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吸愛鬼  作者: あさまる
9/12

3 千種 美雪

美雪の愛へ対する感情は、一般的な姉へ向ける物のそれとは違っていた。

文字通り、彼女への感情は、愛情だった。

やがて歳を重ねていく毎に、純粋な物ではなくなっていった。



「いってきまーす!」

愛が勢い良く家を出ていく。


それは、愛が中学校へ進学した間もなくの休日のある日だった。

休みだということで、美雪はいつもより遅く起きた。


「……お姉どっか行ったの?」

既にいない愛を探しながら居間でくつろいでいる母に訪ねる美雪。


「え?友達と遊びに行ったわ。」


「……友達と一緒に……。」

美雪は、彼女の母が言った言葉を復唱する。


愛が多くの者から愛されているのは知っていた。

しかし、今まで友達と遊びに行く時にあのような声で家を出たことはなかった。

自分と遊びに行く時のような声。

今まで何度も聞いていた声だからすぐに分かった。


「……友達……友達か……。」

再度復唱し、美雪は居間を出た。

そして、すぐさま愛の部屋へ向かった。


「誰だろ?まぁ、取り敢えず……。」


愛の部屋に入る。

そして、ゆっくりと深く息を吸った。

肺の中が部屋の空気で満たされたのを感じると、数秒後味わった後にゆっくりと惜しむように空気を吐き出した。

息を止めていても死なないのならば、美雪は自身の肺に愛の部屋の空気を保管しておけるだろう。

それくらい彼女にとってはこの空間の空気は貴重であり、好きな物であった。


上記のような深呼吸を何度か繰り返した後、美雪は愛のベッドに潜り込んだ。

その中はより濃い愛の匂いに満たされていた。


「はぁ、最っ高ぉ……。」


時計の針の音しかしない部屋。

その中で美雪は考え事をしていた。


「……友達って誰なんだろ?」


もし、その友達が誰か教えて欲しい、と言えば教えてくれただろうか。

もし、着いていきたい、と言えば連れていってくれただろうか。

もし、行かないで、と言えば、愛は家にいてくれただろうか。


「私の愛……。私だけの愛……。」

美雪はそう呟くと、ゆっくりと目をつむった。



何時間経っただろうか。

いつの間にか寝てしまっていた美雪。

寝汗もかいたようで、服が少し湿っている。

身体にまとわりつくそれは不快であったが、それ以上に愛のベッドに自身の存在を上書き出来た気がして妙な昂りを感じた。



美雪が居間に来た時には、既に誰もいなかった。

机の上に置き手紙が置いてある。

そこには、母の文字で友達と喫茶店で談笑してくる旨が記されていた。


「……朝ご飯どうしよう。」

時計を見ると、既に正午を回っていた。


「どっか食べにいこっかな。」

美雪はそう呟くと、家を出た。



少し歩くと、彼女が一番見たい者を、一番見たくない状態で見てしまった。

その彼女は、公園のベンチに座っていた。


そこで愛が笑っていたのだ。

それも、自分にすら滅多に見せないような満面の笑みを浮かべていた。

隣に座るもう一人の少女が彼女の腕に抱きついている。

愛は、それを拒否せず、あまつさえ彼女の頭を撫でていた。


そこにいるのが自分ではいけないというのは分かっていた。

分かっていたはずだったが、いざ目の当たりにすると、胸が締め付けられる思いだった。


「胸くそ悪い……。」

ボソッと呟き自宅へ踵を返した。



「ただいまー……。」

誰もいない自宅の玄関。

美雪はいつもの癖で声を出す。


誰もいない為、彼女の声に反応する者は誰もいない。

当たり前であったが、そんな状況に、美雪は切なくなった。


当たり前のように愛の部屋へ向かった。


美雪は、今まで姉である愛がずっと自分を一番愛してくれると思っていた。

しかし、今日それは違うかもしれないと美雪は自信がなくなってしまった。



「……きっ!……美雪っ!」

美雪は、最愛の人間の声に起こされた。

寝ぼけ眼で周囲を見渡す。

愛の部屋だ。

どうやらまた寝てしまったようだ。


「もう、また寝ぼけて私の部屋で寝たの?」

呆れたように笑う愛。

しかし、そこに嘲笑う意志はなく、呆れながらもどこか嬉しそうな顔であった。


やはり、私は彼女のことを最も愛しているのだな。

美雪は目の前の愛を見て思った。

しかし、目の前の彼女は自分のことを一番愛しているのかは分からない。


「あはは、ごめんね、お姉。」

最低で、最高な目覚めであった。


名残惜しいが、そのまま寝転がっているわけにはいかない。

美雪は起き上がり、ベッドに腰かけた。

怒られれば止めるつもりで、枕を胸元で抱き締めた。

しかし、愛は特に気にする様子はなかった為に、そのまま続行した。



「ね、ねぇ、お姉?」


「うん?」


「私のことさ、好き?」


「えー?どうしたの、急に。」

苦笑いする愛。

照れるでも、慌てるでもない。

彼女は、眉を垂らし困っている。

その様子から、美雪はすぐに分かってしまった。


美雪と同じ気持ちではないということだ。


「……あはは、なんとなくだよ、なんとなく。」



決して叶うことのない初恋。

家族に、それも、同性である姉にこんな邪な気持ちを持ってしまったことに対する罰なのだろう。

千種 美雪の章完

次章

2018年5月29日公開予定。

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