1 エモルス国
恵海です。「嘘は内緒の始まり」は続いていますが、ちょっと余裕があるので違う作品を投稿します。
今回は異国ファンタジー、「手をかざして」です。ちょっと題名をつけるのに毎度困っていますが、どうか飽きずに、連載小説ですので気軽に読んでください。
毎週日曜日掲載予定ですので、よろしくお願いします。
では、スタートです。
馬車でたどり着いたそこは、普通の町だった。津鷹は馬車を降り、その後ろから降りてくる子を持ちあげて下ろしてあげた。
「ありがとうございます」
お礼を言ってお金を渡し、馬車とさよならをした。
「さて、ここが今回の仕事場だよ」
目深にかぶっていた帽子をあげて、その子は感嘆の声をもらした。毎度毎度、新しい町に来る度にそうやって声を上げるのが、その子のやり方みたいなものだった。
「まずは下宿先を探さなきゃなぁ。あー、こればかりは毎度面倒だよ」
津鷹はその子の手をとり、キャリーバッグをコロコロ転がしながら歩き始めた。異国の人間が現れたのに、道行く人々はすれ違うたびにこちらをちらちら見ていた。
「注目されてるね」
「そうみたいだね。これもいつものことだよ。春野は嫌じゃないのかい?」
「注目されたことなんてないから、ちょっと怖いかも。でも」
春野と呼ばれたその子は帽子の間から目をわずかにだし、にこりと微笑んだ。
「もしも津鷹がいなければ、僕はずっとあの部屋で独りぼっちだったよ。だから、今はそんなに怖くない。津鷹が隣にいれば、なんだってできるもの」
「そっか」
津鷹は春野に笑みを返して、最初の宿を見つけてそこに足を踏み入れた。
この町への配属が決まったのは、つい3日前だった。1週間ほど仕事に明け暮れてやっと終わったと思ったら、新たな仕事先への通知がポストに投函されていた。
「エモルス国。これって西の方にある独立国だったよね」
「けっこう小さい国ってことで有名だね」
手紙を読みながら、津鷹は地図を広げた。
「ここはそんなに歴史のある国じゃないし、周囲には大国が多いし。よく今まで占領されなかったねぇ」
「ここに行くの?」
「そりゃ、仕事だからね。なんなら春野はお留守番しててもいいけど」
「行くよ、一緒に」
春野は頬をふくらませて言った。今の発言がよほど不服だったのだろうか。部屋の中にいても決して帽子を取ろうとしない春野は、帽子から目をのぞかせた。
「じゃあ急いで出発しよう。ここでの仕事はもう終えたから、別に用はないしね」
「サナに挨拶はしなくていいの?」
「去るときは相手の気持ちを傷つけないように。これが僕の座右の銘。だから、言わずにここを去る」
「それは逆に気持ちを傷つけてると思うけど」
春野は苦笑をして、旅へ行く準備を始めた。
10軒目に行くころにはもう太陽は西へと傾いていた。向こうの方に見える山々に太陽は消えかけていく。
「これは弱ったなぁ」
「ねぇ、どうしてあのカードを見せないの? あれを見せれば一発で宿を借りられるのに」
春野の言うあのカードというのは、世界じゅうで使える、特待カードみたいなものだ。これさえあれば、その国の王族にもお目通りがかなうという優れものだ。
「僕は可能だけど、春野はまだ持ってないだろ?」
「うっ……、でも僕なら外でも寝られるし」
「それは駄目だ。そんなことしたら、また――」
そこで言葉を切った。ここから先を言ってはまずい。津鷹はため息をついて、春野の手を強く握った。そこへ。
「あの、宿でお困りですか?」
後ろから声がかかった。思わず振り向く。
「よかったら、その……、私の宿へ来ませんか? ちょうど、1つ部屋が空いているので」
「いいんでしょうか」
「ええ、構いません」
声をかけてきた子は、亜麻色の髪をした、唇の下にほくろのある少女だった。
亜麻色の髪の少女は名前をミワカといい、紹介してくれた下宿屋の看板娘のような人だった。
「どうぞ、こちらです」
招かれた部屋に入り、そこで落ち着いた。
「夕飯は下の食堂で、皆さんと一緒に食べるきまりなんです。それでもよろしいでしょうか」
ミワカの言葉に、津鷹は春野の顔を見た。
「別に大丈夫」
「大丈夫です」
「はい。夕飯の時間は7時ですので」
部屋のドアが閉まると、津鷹は春野に質問した。
「意外だったなぁ、まさか春野が食堂での食事を構わないなんて言うとは」
「大丈夫だもん。みんなと、顔を合わせさえしなければ」
「うん、まぁそうだね」
そのせいで何度面倒事を引き受けてきたものか。だが、それは全て彼女が悪いというわけではないのだ。
「ところで津鷹、もしかして彼女が」
「あ、春野も気づいてた? 最近察しが良くなったね」
「直感だよ」
「うん。春野の言う通り、さっき、顔写真も確認した。『エモルス国、下宿屋の娘、ミワカ』
彼女は間違いなく、僕らが捜していた人物だよ」
空はいよいよ暗くなり始めていた。