第弐話 結
ドーン。
鈍い音が、商店街に響いた。
追われていた黒い乗用車が止まり、パトカーの音がすぐ近くに聞こえる。
商店街中の、ざわつく声も。
私は、横断歩道を引き返し、難を逃れた。
だけど、吾妻さんが……。
横断歩道から少し離れた所で、気を失っているのか、横たわっている。
黒い乗用車の近くには、『姿身の羽織』の中で血を流し、息絶えたてまりの、猫姿のてまりが、目を瞑っていた。
その後のことは、よく覚えていない。
警察の人に色々聞かれた気がするけど。
吾妻さんは一週間、検査入院の為に学校を休んだ。
***
退院してすぐ、吾妻さんは登校した。
吾妻さんと話せたのは、放課後のこと。
「あのね、雪村さん。あの時、あたしを助けてくれたの。猫ちゃんが」
「てまりが?」
「てまりちゃんって言うんだ? その子が、あたしをね」
「助かって良かった」
「てまりちゃんは、どうなったの?」
残酷かもしれないけれど、吾妻さんに伝える。
「てまりはね、吾妻さんに助けてもらったお礼を、したかったみたいなの。でも、てまりは、心臓を患っていて、吾妻さんが助けた時には既に、永くはもたなかったみたい。あの事故で、即死だった」
「そっか。てまりちゃんが……」
吾妻さんは、目に涙をうかべながら、続けた。
***
夢だったのかな。商店街の音や声が、うっすら聞こえてたとき、てまりちゃんがね。あたしの意識の中に現れたの。
『わたくしを助けてくれた、優しいお嬢さん。わたくしからの、恩返しを受け取って下さい』
「待って。あなた、あの時の猫ちゃん?」
あたしが聞くと。
『はい』と、短くはっきり。
「どうして、あたしを?」
『ありがとう。わたくしは、永くありません。今度は、貴女が生きて。貴女のことは、忘れません』
言い残すと、てまりちゃんは消えちゃった。
***
「てまりのお墓、簡単にだけど造ったの。吾妻さん、来る?」
「行きたい。お礼しなきゃ」
学校の裏山。霞ヶ森の入り口付近に、土を盛った、てまりのお墓を造った。
「ここなんだね」
「うん」
お墓の前にしゃがみ、手を合わせる。
吾妻さんはお墓の上に、一枚の花びらを置いた。
「雪村さんは、ハナミズキの花言葉、知ってる?」
私はただ静かに、首を横に振る。
「『返礼』って意味があるんだよ」
夏に向かって吹く風が、ハナミズキの花びらを乗せて、空高く、昇っていった。




