第拾弐話 漆
「りんちゃん、大丈夫!?」
僚君の声で意識を取り戻した私は、声のする方を向いた。
そこには、僚君の他に、シキやサギノマタ、私たちの式神、見馴れない妖が。
「僚君……。私、どうなったの?」
やっと出た声は、自分でも驚くほどか細く、とても小さい。
それでも聞き取れたのか、僚君はすぐに答えてくれた。
「僕たちがこの部屋に入ろうとしたら。バタンッ! って、大きな音がしたんだよ。急いで入ったら、りんちゃんが床に倒れていて。サギノマタが、助け起こそうとしてたんだよ」
『もし、倒れた原因が妖念感なら、身体への負担は大きいぞ。魂が完全に戻ってすぐのことだからな』
「大丈夫なの? りんちゃん!」
サギノマタの言葉が信じられないのだろう。僚君は、かなり心配してくれている。
「妖念感じゃないから、心配しないで。何も見えなかった……」
『何もですか? それならば、妖念感ではないですね』
『魂が急速に戻ったことによる、拒絶反応か? こんな現象は、俺は知らんぞ』
『ボクも知りませんよ。人体への負担があるとは』
『おそらく、我の力によるものだろう』
この声は、まさか。
「木陰様ですか?」
僚君やシキたちは、ちゃんと見えているのに、すりガラスを通して見ているように、見えてしまう。
僚君は何も言わないし、普通に見えているのだろうか。
「あの。木陰様ですよね。声で、わかりました。ですが、貴方の姿が、あまり見えていません」
『我が名は木陰だ。見えていないのは、汝と我の波長が合わないからだろう。我も、汝の姿が見えてはおらぬ』
こんなこと、今まで一度もなかった。妖が見えないことなどなかったから、初めてのことで、再び頭が混乱している。
『そろそろ、永世に戻らねばならぬ。サギノマタ。そなたも、戻るぞ』
『戻ったところで、妖力は戻りません』
『盃など必要なくとも、そなたの力は戻せるのだ』
『そんなことあり得ません。木陰様』
『本当の名を、忘れてはおらぬか?』
『本当の名……』
黙り込むサギノマタを見据える木陰様は、サギノマタの言葉を待っているのだろう。
木陰様だけではない。この部屋にいる皆が。
『本当の名は、貴方にお仕えすると決めた時に、捨てました。貴方が付けてくださった、この名が、本当の名です』
『その名では、妖力は戻らぬ』
『永世に戻りたいです。ですが、妖力が戻らなくても構いません。妖力が無くとも、貴方にお仕え出来ますから』
***
森を散策したいと、木陰様がサギノマタを連れ、部屋を出て行った。
「シキは、知っているんでしょ? サギノマタの名前を」
『知っていますよ』
「永世に戻ったら、サギノマタは生きていけるのかな?」
『戻ったらすぐに、消滅します。本当の名を戻せば、多少の力が戻るでしょうに。何故……』
「僕たちに、サギノマタの気持ちは、わかんないよ。そろそろ、僕たちも帰らなきゃね。りんちゃん。立てる?」
「力は入るから、大丈夫だよ。ありがとう」
『サギノマタのことは、ボクに任せてください。華鈴。ゆっくり、休んでくださいね』
「ありがとう。シキ」




