10.衝撃の事実判明
「月穂様、大変恐れながら、それはシスコンというものです」
私は香澄のその言葉にお茶を吹き出しそうになりました。
夕食の後、ソファーでくつろぎながら今日あった話をしていたのですが……
「シ……シスコン??」
「シスコンというのは、シスターコンプレックスの略で、姉妹に対して強い愛着・執着を持つ状態を言います」
「分かってるわ。分かってるけど……それは言い過ぎなのじゃ……」
「そうでなければ、実の妹をそのように褒めちぎったりはしませんよ」
少し身内を褒めすぎかしら、とは思ったけれど、それでも微笑ましく思っていたのに。
ええ……?
蒼嵐様は、香澄の言う通りシスコンなのでしょうか??
確かに「僕の存在意義は妹を幸せにするためにある」と言われた時には、ちょっとだけ引きましたが。
「……ダメですね」
「え?」
「月穂様が嫁いで幸せになれる方とは思えません。私は反対です」
「え?!」
嫁いでって……いきなり話が飛躍しすぎている気がします。いえ、それより何より、香澄に蒼嵐様を否定されました。
「そ、そんなこと……」
「妹が一番可愛い方が、そんなに良いのですか? もっと素敵な殿方はたくさんいらっしゃいますよ?」
素敵な殿方?
今の私にとってそう思える方なんて、蒼嵐様以外に思いつきません。
「で、でも香澄……」
「失礼いたします」
話の途中で、開けたドアから侍従が1人部屋に入ってきました。
お父様が私を呼んでいるとのことでした。
「もしかして、今日のお話かしら」
「復国祭とかに呼ばれたというお話ですか? 今度こそちゃんと詳しいことを聞いてこられませんと」
「ええ、分かっているわ」
香澄を供に、お父様の自室へ向かいます。
パーティーのお疲れもあったのでしょう。お父様はくつろいだ軽装に疲れたお顔で私を迎えてくれました。
「月穂、今日お会いした蒼嵐様について少し話をしておきたいと思ったのだが」
「はい、お父様」
思った通り、蒼嵐様のお話でした。
それはもうウェルカムです。
「紗里真を知っているだろう? 10年前に滅んだ、東の大国だ」
「はい、存じております」
「蒼嵐様は、その紗里真の王族なのだ」
お父様のお話は、にわかには信じがたいものでした。
当時、紗里真が隣国に襲われ落ちた時。敵襲の難を逃れ生き残った蒼嵐様は、大きな怪我を負われたそうです。
その怪我の後遺症でもう長いこと記憶を無くされていて、昔のことを思い出したのはつい最近のことらしいのです。
記憶が戻るまではその博識を生かし、各小国のブレインとして真国の影で活躍されていました。『東の賢者』の名で確固たる地位を築かれていたことは、世俗にうとい私でも知っている話です。
そして今は、紗里真王国の復活を目的として、自ら各方面に働きかけているそうなのです。
我が国に来られたのも、以前のように国同士の協定を結ぶ関係では無く、大国の統治下に入って欲しいという真国統一の願いがあったからでした。
お父様はそれを受け入れ、傘下に入る代わりに安定した経済を約束していただいた、と説明しました。
「東の大国、紗里真は近いうちに完全復活するのだよ。その披露目が来月の復国祭なのだ」
「復国祭……では私は、紗里真王国が復国する場で、歌を……?」
「そういうことになるな。お前の歌声は確かに素晴らしいが、あのように気に入ってくださるとは思っていなかった。大変栄誉なことだぞ」
それはもしかして、責任重大なのでは?
歴史的に見ても相当に重要なイベントの気がします。
少なくとも、失敗しても良さそうな舞台とは思えません。
そこまで考えてから、私はもう1つ、重要なことに思い当たりました。
「お父様、紗里真が復活するということは……蒼嵐様のお立場は……?」
「ああ、元々第一王子だった方だ。新しく国王になられるのだよ」
大国の、国王……?
蒼嵐様が、急に遠い雲の上の存在に思えてきます。
なんてことでしょう。そんなすごい身分の方に、私……
「月穂、何を赤くなったり青くなったりしているのだ。少し落ち着きなさい」
「は、はい……」
落ち着いてなんかいられません。
あんなに気さくな方が、大国の国王だなんて、まったく雰囲気にそぐわないではありませんか。失礼かも、しれませんけれど。
いいえ、それより何より、そんな大きなイベントに私みたいな地味な人間が参加して、本当に大丈夫なのでしょうか?
「お父様。私などがそんな大事な催しに参加してしまって、よろしいのですか……?」
「蒼嵐様がああ言ってくださったのだ。悪いようにはならないだろう、安心して参加しなさい。お前は私の自慢の娘なのだから」
お父様にそう励まされ、私はなんだか現実ではない話を聞いてしまった気分のまま、部屋に戻りました。
「大国の王ですか……いよいよ、あきらめた方がよさそうですね、月穂様」
ため息交じりに香澄が言います。
分かっています。小国の側室第三夫人から生まれた、第四王女である私が、そんな方と釣り合うわけがありません。
「お母様のように、側室の第三妃でも、第四妃でも……と夢見るのは、愚かかしらね」
自分でも少し驚きましたが、口からそんな言葉が飛び出しました。
もちろん、本気でそんなことは考えていませんでした。でも、私もそろそろ結婚のことをちゃんと考えなくてはいけない年頃なのです。
自分が誰かに嫁ぐと考えたら、もう今は1人の殿方以外には考えられませんでした。
「申し上げにくいのですが、紗里真王国は大国唯一の一夫一妻制だったはずです。先代の国王様も正妃お一人だったように記憶しています」
香澄の言葉に、もしかしてと夢見る気持ちすら失せていきます。
正妃お一人……
私みたいな歌うしか取り柄のない地味な小娘が、ましてや小国の第四王女なんて低い身分で、大国の王の正妃になれるわけがありません。
一片の光も見いだせないくらい、絶望的な気持ちになります。
ああ……儚い初恋でした……
本編にも通じるのですが……
そういえば紗里真と一部の小国以外は、一夫多妻が当たり前の世界観でした。
次話「ねたみ」。明日更新予定です。