2 宿
夕食の時間になり、津鷹と春野は階下へ行った。食堂にはすでに宿泊者全員がそろっているようで、皆。静かに席に着いている。
「今日はカボチャのスープです」
スープをテーブルに置いて、ミワカはにこりと微笑んだ。さらにテーブルには焼きあがったばかりのパン、サラダ、魚などが並べられていった。春野はその食事の前に、うずうずしていた。
「それではいただいてください」
それを合図に、津鷹たちは手をつけはじめた。テーブルの脇にずっと立ち続けているミワカに津鷹は声をかけた。
「おいしいですね」
「ありがとうございます」
さて、何から話したものかと思案しながらスープを飲む。春野はもうすでに食べ終えたらしく、帽子をかぶったまま静かにしている。
「春野は食べるのが早いね」
「おいしいから、スプーンが進んだ」
春野は眠そうにあくびをして、目をこすった。そんな動作をする彼女に、津鷹はそっと耳打ちをした。春野はこくりと頷く。
「じゃ、合図をしたら頼むよ」
「わかった」
時間は進む。スープを飲み続ける動作を止めずに津鷹はそっとミワカに目をやった。彼女は食堂であるこの場にずっと立ち続けている。
津鷹はパチンと指を鳴らした。
ゆっくりとした動作でミワカがこちらを見た。
春野は帽子を脱ぎ、全体に目を走らせた。みんなの動きがまるで写真のようにピタリと止まった。
「あら?」
動いているのは津鷹と春野、それからミワカだった。
「すいません、ミワカさん。ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」
津鷹は立ち上がってミワカの目の前に立った。彼女は困惑しながら、春野を見た。春野は目を開いたまま、微動だにしない。
「彼女の目はあまり見ないほうがいいですよ」
津鷹はミワカに忠告した。ミワカは慌てて津鷹を見つめた。
「あなたたちは、いったい…?」
「僕たちは協会から来た者です」
「協、会…」
その一言で何かに気づいたようだった。ミワカはひどく困惑していた。
「どうやら知っているようですね」
「ミワカ、そいつらを追い出しなさい」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには長い髭を腹の辺りあたりまで垂らした老人がいた。
「でも…」
「協会から人が来た以上、どうすることもできん。だが、お前には幸せになる権利がある。それはお前を拾った時に婆さんが言っておったが、儂もそう思うぞ。というわけだから、協会の2人さんは帰りなさい。でなければ」
老人は壁にかかっていた槍をつかんだ。
「ここで貴様らを貫くぞ!」
春野が津鷹の服の袖をつかんだ。つかんでいる手は震えていた…。それもそうだろうかと津鷹は思い、小さくため息をつくとうなずいた。
「わかりましたよ。今日は退かせてもらいます。ですが、もし他の人がミワカさんを狙うようなことがあれば、全力で対処していただきますので、そのつもりで」
津鷹は春野の肩を叩いて立ち上がらせた。玄関の方へと向かおうとする2人に、ミワカは「待って」と慌てて声をかけた。
「大丈夫ですよ、ミワカさん。またいつか来ますから」
老人の「2度と来るでない」と言う言葉が聞こえたが、それを聞こえなかったふりをして、津鷹は春野と共に宿屋を出た。