2ー3 鷹野 高明
「それで、なに?」
放課後、千秋は呼び出しを受けていた。
呼び出したのは、今朝高明に近づいていたなぎだ。
一刻も早く高明と合流して帰宅したい千秋は苛立ちを隠せなかった。
人気のない空き教室。
なぎに呼ばれて着いてきた時から嫌な予感がしていた千秋。
周囲を警戒する。
もちろん視界の隅になぎを捉えることも忘れることはなかった。
千秋にとって、目の前の彼女は、何を仕出かすか分からない存在であったのだ。
「もー怖いなぁー。」
なぎは、いつもよりも声色の低い千秋に、茶化すように言う。
「早く帰りたいんだけど。」
「あんた……いや、あんた達二人とも吸愛鬼でしょ?」
「……え?」
千秋は耳を疑った。
今目の前いる女子は何を言った?
自分が何かばれることをしたか?
それとも高明が何かミスをしたか?
千秋の頭の中にはそれらがぐるぐると駆け巡っていた。
「バラされたくないでしょ?」
不適な笑みを浮かべるなぎ。
「……なにが目的なの?」
「話が早くて助かるわ。あんたそこまで馬鹿じゃないのね。」
依然として笑みを浮かべているなぎ。
千秋はそんな彼女のことが憎らしくて仕方がなかった。
「か、彼に私のことよろしく言っておいてくれない?」
少し視線を反らすなぎ。
頬がやや紅い。
「……なんで高明なの?」
「あんたに言いたくない。」
先ほどまでとは違い、冷徹な口調になる。
「……。」
どうすべきだろうか。
「千秋、悩む必要なんてないだろ?」
恐怖に支配されそうになっていた秋の耳に、最愛の者の声が響く。
それと同時に冷えきった心が暖かくなっていった。
彼の肩には二つのスクールバックが背負われていた。
一つは彼自身の物で、もう一つは千秋の物だった。
「高明っ!」
安心した千秋。
思わず目に涙を浮かべてしまう。
「千秋がどこか行ったと思って後をつけてみればこれか……。」
「い、いいの?私あんた達の正体知ってるんだよ?ばらしちゃうよ?」
千秋とは裏腹に、明らかに動揺するなぎ。
声が上ずっている。
「構わないって。言えよ。」
なぎの方など全く見ず冷たく突き放すように言う。
「た、高明……。」
「……大丈夫だ。さ、帰ろう。」
高明が千秋を見つめ頬笑む。
その声はゆっくりと暖かみのある声だった。
「……うん。」
後でなぎが何か喚いていたが、千秋は振り返らずに高明の元へ向かった。
「分かった……もう良い。あんた達のこと全部バラしてやる……。」
「高明……大丈夫なの?」
校舎を出て、二人は通学路を歩いていた。
千秋が心配そうなのとは真逆に、余裕を見せる高明。
確実になぎは二人の正体を知っている。
何故知っているのか、なぎの他にも知っている者がいるか不明だった。
しかし、正体を知っている人間がいるという事実が千秋を不安にさせた。
「大丈夫だよ。もうあいつき居場所はない。」
「……?」
高明の発言の意味が分からなかった千秋。
しかし、その答えは翌日に分かった。
「おはよう。」
翌日。
なぎが教室に入ると、騒がしかった生徒達が静まり返った。
その異常事態に、当然気がついた。
「あぁー……そこまでするかぁ……。」
彼女の机には、名状するのがはばかれるような悲惨な落書きが書かれており、中には虫の死骸や、ゴミ箱のゴミが詰め込まれていた。
椅子に散らばっている画鋲を払い、彼女が椅子に座る。
小声で彼女の悪口を言っているのが分かった。
その中には、昨日まで話しかけてきた友人も紛れ込んでいた。
「おはよう。」
教室に響く声。
その声に、教室にいたなぎ以外が反応する。
「おはよう、高明!」
「鷹野くん、おはよう。」
「よう、調子良いみたいだな。」
「……お陰様でね。」
かけられた声に反応するなぎ。
キッと睨みながら声の主に応えた。
高明だ。
「お前転校した方が良いんじゃないか?」
高明が言う。
その間もなぎに対する陰口は続いている。
「……あんたこのクラスの奴等虜にしたでしょ?」
「……すげぇな、お前なんでもお見通しか。そこまで分かっててなんで俺らにちょっかいかけた?」
目を少し見開き驚く。そして、彼にとって最も気になっていた質問を彼女に投げ掛けた。
「あんた達が羨ましかったの。」
「……え?」
「……ごめんね、私そんなにあんたに嫌われてるだなんて分からなかった。もういなくなるから……ごめんね。」
スクールバッグを再び背負い、なぎは教室を出た。
なぎが廊下を走ると、曲がり角でぶつかり、尻もちをついてしまった。
「痛っ……。ご、ごめんなさい。」
「あっ……。」
なぎと同じく座り込んでしまった女子生徒。
千秋だ。
「っ!」
千秋だと分かると、なぎはキッと睨んだ。
そして、立ちあがりそのまま昇降口へと再び走り出した。
その後、なぎは不登校となった。
そして、彼女はそのまま転校していった。
鷹野 高明の章完
次章
2018年5月22日公開予定。