6 藤野なぎ
物心ついた頃から、彼女の周りには常に男子がいた。
それも何人もだ。
彼らは皆、彼女の気を引こうとちょっかいを出したり、機嫌を取るなどしていた。
つまり、彼女の周りでは、常に彼女を中心とした世界が広がっていたのだ。
彼女には、女子の友達はいなかった。
彼女自身それらについては特に気にすることはなく、女子から相手にされなくとも、嫉妬しているだけだろうと思っていた。
だから鷹野高明に拒絶されたのが理解出来なかったのだった。
それは、一年生の頃であった。
高明の隣の席になった。
顔も良く、クラスの中心であった彼を取り込めば楽に立ち回れる。
なぎはそう思った。
いつも通りやれば良い。
そうすれば、そう遠くない未来、彼は自身の虜となる。
「あ……教科書忘れちゃった。」
ある日の朝のこと。
なぎはスクールバッグを漁りながら呟いた。
これは、わざとであった。
高明と自然な形で会話を始めようとなぎなりに考え、行動に移した結果であった。
今までの男子ならば、どぎまぎしながらでも教科書を見せようとしていた。
そうでなくとも何かしらの声をかけてきた。
そして、そこから自分の虜へと変えていったのだ。
しかし、高明は違った。
興味がないのか、それとも聞こえていなかったのか。
椅子に座り、ぼーっと正面を見ている。
完全に上の空であった。
「あ、あのー……?」
高明の方をじっと見つめるなぎ。
なぎの声に対し、高明は依然として無反応のままであった。
「ね、ねぇ。」
今度は高明の肩を指で突つきながら言う。
今度こそ高明は反応するはずだ。
「……なに?」
無愛想な高明。
無愛想というよりはどことなく不機嫌で、もしかしたらあまり話さない方が良いのかもしれない。
従来の男子とは違う。
今までは、自分が声をかければ見えない尻尾をぶんぶんと振る馬鹿犬のような物であった。
「あ、いや……教科書忘れちゃって……。」
苦笑いするなぎ。
「……はい。」
そう言うと、高明は机の中から教科書を出し、なぎの机の上に置いた。
置いたというよりは、投げたと言った方が良いのかもしれない。
「あ、ありがとう。でも鷹野君は?」
「別に良いよ。」
「よ、良くないよ。」
なぎは自身の机と高明の机をくっつけようとする。
「良いって。」
声色が明らかに変わる。
ただでさえ不機嫌であった高明が、苛立っていくのが分かった。
その為、なぎは黙って言う通り教科書を借りた。
高明から借りた教科書を使い、なぎは滞りなく授業を受けることが出来た。
一方高明は、ノートも広げず窓から空を見つめていた。
「あ、あの、高明君っ!」
「あ?」
「あ、あの、ありがとう。」
授業を無事終えることの出来たなぎが高明に礼を言った。
おずおずと教科書を返す。
その際に、上目遣いで見つめ、少しでも自分を可愛く見せようとした。
普段から自室の姿見で練習していた仕草の一つだ。
自身の仕草の中でも自信のある行動の一つで、なぎ自身も愛らしく思えるような物であった。
「あー、うん。」
チラッとなぎを見た後、携帯電話をいじり始めた。
なぎのプライドが崩れ落ちた。
必ず高明を骨抜きにしてやる。
そして、その後こっ酷く振ってやる。
そう決意したなぎであった。
なぎにとって、幸か不幸か、翌年も、彼と同じクラスになった。
しかし、それと同時に、彼の妹である千秋とも同じだ。
そして、その決意は、当の高明の画策により、叶うことはなかったが、それは、まだ誰も知らない。
藤野なぎの章完。




