9.変わった殿方
笑顔のお父様と挨拶を交わして、蒼嵐様が応接室を出ていきます。
私は玄関ホールまで、お見送りがてらの案内役になりました。
私の隣に蒼嵐様が歩いています……
近いです。まずいです。
心臓の音が聞こえてしまうのではないでしょうか。
「先日も思ったけれど、本当に素晴らしい歌声だね。魔力も豊富のようだし、月穂姫は魔法士としても優秀なのかな?」
世間話のようにそう問いかけられて、私は一気に暗い気持ちになりました。
「いえ、私……魔法は1つも使えないのです。どんなに簡単なものでも、無理なのです」
私の魔力は歌を歌うためにしか働かないのです。小さい頃からどんなに、何度試してもそれは変わることがありませんでした。
せっかく褒めていただいたのに、幻滅されるかもしれない。そう思いました。
王族なのに、どれだけ魔力があっても、魔法の1つも使えず、歌にしか役に立たないだなんて……
でも、おそるおそる見上げた蒼嵐様は表情を曇らせてはいませんでした。
「へえ、変わっているね。でもそうか、歌に特化しているからあんなにすごいんだ。納得だよ」
ニコニコしながら、そう言われてしまいました。
呆れたりしないのでしょうか……本当に不思議な方です。
「学問は、趣味なの?」
また、唐突に答えづらい質問をされます。
「はい。学問というか……歴史や考古学に興味があって。本も好きなものですから、つい。お姉様方には女はおとなしく肌と社交を磨いていればいいと諫められています」
苦い思いで笑って返すと、蒼嵐様は「うーん」とあごに手を当てました。
「まあそういう見方が一般的なのかもしれないけれど……女性だから、という偏見は良くないね。せっかくの才能を潰してしまうかもしれないじゃないか」
「え?」
「女性だって男性に負けない剣の天才がいるし、学問に秀でた女性がいてもおかしいことじゃない。知的好奇心に性別は関係ないよ。社会的にそういった差別があることは否定しないし悩み深い問題だと思うけれど、本当は変えていかなくてはいけない世相なんだと思う」
何か難しいようで、胸に染みてくるような温かい言葉でした。
蒼嵐様は続けて言いました。
「僕はね、女性が男性より剣術が得意でも、学問が得意でも、全然良いと思うよ」
そんなことを言われたのは、生まれて初めてです。
やっぱり、蒼嵐様はかなり変わった方です。
そしてそんなところにも、とても惹かれてしまう自分を感じました。
(魔法を使えなくても、女性が学問を好きでも、良しと言ってくださった……)
自分の存在そのものを、肯定してもらえた気分です。
なんだか、泣きたいくらいうれしいです。
「月穂姫?」
思わず涙ぐみそうになったら、蒼嵐様が気遣うように顔をのぞきこんできました。
「も、申し訳ありません……! あの、そんな風に言っていただいたのが初めてで、びっくりしてしまって。本当にいいんでしょうか、女性の私が、考古学が好きでも……学んでも」
「もちろん、いいに決まってるじゃないか」
ああ、私すごく幸せな気持ちです……こんな気持ちになったのは、本当に久しぶりかもしれません。
「実はね、僕の妹も女性の身で剣士なんだ」
付け足すようで、大事なことを言うように、蒼嵐様が続けられます。
「えっ? 剣士……ですか?」
ただの比喩かと思っていたら、本当の話だったらしいです。
「それも規格外に強い剣士で、男性なんか目じゃないんだ。きっと、世界最強なんじゃないかな」
世界最強。
すごい断言のしようです。
でもまさか、女性剣士が男性より強いなんて……ちょっとオーバーなのでは?
私を勇気づけるために誇張して言っているのでしょうか。
「あ、でも強い剣士って言ってもね。見た目はちゃんと女性らしいから」
そうなのですか……一瞬、クマみたいな女性を思い浮かべてしまいましたが。
「蒼嵐様の妹君でしたら、きっとお可愛らしい方なのでしょうね」
「そうだね、それはもう世界一可愛いよ」
……そこは、普通「そんなことはないよ」とか、謙遜したりするところなのでは?
「そ、そうなのですね」
「妹っていうのは無条件で可愛いよね。ぼくはね、あの子がどんなに変わっていても、やりたいことを応援してあげたいと思うんだ」
妹は、無条件に可愛い。
その言葉に、私の心は過剰に反応しました。
そんな風に私のお姉様達も思ってくれるのなら。
「蒼嵐様の妹君は、お幸せですわ……」
私もそんな風に言ってもらえたら、お母様がいなくてもこの環境はもっと幸せに感じられたに違いないのです。
「そうだといいなぁ。妹の幸せは僕の幸せだからね」
そこから玄関ホールまで、何故か妹君の話題になりました。何の遠慮も無く続く妹君への賛辞の数々に、多少の違和感を覚えましたが。
たった一人の家族ということなので、蒼嵐様にとって本当に大切な人なのだろうと思いました。
玄関ホールにたどり着くと、不思議な形の大型馬車が停まっています。
ただ……馬がいません。御者も、一番上の不思議な位置で、船の舵みたいな形のものを手にしています。
「じゃあ月穂姫、来月の復国祭、待っているから」
「あ……は、はい!」
「見送りありがとうね」
そう言って微笑まれると、蒼嵐様は不思議な形の馬車に乗り込んでいきました。
そうです、その復国祭のことを聞くのを忘れていました。
私の色んな疑問をよそに、蒼嵐様を乗せた馬車の車輪がゆっくりと動き始めます。馬も引いていないのに……
それが表の道に出て、走り始めたと思った瞬間、宙に浮き上がった時には、声も出ないくらい驚きました。
空飛ぶ馬車。
いえ、馬はいないので馬車といっていいのかどうか分かりませんが……
見る間に小さくなっていく茶色の車体を見送りながら、私はしばらくその場に立ちつくしていました。
蒼嵐様は色々と変わった方だということが、よく分かりました。
そして、とても妹君を大切にしてらっしゃる、ということも。
変わってますねぇ。相当に。
次話、「衝撃の事実判明」。10話目でくぎりよいので(?)本日夜間に更新。