第拾弐話 伍
『お待たせしました。華鈴、ご気分は如何ですか?』
人間姿のシキが、見慣れない灰色の狐を連れ、部屋に入ってきた。
「気分は凄く良いよ。ただ、身体中に力が入らないの」
『それは恐らく、現世と永世の間にいたせいでしょう』
目線だけをシキに向けて話を聞く。
こんなことは初めてで、どうしたら良いのか、内心焦っている。
『小娘、焦っているようだな』
灰色の狐が、私に話しかけてきた。
シキに似ているようで、似ていない狐が。
「誰? シキの知り合い?」
『先程も会っただろう。もう俺を忘れたのか?』
この声は、もしや……。
「サギノマタ?」
『そうだ。ただし、その名は本当の名ではないがな』
「どう言うこと? シキも木陰様も、サギノマタって呼んでた」
『「サギノマタ」は、木陰様が付けてくださった、もう一つの名だ。永世ではこの名で通っているが、本当の名ではない』
灰色の狐は、サギノマタだった。
僚君は驚いていない様子だから、サギノマタの正体を知っているのだろう。
「シキ。斑牙は? 白牙も来ないし、何かあった? 僕、そろそろ帰って、荷物を持って来たいんだけど」
僚君がシキに聞いている。
そういえば、白牙が戻って来ないし、斑牙も来ていない。
『斑牙なら、白牙、黒牙、キノカサと話し合いをしていますよ』
「黒牙いるの!? 響希は帰ったのに!?」
『はい。実を言うと、今夜は月に一度の、霞ヶ森に住まう妖たちの、会合を行うのです』
タタタッ。と、軽快に階段を上る足音。この足音は、白牙だろう。
『シキ、僚。ちょっといいかな? 空の様子が変なんだよ』
『空ですか? 先程までは、何もありませんでしたよ?』
『さっきまではね。いいから、早く来て。斑牙姐さんと、黒牙と、キノカサが外で様子を見ているから』
『わかりました。サギノマタは、ここに残ってください。ボクと僚で、様子を見てきます』
『言われるまでもない。この小娘と話がしたかったのだからな』
また後でね。と、僚君が言い残すと、シキとともに、部屋から出ていった。
サギノマタと二人きり。無言の空間が、広がっている。
『小娘。木陰様と話したそうだな』
外から聞こえる喧騒。
それを無視するように、サギノマタが私に話しかけてきた。
「話したよ。あのね、木陰様は、黄泉の国になんて行っていない。輪廻転生もしてないんだよ」
『輪廻転生されてはいなかったか』
「サギノマタの勘違いだったみたいだね」
『幾年もお姿を見ていなかった。神格の妖になれなかった事が原因で、黄泉の国へと赴いたのだとばかり……』
サギノマタがどんな表情をしているのか、ここからはよくわからない。
下を向き、俯いていることだけは、はっきりとわかる。
ふと、疑問に思った事を、聞いてみた。
「どうして、月之盃を探していたの?」
『力が欲しかった。ただ、それだけだ。他に理由はない』
「でも、今の時期は、妖光酒は飲めないでしょ? シキから聞いた話だと、中秋の名月の夜だけだって」
『妖光酒だけが、力になるわけではない。永世に生い茂る、青々とした木々に溜まる、朝露でも構わない。盃で朝露を汲み、それを飲めば力になる。妖はあらゆるモノから力を得るのだ』
力が欲しい。
妖ならば、誰もが思う事なのだろう。
「妖力を手に入れて、どうしたいの?」
サギノマタは、突然、私が横たわるベッドに飛び乗って来た。
妖だから、重さを感じないはずなのに、サギノマタは違う。
ずっしりとした、重さを感じる。




