4 とある女子生徒
努力はいつか報われる。
そんなことを思っていたこともあった。
しかし、そんなもの、才能のあるものの少しの努力で無駄にされてしまう。
「じゃ、私ら帰るから片付けよろしくねー。」
「う、うん……。」
校内でソフトボールの練習試合があったとある土曜日。
レギュラーとして試合に出ていた女子生徒達は一人の女子生徒に片付けを押し付け続々とその場を後にしていた。
彼女達の後ろ姿を見て溜め息が出る。
彼女達のユニフォームは、多かれ少なかれ土がつき汚れている。
一方自分の着ているそれは、汚れ一つない綺麗なままであった。
中学から続けたソフトボールも、今年で四年目。
中学生の時から、レギュラーにこそなれはしないが、補欠になれた。
そこまでは良かった。
そう、そこまでは良かったのだ。
しかし、次々と同級生が試合に出場するようになり、置いていかれたのだった。
いつか自分も打席に立てる。
いつか自分も守備を出来る。
そう思っていたが、どちらも叶うことはなかった。
「……試合で疲れずに片付けで疲れちゃうな、これは。」
大量の荷物に溜め息が溢れる。
今日何度目だろうか。
彼女自身も数えてはいないが、少なくとも二桁は行っているだろう。
誰かが見てくれる。
頑張れば努力は必ず報われる。
練習だけでなく、部員との交流や、準備、片付けもやっていればいつか実を結ぶ。
そう思い、少女は努力していた。
しかし、現実はそんな甘くなかった。
現に、先ほど少女に片付けを押し付け帰った部員の中には、今年からソフトボールを始めたような者もいたのだ。
「もう辞めよっかな……。」
ボソッと呟く。
「あれっ?一人なの?」
少女の後ろから声がした。
彼女が振り返ると、そこには、意外な人物が、意外な格好をして立っていた。
自身と同じユニフォームを着た江崎夏海がいたのだ。
ただ彼女の物は、泥で汚れており、試合に出たことがすぐに分かる。
「えっと、大丈夫……です。」
声が少し震える。
夏海の噂は彼女にも届いていた。
その美貌を利用し、夜遊び歩いて、愛とは真逆なタイプの人間だ。
それなのに、彼女らはともに登下校している。
愛の弱味を握っているとの噂もある。
「まあまあ。疲れてるじゃん。良いよ、手伝う。」
半ば強引に夏海が少女から用具を半分引ったくる。
「え、えっとじゃあ、お、お願い……します。」
押しきられる形になってしまった。
「え、江崎さんは帰らなくて良いんですか?」
「良いよ、良いよ。……マ、お母さんとお父さんに格好良いとこ見せれたしねっ!今の私はすこぶる機嫌が良いのだっ!」
無邪気な笑顔を見せる夏海。
「そ、そうなんですか。」
不意に見せられた夏海の純粋な表情に、彼女はドキッとした。
「……え?あれ?」
急に辺りをキョロキョロと見渡す夏海。
「ど、どうしましたか?」
「あ、その……。いや、なんでもない。」
夏海は、少女の質問に頭をかいてどこか腑に落ちない顔をする。
「それよりさ……。」
夏海がぽつりと呟くように口を開いた。
「は、はい。」
先ほどとは違う意味合いでドキッとしてしまう。
「いや、そのー……私ら同い年じゃん?」
「そ、そうですね。」
自分が同い年だと、夏海が知っていることに驚いた。
そして、夏海の意図が分からない。
「えっと、タメ口で良いよ?」
どこかむず痒い夏海が苦笑いで言った。
「ご、ごめんね、江崎さん。部活の助っ人だけじゃなくて片付けも手伝ってもらって……。」
再び訪れた罪悪感から出た言葉。
「気にしない、気にしない。一人よりも二人でやった方が早いよ。」
彼女のことを見もせずに言う夏海。
それだけ夏海にとっては些末なことであるのだろう。
「でも意外だったなー。」
「うん?なにが?」
「いや、江崎さんってもっと恐い人かと思ってたから。あ、ごめん!その、そう言う意味じゃ……。」
しまった、と思ってしまった。
手伝ってもらっているにも関わらず気分を害してしまうようなことを言ってしまった。
夏海は、少女の言葉に特別なにかリアクションすることはなかった。
「いや、良いよ。そう言う風に見られるの慣れてるし……。」
どこか寂しそうに頬笑む夏海。
本心なのだろう。
そして、彼女は苦労しているのだろうな。
目の前の夏海を見て、少女は思った。
「……江崎さんって、優しいんだね。」
ぼそっと呟く。
今まで感じたことのなかった心臓の高鳴り。
夏海のことを、今まで恐いとは思ったことこそあったものの、優しいと思ったことはなかった。
もっと彼女を知りたい。
もっと彼女と話したい。
もっと彼女を……。
「え、どうし……っ!?」
夏海は自身の口を両手で押さえて座り込んでしまった。
「ど、どうしたの!?」
いきなりのことで焦ってしゃがみこむ夏海に駆け寄る。
背中を擦ろうと手を伸ばすと、夏海は小さく震え始めた。
その姿に一瞬怯む。
「い、一旦外に出よう?」
まずは保健室に行かなくてはいけない。
そう思い、再び夏海に触れて支えようとする。
「……ひっ!?」
夏海はその手を払いのけ、倉庫から出ようと駆け出した。
「えっ?あ、江崎さんっ!?」
少女の声は、夏海の耳に届くことはなかった。
夏海が駆けだし、一人その場に取り残された女子生徒。
「え、江崎さんどうしたんだろ……?」
夏海の手伝いも相まって、大半の片付けたが終わった。
彼女に礼を言おうとしたが、急に駆け出してしまった。
体調が悪そうだったので、保健室へ向かったのだろうか。
それとも、口を押さえていたので、吐き気を我慢し、トイレへ向かったのだろうか。
少女は、片付けを全て終え、夏海の行方を追った。
「どこ行ったんだろ。」
保健室も、トイレも近い順に片っ端から探したが、夏海を見つけ出すことは出来なかった。
仕方ないからもう帰宅しよう。
後日、また改めて礼を言おう。
そして、あわよくばもっと仲良くなれればと、少女は思った。
自身の中に芽生えた邪な感情に気がつかないまま少女は帰路へついた。
とある女子生徒の章完




