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吸愛鬼  作者: あさまる
2/12

1ー2 千種 愛

吸愛鬼。

彼らが誕生したとされるのは今から数十年前のことだった。

噂程度に広まったそれらは、何度かテレビ番組でも取り上げられた。

しかし、日本政府がそれらの存在を正式に否定した。

その為、吸愛鬼はまゆつばものの都市伝説として、ひっそりと語られるだけとなったのだ。


読んで字のごとく、彼らは人の愛を吸いとり生きている。

吸いとると言っても根こそぎ奪いとるのではなく、吸われた本人も気がつかないほど微量の愛を吸うのだ。


他人には気がつかれないほどの微量な感情エネルギー。

それを吸収して生きてきた彼ら吸愛鬼の存在が、なぜ噂程度でも公になってしまったのか。

インターネット内の掲示板には、彼らの正体とともに日夜議論されていた。



そんなことなど知らない当事者二人が、いつも通りに登校した。

校門をくぐると、何人かの生徒が歩いていた。


愛と夏海。

二人は幼馴染で、お互いの正体を知っている。

二人とも、その件の吸愛鬼なのだ。

そして、互いに他人には言えないような悩みも打ち明けられるような良き理解者でもあった。


彼女らの学力には差があったが、それでも二人は同じ高校へ進学をした。

愛が自身の学力よりもいくつかランクを下げ、夏海は少しでも良い所へ進学する為に猛勉強したのだった。



「おはようございます。」


「おはよーでーす。」


二人の声に、皆が挨拶を返す。


入学してから数ヶ月しか経っていなかったが、愛はその美貌と学力、夏海はどの部活からもひっきりなしにスカウトの声がかかる程の運動神経の持主として、それぞれ有名だった。


