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白髪の紳士

作者: 楽しい一時をありがとう

「ふ〜今年ももうわずかか」


 年の瀬も迫ったあくる日、記者の沢辺はお気に入りのバーで一人飲んでいた。

 記者生活も5年が過ぎ、ようやく自分の仕事が軌道に乗り出した頃に見つけた店だ。

なんのことはない店だが、適度に人が少なく、マスターがいつも穏やかに微笑んでいる店の雰囲気を気に入っていた。朝方までやっているのも、生活が不規則な自分には都合がよく、気がつけば半年ほど、週2で通うようになっていた。


「マスター、店の仕事納めはいつなの?」


マスターは40代半ばの白髪混じりの黒髪をオールバックにしたナイスミドルだ。俺も将来はこんな年の取り方をしたいと密かに思っている。

確か10歳年下の奥さんと熱愛の末結婚したんだっけ・・・羨ましくなんかないぞ。


「例年は昨日まででおしまいだったんだけどね。今年は懐かしいお客が来ることになっていて、今日は特別に開けたんだ」


「それはラッキーでした。でも、マスターの懐かしいお客さんって興味あるな〜」


本当にラッキーだった。道理でいつもは少なからずいるお客が全くいないわけだ。

マスターのお客も気になる。自分の知らないことを知りたいという気持ちが強くて記者になった自分だ。このナイスミドルなお方がわざわざ店を開けるほどの人物とは一体・・・。


「それはね、おっと来たようだ」


カランカラン・・・と店のドアがゆっくりと開く音が聴こえた。

沢辺がゆっくりとドアの方へ目を向けると、一人の老人が立っていた。

長い白髪を後ろに縛り、英国風といった出立ちをした人だ。

外国の方だろうか?年は、50・・・いや60くらいか。

落ち着いた茶色のコートに薄く雪がのっている。いつのまにか、雪が降っていたようだ。


「お久しぶりですベルさん。お元気そうで」


「やあ、久しぶりだねシュウ」


シュウというのはマスターの名前だ。本名は南条秀一。親しい人からはシュウと呼ばれていると以前聞いたことがある。


「おや、お客さんがまだいたようだね、少し早かったかな」


外は思いの外寒かったようだ。皺混じりの白い肌に赤みが差している。


「大丈夫ですよ。あ、沢辺さんこちらは私の古い友人のベルさんです」


そう紹介されて慌ててカウンターの椅子から立ち上がると、ベルさんはニコリと笑って握手をしてくれた。


「初めましてミスター沢辺。ベルです。仕事で日本に来ていたのですが、古い知人のシュウに会いたくなりましてね、無理をいって店を開けてもらったんですよ」


手を握る力は見た目の年を感じさせず、力強いものだった。鍛えているのかな?


「そうでしたか。でも、おかげでマスターのお酒を飲んで年を越すことができます」


実際、このベルさんのおかげで今日のお酒にありつけたわけだ。今日に限って部長に仕事を無茶振りされて、気がつけばこんなに遅い時間になってしまった。店が開いていなければ、一人寂しくアパートで安酒を飲んでいたに違いない。え?いい人はいないかって?勘のいい方々ならお察しではないですかね〜ちくしょう。


「どうかしましたか?」

「あ、いやお気になさらず。」


どうやら顔に出ていたようだ。

危ない危ない。失礼をしてしまうところだった。昔から、ふと思ったことに思考が飛んで周りに不思議がられることが多かった。小学校の担任の田中先生には、「集中しなさい!」って怒られてたっけ。元気してるかな〜。


「なんとも面白そうな方だ。よければご一緒してもいいですかな」

「はい、ぜひ!」


それはもう、願ったりかなったりですよ。

一体どんな話が聞けるのだろう。今日は楽しい夜になりそうだ


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「へ〜、ベルさんは貿易会社を営んでいるんですね」


それからはベルさんから色々な話を聞いた。

マスターがイギリスに貧乏旅行していた時、言葉も通じず、お金もなくて行き倒れていたマスターをベルさんが拾って仕事を紹介したことがきっかけで出会った話や、マスターが柔術を駆使して女性を助けた話、ベルさんの趣味のサーフィンの話など、様々だ。


一部、爆発しろ!と叫びたくなる話もあったが、割愛する。


「ええ、主に子供のおもちゃを扱っています。若い頃に仕事もなく、これからどうしょうかと、街中を歩いているとき、ふと一軒の家が目に入りましてね。」


 言葉を整えるためか、ベルさんが梅酒を一口飲んだ。

 日本で梅酒を初めて飲んで以来、大の梅酒愛好家らしい。

 ちなみにロックだ。


「パッと見て、特に裕福ともいえない家庭だったんですよ。家も寂れていて、隙間風が入ってとっても寒そうな・・・。でもね、笑い声が聞こえたんですよ。とっても大きなね。」


