1ー4 千種 愛
「お、おはよう。」
「う、うん……おはよう。」
翌日の朝。
気まずい愛と夏海。
いつも通り愛の家まで迎えに来ていた夏海であった。
しかし、いつものようなキレがない。
それは愛も同様で、二人とも何を話せば良いか分からなかったのだ。
「きょ、今日の宿題やった?」
満を持して愛が口を開いた。
「え?あ、うん。や、やった……かな?」
愛の問いかけに夏海が答える。
「なにそれ、自分のことなのに他人事みたいじゃん。」
ふふ、と頬笑む愛。
「あ、あはは。」
それに釣られて笑う夏海であった。
ぎこちなさはあるが、二人は笑い合えていた。
その間も互いに満たされた感覚があった。
しかし、どちらもそれに触れることはなかった。
何となく話題にしてはいけないと思ったのだった。
校舎に着いてからは、二人とも自分達の友人と供に行動していた為、いつも通りの振る舞いをすることが出来た。
しかし、どこか満たされず、物足りない気がしている。
理由は分かっていたが、二人とも認めたくはなかった。
今まで告白してきた男子生徒の愛と、妹である美雪からの愛を吸収することを中心に生きて来た愛。
両親から受ける愛を吸収して生きて来た夏海。
いくら仲が良い幼馴染とはいえ、家族でもない同姓の愛を、素直に受けとることは出来なかった。
友情から来る愛ではないことは、二人とも分かっていた。それが嫌なのだった。
「あ、あのっ!」
その声に、夏海はゾクリと背中を虫が這う様な気味が悪い感覚に襲われた。
昼休みになり、昼食を食べようと弁当を広げていた夏海。
友人とともに話ながら自然体でいた彼女の様子がおかしくなった。
「あっ、あ、あああの……。」
目の前の彼女に、声が上手く出せない。
心臓がうるさく、走っていないのに息が荒い。
「えっと、この前はありがとう。その、大丈夫だったかな?……途中で帰っちゃったみたいだけど……。」
心配そうに眉をハの字にする。
礼なのか、謝罪の意味でなのか、彼女の手には可愛らしくラッピングされた菓子が見えた。
「あ、あのその…えっと……。」
その後の言葉が続かない。
「ちょ、ちょっとなつ大丈夫?」
「な、なつどうしたの?」
流石に夏海の様子がおかしすぎる為心配する夏海の友人達。
彼女達の声は、夏海には届かなかった。
吐き気を抑え、必死に両手で口を覆う。
そして、そのまま駆け出した。
夏海の突然の行動にざわつく教室内。
当然少し離れた場所にいる愛も、彼女の奇行に目が行く。
「夏海っ!」
駆け出した彼女の姿に、思わず大声を出してしまった愛。
あからさまに様子がおかしい彼女を放っておけない。
気がつくと、夏海の後を追って走り出していた。
運動神経の良い夏海に追いつくことは無理なことであった。
すぐに愛は廊下を彷徨うことになってしまった。
教室で昼食を食べている生徒達が大半で、廊下にはあまり人影はなかった。
騒がしい教室と、教室から漏れた微かな音しかしない廊下。
愛が少し歩くと、カップルだろうか、一組の男女の学生が通った。
彼らのタイの色から、上級生であることが分かった。
「あ、あの、すみません……この辺に夏海……じゃない、体調の悪そうな柄の悪い女子が走って来ませんでしたか?」
夏海のことなど知らないだろうと思い、今の彼女の特徴を分かりやすく且つ端的に言う。
客観的に見た彼女のイメージは恐らくこのようなものだろう。
愛は心の中で夏海に謝りながら言ったのだった。
「……ごめん、分からないな。千秋は見た?」
男子が隣の女子言う。
すると、千秋と呼ばれた女子生徒も、見ていない。と言った。
二人が露骨に興味が無さそうであった為、適当なことを言っているかもしれない。
愛をこの場からいち早く遠ざけて二人だけの空間にしたいだけなのかもしれない。
現に今こうしている間にも、二人は見つめ合っている。
時間の無駄だろうと、愛はその場を後にした。
「あの子……。」
「あぁ、だろうな。」
愛の後ろ姿を見て、二人が呟いていた。




