第陸話 陸
「笹本から、連絡をもらった時は驚きました」
「すみません、須崎さん。気になることがあったもので」
翌日、日曜日。
今日もスッキリと晴れ渡った空と、熱さ。
待ち合わせは、あの家にした。
「とりあえず、鍵は預かって来ました。思う存分、妖怪と話し合ってください」
「ありがとうございます。須崎さん」
「じゃ、俺らは玄関で待ってるわ。華鈴だけで行ってこい」
桃麻と須崎さんは、玄関で待っているらしいので、心置き無く、あの妖と話しをしたい。
階段を上がり、今日も窓辺に佇む女妖を見据える。
『あら、今日も来たのね』
「こんにちは。貴女と話がしたくて、来ました」
『何のお話しを?』
不思議そうな顔を向けられ、私もドキマギ。
「ずっと、そこに座られているんですか?」
『そうですよ。ここにいるのが好きなので』
「この家、数年前から空き家ですよね? 空き家になる前から、ここに?」
『ええ。この家に住んでいた彼の、好きな場所。でしたから』
「そのお話し、聞かせて頂けますか?」
『良いですよ。人間と話すのは、いつぶりでしょうか』
柔らかく微笑んだ女妖。
私はその場に座ると、女妖は話始めてくれた。
***
わたくしは、この家の裏庭に自生した、桔梗の妖です。
先ほど述べた『彼』とは、この家の最後の主人。
名を、祥一郎と言いました。
彼は草花が好きで、暇さえあれば庭いじり。
雨の日には、ここから裏庭を眺めて過ごす。
桔梗の妖であるわたくしは、そんな彼を、雨の日は見上げ、晴れの日は彼の側で共に語りました。
彼は、常にわたくしが見えていたわけではありません。
それは、暑い夏の日。
彼が大学生と呼ばれていた頃、初めてわたくしを見たのです。
そして一言。
「貴女から桔梗の香りがする」
それに対し、わたくしは答えました。「それは当然ですよ。なんせ、桔梗の妖なんですから」と。
驚いた彼とはそれ以来、わたくしが見える日だけ、雨の日はこの場所で、晴れた日には裏庭でたくさん話しました。
植物の事も、彼が大学で植物の研究とやらをしていることも。
月日とは早いものですね。
いつだったか、彼が話してくれました。「この部屋の、この場所から見る裏庭が好きなのだ」と。
人間の命は儚く短い。
彼が亡くなるその日、わたくしをその目に写し、「桔梗のように、清楚で美しい貴女が、好きでした」そう言い残し、彼は旅立ちました。
祥一郎は生涯独身でしたから、妻子がいません。
もしも彼が妻となる女性と結ばれていたなら。
わたくしはこの家から去るつもりでした。
ですが、後継ぎのいない彼が残した家と裏庭を、妖力が無くなるその日まで、見守り続けたいのです。
まだ暑い日が続く七月。
そんな中でも、花開いている桔梗の花。
愛する人が愛した場所を、彼女はこれからも、見守り続けるのだろう。