羨望の眼差し。

二人に向けられた多くのそれは、微量の愛にしかならなかったが、塵も積もれば山となる。

彼女らの腹を満たした。


愛と言っても、様々なものがある。

恋愛感情以外にも、親愛や、尊敬なども含まれる。

彼女らに向けられた好意的な感情は、全て彼女らを満たしていた。


「はぁ、お腹は膨れるけど全然美味しくないんだよね、これ。」

隣を歩いている夏海にしか聞こえないような小声で呟く愛。

そんなことを呟きつつも笑顔で周囲に挨拶を続けている。


「これこれ発言には気をつけなよ。」

こちらも隣の愛にしか聞こえないほど小さな声の夏海。

こちらは笑顔が少し引き攣ってしまう。



そうこうしている内に教室へ着いた。

ここまで来れば、腹八分目はおろか、昼も食べなくても良いかもしれない。



「おはなつー。」


「おはー。」


夏海の周りには、既に制服を着崩して、髪を明るい色に染めている女子生徒が集まる。



「おはよう、千草さん。」


「おはよう。」


一方愛の周りには、比較的大人しい女子生徒が集まっていた。


登下校こそ同じだが、校内では二人は別々の友人と行動している。

どちらも自分が属しても違和感のないようなグループに入っていたのだ。


「それにしても千草さん凄いね。」


「え?なにが?」

何の脈絡もなく誉められた愛が言った。

中間テストで全科目学年一位を取ったことならこの前散々誉められた。

なので、それに関することではないだろう。


「いや、その……江崎さんと仲良いみたいだし、怖くないのかなーって……。」


「あぁ……。」

納得する愛。

確かに小さな頃から知らなければ夏海とは仲良くなっていなかっただろう。


愛が夏海を見る。

周囲の生徒と違和感のない彼女に思わず苦笑いしてしまう。

金色の髪に、派手なメイク、下着が見えてしまうほど大きく開かれた胸元のボタンとスカート丈。

一方愛は、リップクリームこそ着けているものの、化粧の類は一切しておらず、制服もきちんと着ていたのだ。


なぜそんな真逆な立場の彼女と自分とが仲が良いのか。

そして、それが不快ではないのか。

愛は、自分自身でもその答えが分からなかった。


授業が終わり、昇降口に向かう愛。

その後ろを小走りで夏海が追いかける。


「お疲れー。」

夏海は愛に追いつくと、彼女の腕にからみついた。


「うん。」

夏海が腕にからみついたことに特に反応することなく愛が口を開いた。



「あ、そう言えば、今日は告白されないんだね。」

少し歩き、人通りの少ない住宅街にさしかかった時、夏海が口を開いた。

それまでは愛の腕にからまり満足気な様子だったが、今は愛をジッと見ている。


愛はそんな彼女の言葉にため息をつき、自身のスマートフォンを操作した。

そして、ある画面になると、夏海に見せた。

メッセージアプリのトーク欄だ。


「これじゃあ、おやつにもならないよ。」


「あらあらー。」

画面を見ながら夏海が呟いた。


そこには、愛のことなどお構いなしに、自分と付き合ってほしいという内容のメッセージがズラリと羅列されていた。

それも、一人や二人ではなかった。


「おかげで目が痛いよ。」


そう言う愛の目は、少し充血していた。


「凄いね、律儀に全部に返信してるんだ。」


「まぁね。少しだけどご飯くれたお礼も兼ねてね……。本当に少しだけどね。」


「将来キャバ嬢にでもなる気?」


「……皆が愛をくれるならそれも良いかもね。」


「え、ま、マジ?」

愛の返答が、自身の想像していたものと180°違うものであった為、思わず聞き返してしまった。


「冗談に決まってるでしょ。私が人と話すの苦手なの知ってるでしょ。」


その言葉に、夏海は嬉しくなった。


「だ、だよねー。うんうん、おじさんもそれが良いと思うよ!」


「おじさんて……。」

苦笑いの愛。


他人と話すのが苦手。

それは間近で見てきた夏海も分かっていた。

男子に呼び出された時の愛は、少しだが、緊張しているように見えていた。

恐らく何度体験しても慣れないのだろう。


しかし、そんな彼女も自分の前では素をさらけ出してくれている。

幼馴染冥利に尽きるというやつだ。


「安心しなさいな、男子に相手されなくなっても私があんたを愛してあげるから。」

夏海が笑顔で言う。


「ふふ、何それ。……でも、ありがとう。なら私もそうしてあげる。」

彼女の言葉に微笑む愛。


「ほほう、それは楽しみですなぁ。」

ニコニコと嬉しそうな夏海。

そんな彼女の笑顔を見ていると、愛まで嬉しくなってしまった。



「あら、なっちゃん、あっちゃん。」

二人を呼ぶ女性の声。


その声を聞くや否や、夏海の瞳が輝きを増した。

犬のようにしっぽが生えていれば恐らく千切れんばかりに振り乱していることだろう。


「ママー!」

夏海が愛から離れてその女性の元へ駆け出す。


愛は、今まで彼女がくっついていた方の腕がやけに冷たくなるのを感じた。


「夏海ママこんにちは。」

愛も遅れて笑顔で挨拶をする。


「こんにちは、あっちゃん。相変わらず美人さんねー。」


「いえいえ、夏海ママには敵いませんよ。」


二人を呼び止めたのは、夏海の母親だった。

両手にはビニール袋をぶら下げていて、買い物に行ったのだろう、様々な食材がビニール越しに見えていた。


「ママお買い物帰り?」

母の腕にかけられている袋をいくつか持ちながら夏海が言う。


愛と話していた時も決して機嫌が悪いものではなく、むしろ上機嫌なものであった。

しかし、今の夏海の態度は比べ物にならない。

笑顔の質が違った。


「えぇ、そうよ。今日はなっちゃんの好きなハンバーグよ。」


「わーい!ママのハンバーグ大好きー!ありがとう、ママ!」


この場に自分は邪魔だろう。愛はそう思い、静かにその場を去ろうとした。


「良かったらあっちゃんも食べて行かない?」

夏海の母が言う。


「すみません、せっかくですが家も母が作ってくれてると思うので……。」

微笑みながら言う愛。


「じゃあ、そういうことで!またね愛。行こっ、ママ。」

夏海は、愛への挨拶もそこそこに、彼女の母の背中を押して去ろうとした。



「……また明日ね、夏海。」

聞こえているか聞こえていないか分からなかったその声は、静かに愛の口から出された。

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