違和感がありました。
「……」
なんだか耳の奥で、カサカサしたような音が聞こえます。
人の声のような……小さい音。耳鳴り? 幻聴? 気のせいでしょうか……
「おはようございます、月穂様」
部屋に入ってきた香澄が、カーテンを開けにかかります。
おはよう、香澄。
そう返そうと思いましたが、私はそこではっとして自分の喉に手をやりました。
「月穂様? まだちゃんと起きてらっしゃらないのですか?」
無言の私を振り返って、香澄がそう問いかけます。
開けられたカーテンから浅い綺麗な光が入ってきて、部屋の中を映し出しました。
これは、いつもの朝の風景です。
「今日の朝食は、料理長が採れ立ての野菜でサラダを作りすぎたそうですよ。特製ドレッシングでたっぷり召し上がって欲しいとのことでした」
でも、いつもと決定的に違うことに私は気付き始めていました。
楽しそうな顔で話す香澄を、ベッドに座り込んだまま目で追います。
「……」
「……月穂様?」
喉をおさえたまま青ざめる私に、香澄が近くに寄ってきて顔をのぞき込みました。
「もしかして、どこかお悪いですか?」
違うのです。
(香澄……)
声が……
吐き出したはずの声が、音にならず空中に吸い込まれていきます。
声が、出ませんでした。
次話「失われた声」、明日更新予定です。
(用事が片付いてたら夜更新するかも?)