天使降臨
「誰からやる?」
そう呟いたのは、一番右端にある魔法陣の前に集まったグループの一人。
アシンメトリーの銀髪を持ち、紫水晶色の若干吊り上がった切れ長の目を持った少年――ゼノ=ステイラーは、自分の周りに集まった仲間を見渡し問いかけた。
ゼノの周りにいるのは、四人の生徒。
「僕は、まだ、ちょっと……」
腰まであるオレンジ色の少し癖の入った髪に、淡いオレンジ色の瞳を持った男子生徒――ユリウス=ティアム。女には見えないのだが、美人という言葉が当てはまる程、整った顔立ちをしている。しかしそんな顔も今は不安でいっぱいになっていた。
「私もまだ……リアナは?」
肩甲骨まである林檎のように紅い髪を左側で一本に結い、その中に一束だけ三つ編みをした髪型で、空のように澄んだ水色の瞳を持った女子生徒――カティア=エステス。右目の下に泣き黒子があり、少し大人っぽい雰囲気を持っている。
「ウチもいいや! ディルっち、最初にどうぞ!」
首の付け根辺りまでの少し跳ねている金髪に、クロムトルマリン色の瞳を持つ女子生徒――リアナ=ユオン。本来つけるはずのリボンはなく、活発な印象を受ける。
「え、オレ!? マジかー……んよし! じゃ、行っちゃうぜ!」
最後に、深い青色のウルフカットの髪に、黄水晶の瞳を持つ男子生徒――ディル=アベル。笑みを浮かべた時の八重歯が、やんちゃさを醸し出している。
使う訳もないのに指をポキポキと鳴らしながら魔法陣の上に立つディル。彼は嬉しそうに口角を上げながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
そして、深く息を吸うと、言葉を紡ぐ。
「我が求めるは"太陽の眷族"。顕現されたし、我が名は――ディル=アベル」
語り掛ける言葉を紡ぐ間、ディルは笑みを消さなかった。その表情や声から、彼がどれほど楽しんでいるかが伝わってくる。
彼が求めたのは"太陽の眷族"、つまり光属性の召喚魔。
カリッと親指を噛み切り血が一滴落ちた瞬間、複雑に描かれた魔法陣が金色の光を放ち始めた。
咄嗟に目を瞑るゼノたち。その中で、一番光を浴びているディルだけは目を開け、ジッと魔法陣を見つめていた。
「――ボクを呼んだのは、君…?」
不意に、その場にいた者の耳に届いた澄んだ少年の声。
その声が聞こえると共に、放たれていた光は弱まり消えて行った。そして、光の中から現れた、六枚の純白の羽を持った少年。
金糸のように美しい短髪の髪に、同じく金色の瞳を持った少年は見たまま、天使だった。
「……お、おう」
驚いたように目を見開き、目の前に佇む少年を見やるディル。自分が、上級召喚魔を召喚できるとは思ってもいなかったようだ。
天使は九種類存在し、そのどれもが上級以上の強さを誇っている。学生が、上級を召喚できることなど、かなり稀なケースである。
血が示す、ディル自身の実力を表していた。
「ディル、って言ったよね。ボクの名前は…ルーカス」
目を細めふわりと笑みを浮かべた少年――ルーカスは、ゆっくりとした動作で、ディルへと片手を差し出した。
それは握手を求めているもので、ディルは一瞬戸惑いの表情を見せたが、躊躇しながらもそのルーカスの手を握った。その瞬間、
「っ……!」
「ディルっ!?」
ディルの体が、崩れ落ちた。
一瞬にして身体から力が抜けたのか、がくりと膝をつくと上半身は前へと倒れそうになる。しかし、前に立っていたルーカスの細腕に支えられ、ディルは地面に倒れることはなかった。
唐突にディルが倒れたことに驚くゼノたち。しかし、心配ないとでもいうようにルーカスはゼノたちに笑みを向けた。
心の底から、安心できるような温かな笑みを。
「大丈夫。ちょっと、魔力を多く貰っただけだから」
その小さな体では考えられない力で、未だ力の入っていないディルの体を抱き上げる。そして、魔法陣の外へ出てゼノたちの傍へとやってきた。
「契約方法は魔力の受け渡し。ボクと握手した時に契約は終わらせたよ」
そう言ってディルを地面に座らせたルーカスの右腕には、薄紅色の葉のついた蔓のような紋章が浮かび上がっていた。そして、同じようなものがディルの腕にも浮かび上がっている。
紋章が現れるということは、契約完了を意味する。
つまり、ディオは戸惑っている間に契約を交わされたのだった。
「っ……いきなり、力、はいんなく…なるから、ビビったわ……」
額に汗を滲ませたディルは、眉を下げ笑みを浮かべる。契約には心の準備が必要じゃないか、と言ってやりたい彼であったが、折角契約してくれたということで、文句は言わなかった。
「大丈夫ですか?」
心配そうにしたユリウスが、ディルの顔を覗き込む。
魔力を大量に消費することは、かなりの肉体疲労に繋がる。自身の魔力量が空になってしまえば、それは死を意味する。
天使がそんなになるまで魔力を奪わないだろうと思うのだが、ユリウスは心配だったようだ。
「ディルっちなら大丈夫でしょ!」
口を開いたディルの言葉に被せ、何故か答えるリアナ。
誰かの言葉を遮るのがリアナの通常運転なのか、誰一人気にするものはいなかった。