魔物の足音
爽快な朝だ!
体全身の筋肉痛をのぞけばなんてすばらしい朝なんだ!
異世界に来てから毎日、日の出から日の沈むまで働く。
夜は遠くで聞こえるオオカミ?か何かの遠吠えをBGMに旨い酒を飲む。
そして若返りの沢と、髪のはえる(かもしれない)木の実の汁。
排気ガスもない、コンピューターもない、テレビもなければ、客からかかるクレームの電話もない!
え?カノジョ?なにそれ。
これぞ理想のスローライフ!
…なんてこの時はそう思っていました。
「おはようございます!」
「おはよう!」
アリルちゃんが笑顔で返してくれる。
レツさんも頷く。
「なんだと!昨夜遠吠えが聞こえただと!」
「ふぁい、てか毎晩ですよ」
朝飯を口いっぱい頬張りながら言う。
水がふんだんにあるこの村の主食はコギといわれる草の実だ。
麦飯のような味がする。
「‥モーやメーの鳴き声と勘違いではないのか?」
「いえ、その犬みたいなつってもわかりませんよね。なんかワォーンて感じの」
「なぜ、それを早く言わない!」
「え?みんな聞こえてるんじゃないの?」
「バカか!聞こえるのは魔属の声を聞き分けられる“耳”を持ったやつだけだ!」
バカって言われても、この世界にきて数日だぜ。そんな言われかたしなくてもよ。…とふてくされていたが、
「…一大事だ…。村長のところに行くぞ!」
「ちょっと待って!!朝飯は?」
「そんな場合じゃない!いくぞ!」
「ちょっ」
真っ青な顔をして、レツさんは家を飛び出した。オレも無理矢理に引きずられて家を出る。
…
街角はいつもより騒がしい。なにやら落ち着きがない‥気がする。
「村長!!」
「レツ!それにハチローも来たか」
村長の家には屈強な男たちが集まっていた。
「昨夜、ハチローが遠吠えを聞いたと」
「やはりか‥。昨夜ユージの家のモーが5頭食われた。小屋が壊されてな」
ざわめきの原因はコレだったか。
「間違いないベオマだよ!」
隣の白髭の男は言う。
ベオマって、オバマとかアベマとかみたいで、変な名前だな。
「ゴブリンといい、ベオマといい、なぜだ、なぜだ!結界が弱まっている‥」
「結界の件は王都に行き、宮廷魔術師に聞かねばわからぬ」
男たちは口々に不安を口にしている。
オレの靴下で悶死したり、そゆなアメリカ大統領をヘナチョコにしたろうな名前の魔物が怖いのかな?
「そんなことより!」
大きな声が、置物と見紛うばかりの老婆から発せられた。
「5頭食われたとしたら、それは多分ベオマ1匹じゃ」
「ベオマは群れで行動する。恐らく味をしめたベオマは今夜群れで押し寄せる。そうなったとき、我が村は終わりじゃ」
オレが、「ベオマってなに?」ってしつこく聞くので、王都で発行されている図鑑を村長が見せてくれた。
異世界なのに言語も解るからやっぱり、と思ったら少しは字が読めた。
以下
グランバニエ王国発行魔物の図鑑(日本語訳)
ウインディゴ族ベオマ種
体長20-180センチメートル。体重オス50 - 120キログラム、メス40 - 70キログラム。鋭い剣歯を持ち、肉食。弱い魔物や、家畜、人などを襲う。夜行性であり、概ね群れで狩りを行う。
嗅覚は鋭敏で、食欲も旺盛であるが、知能程度は低く、先頭の固体につられて後方の固体が動く。神経質ではない。火や煙に弱い。
図を見ると、オオカミとクマの中間のような魔物だ。
こんな魔物が群れで来られるとたまったものではない。
「この図鑑には、嗅覚が鋭くて、火に弱いってあります」
「お前、字が読めたのか」
レツさんが驚いたように目を丸くして言う。
「ええ、なんとか」
オレも今知ったけどな!
周りのオッサンも村長も驚いている。
どうやらこの国の人たちの識字率は著しく低いようだ。
「あの、提案なのですが、奴等の生態を利用して一網打尽にできみませんかね?」
オレは自分の思い付いた意見を披露した。
「なるほど!」
と周りのオッサンたちが声をあげた。
「ふむ、ワシらはこの村で生まれ育ったが、ベオマの群れなんかとたたかったことは一度もない。王都からの助けを呼ぼうにも最低で3日。そして助けてくれる保証はない。
そして、村には若い男もおらん。王都に逃げようにも、途中、魔物に襲われるのが関の山じゃ。どうせ死ぬなら、賭けてみる価値はあるか。」
ついこないだこの村に来たオレの言葉を信じるって、この村の人たちはどうかしてる。
でも、そんな人たちのためにオレは出来ることをしたくなった。