ベルさんが懐かしむように笑った。


「気になって窓から様子を伺うと、4人の家族が見えました。お父さん、お母さんに2人の幼い兄妹。箱に入ったプレザントを開けてとても喜んでいました。」


「そういえばその日はクリスマスでした。そんな特別な日に気がつかないくらい、当時は余裕がなかったんですね。」


と、ベルさんが苦笑した。


「プレゼントの中身もそこまで贅沢なものではありませんでした。木でできた車や、お母さんが手作りしただろうクマのぬいぐるみ。」


でもねと、ベルさんは残った梅酒を飲み干した。


「すごく笑顔だったんですよ。満面の笑みでね。とっても幸せそうにサンタさんありがとー!って言っていましたよ。その光景が忘れられなくてね、特に子供がおもちゃをもらって喜んでいる姿が印象に残ってね。気がつけば子供達にプレザントを送る側になってましたよ」


よほど印象に残っていたのか、ベルさんはしばらく目を閉じ、当時に思いを馳せていた。


「そんなことがあったんですね。じゃあ、サンタさんの正体はベルさんだったんですね!」


そういうと、聞き役に回っていたマスターの目がわずかに和らいだように見えた。


「サンタ、そうですね。それはいい。私がサンタクロースか」


梅酒がよほど効いたのか、ベルさんが豪快に笑った。


「そうですよ〜。そういえば、数日前はクリスマスでしたね。日本にもプレゼントを届けにきたんですか?」


俺も少し酔っているらしい。何を馬鹿げた質問をしているのだと心の中で自問していると、ベルさんの表情が少し曇った。


「ええ。私も子供達の笑顔が見れると楽しみにしてきたんですがね」


マスターに梅酒の追加を頼むとベルさんはこう切り出した。


「プレゼントをもらった子供達が笑っていないんですよ」

「笑っていない?」


どういうことだろう。プレゼントを貰えなかったなら分かるが、貰ったのに、笑っていない?


「ええ・・・あくまでも一部のという話ですよ。」


「何が理由だったんですか」


 俺が子供の頃はどうだっただろうか。父ちゃんが夜中に枕元に置いていたゲームを翌朝見つけて、大喜びしたっけ。


「子供がプレゼントをもらえるのを当たり前だと思っているようなんです」

「当たり前、ですか」


どういうことだ?


「ええ、プレゼントをもらっても、サンタに・・・もしくは、サンタ代行ですかね。

 お礼を言わなくなっているんですよ。ふ〜ん。そう。という感じで」


手際よく出された梅酒を飲みながらベルさんが続ける。

今度は水割りか。


「貰えることに慣れてしまったというべきでしょうか。今はクリスマスでなくても両親に頼めばおもちゃを買える。買わなくても、物が溢れすぎていて、元からプレゼントに興味がない。最近は、プレゼントにお金を要求する子供も増えていますね。」


プレゼントにお金か。まあ、自分で好きなものが買えるし、効率的といえばそれまでだが、なんだかな〜。それに、もらうことに慣れるね〜。

全国のサンタ代行が不憫になるな。


「何度も言いますが、子供達みんながそうではありませんよ。プレゼントをもらってサンタやサンタ代行に感謝する子供もたくさんいます。ただ、少しずつそんな子供が増えている気がしましてね。」


そういうとベルさんは目を閉じながら続けた。


「クリスマスに必要なのは物なのか、それともあの笑顔あふれる空間なのか・・・」


「ベルさん・・・」


気がつけばベルさんの前には暖かいお茶が置かれていた。


「おっと、しんみりさせてしまいましたね。いやはや少し飲みすぎたようだ。忘れてください。」


そう言いながらお茶を飲んだベルさんはふと頰を綻ばせた。


「シュウは相変わらず気遣いがうまいね」

「なんのことでしょうか?」


そうマスターのシュウさんはとぼけたが、俺もさっきから気になっていた。

さりげなく水割りにしたり、お茶を出したり・・・これが大人の余裕か。マスターの領域が遠い。

 二人が笑うのを見ていると、ベルさんが席を立った。


「今日は楽しかった。沢辺さん楽しいひと時をありがとう。」

「もう帰られるんですか?お二人だけで話したいこともあったのでは」


 そうだ、俺なんかよりもシュウさんとの会話の方が大事だったはずなのに。気がつけば、俺ばかりが話してシュウさんは聞き役に回ってばかりだった。


「いや、もう十分楽しんだよ」

そう言ったベルさんの横顔は、本当に満足そうだった。


「ベルさん、次はいつ来られるかな?」

マスターが静かに尋ねた。


「さて、いつだろうね。でも、子供達の笑顔がなくならない限りは、また必ず来るよ。サンタクロースみたいにね」


まるでいたずらに成功した少年のような笑顔を浮かべたベルさんは、ふと、思い出したように懐から小さな袋を取り出した。


「そうそう、忘れるところだったよ。これ、娘さんへのプレゼント。8歳だったかな。気に入ってもらえると嬉しいのだが」


「ありがとうベルさん」


プレゼントを渡されたマスターがお礼を言うと、マスターもやんちゃな少年のような笑顔を浮かべる。


「送り主は誰からにしておきましょうか?」

どうやら二人とも、似た者同士らしい。


「もちろん、サンタクロースからで」


そう言って、カランカランとお店のドアをならしながら、ベルさんは去っていった。

ドアの隙間からは雪は見えなかった。


 お読みくださり、ありがとうございます。

 この作品は、クリスマスに子供達から聞いたエピソードを元に作られています。

 サンタ代行の皆様が報われるようなクリスマスでありたいですね。

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