2ー2 鷹野 高明
「ただいまー……。」
不快感を隠すことなくうんざりした顔の千秋。
そんな彼女が玄関を開け、自宅へ帰って来た。
「おう、おかえり。」
既に帰宅していた高明がエプロン姿で迎える。
「高明っ。」
高明を見るや否や靴を脱ぎ捨て鞄を放り投げて彼の胸元へ飛び込んだ。
彼女の顔には、先ほどまでの不快感はなく、心の底から幸せそうな笑みが浮かんでいた。
何か作っていたのだろう。
微かに甘い香りがした。
「お疲れ様。パンケーキ作ってるから出来たら食べよう。」
高明はそう言うと、千秋の頭を撫でる。
千秋はそれを猫のように目を細めて喜び、受け入れた。
「よし、食べよう。」
千秋が着替えてリビングに向かう頃には既にパンケーキは完成し、机の上に二つ並べられていた。
高明はエプロンを片付け、既に椅子に腰掛け千秋を待っていた。
高明を待たせてはいけないと小走りで席に着く千秋。
「美味いか?」
千秋が一口食べると、高明が言った。
「うん。でも一番は高明よ。」
「……俺もだ。千秋が一番だな。」
二人の顔はゆっくりと近づき、互いの口が触れた。
「今日はお互い不味い物食べたいからな。」
「うん、お口直しだね。」
他人の愛は信用しない。
それがこの双子の生きてきた中で学んだことだった。
他人は裏切る。
前日まで好きだと言っていた者が、他者を愛している。
双方今まで恋人がいたことがあった。
しかし、どれも長く続かなかった。
勝手に近づき、勝手に離れて行く。
他人とはそんなものだ。
他人は信用しない、してはいけないのだ。
しかし、生きていく上で彼らは愛が必要になる。
ならばどうすべきか。
どうすれば生きていけるか。
答えは至極簡単だった。
絶対に裏切らない者を愛し、そして、愛されれば良い。
「ご馳走さま。」
「おう、美味かったか?」
「えぇ、とても。」
千秋が高明をまっすぐ見つめる。正確には彼の唇を見ていた。
「そっかそっか。俺も美味かったよ。」
高明が頬笑む。
二人は、腹も心も満たされていた。
細やかながらも幸せな日々を過ごしていた。
このまま過ごせれば良い。
二人はそう思っていた。
「たっかあっきくーん!」
いつものように高明が千秋と登校していると、ある女子生徒に呼び止められた。
同じクラスの藤野なぎだ。
高明は心底不愉快な気分になった。
千秋との朝の貴重な時間に不純物が紛れ込んで来たのだ。
「ねぇねぇ、今日学校終わってから暇?デートしよ?デート!」
高明の隣を歩いている千秋を押し退けて二人の間に割って入るなぎ。
そして、高明の腕に抱きついた。
鬱陶しい。
高明はそれ以外なにも感じていなかった。
それは、千秋も同様で、一刻も早く目の前にいるこのハエを、自分の愛する者から遠ざけたかった。
「ふ、藤野さん……その、私達急ぐから。」
「そうなの?なら私も一緒に行こーっと!良いでしょ?ねぇ、高明君!」
千秋の気持ちを汲み取らず、なぎが笑顔で言う。
「俺ら先行くから。」
なぎの腕を振り払い、千秋の腕を掴む。
「ふーん……。」
取り残されたなぎは、不適な笑みを浮かべていた。
彼女の目には、兄妹の仲を越えた者達の姿が写っていた。