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 次に移すべき行動が決められず、流央は立ち尽くしていた。が、いつまで経っても自分に浴びせられるブーイングは止まることはないし、開かれた扉からも動きは無い。


 入れ、ってことだよな?


 闇が続く光景しか伺えない扉の先を見て流央は喉を鳴らした。


 此処が何処なのか、自分は何故この場にいるのか、状況が飲み込めない今、とにかく人に会いたい。この汚い低音のうねりを出し続ける観客達でなく、顔を合わせて話し合える人間と。


 そう考え足を踏み出した流央だったが、この群集がひたすらに自分を見ているのだと思うと、今更ながら体の動きがぎこちなくなる。手と足を同時に出すような事だけは避けねば、と心配するばかりに関節が固まったように上手く動かない。

「アウェー感ハンパないな」

 顔を赤くしながら流央は情けない状況の自分を誤魔化すように呟く。そんな自分の声すら耳に入らない酷い騒ぎが続く。練習試合で少し野次を飛ばされただけで動きが固くなっていた流央には仕方の無い状態ではあった。しかし普通なら剥き出しの悪意に対して恐怖に繋がっていそうなものだが『何が何だかさっぱり分からない』という思いがそれを吹き飛ばしていた。

 巨人の脇を通る際にはやはりびくつきながら足を早める。何度か急に起き上がる巨人を想像してしまったが、幸いそんな展開は待っていなかった。

 永遠にも感じられた長い歩行の末に、ようやく開かれた道の中が窺えるようになってくる。地下に潜る階段になっているようだ。上から見える様子は随分と急で一段一段が細い。段数は建物一階分ぐらい続き、日の光が差し込まない位置からは壁に掛けられた松明の明かりが見える。松明なんて代物は神社での祭りでしか見る機会が無い流央は少し驚く。この古代遺跡のようなスタジアムといい、随分と古臭い雰囲気を出すことにこだわりがあるように思えた。

 少し躊躇した後、恐る恐る階段を降りていくと人影が見える。人がいた、というだけで安堵の息を吐き出してしまった。残りの段数を飛び降りるように下ると人影に向かって行く。暗い通路に立つ人物に流央は目を見開いた。暗い上に松明の赤い光で反射され、色味はよく分からないが金属の鎧を纏った体格の良い男。肩から指先まで鈍い光を反射するスリーブで覆われ、頭部にもオープンヘルメットのような兜を乗せている。


 ここの従業員か何かだろうか。


 すでに此処を「古代コロッセオをイメージしたアミューズメントパークのような施設」とぼんやり思っていた流央は徹底したこだわりようだ、としきりに感心してしまっていた。問題の男は白人男性に思える。あまり外国人を見かけることの無い町住まいである為、気付くと肩に力が入ってしまっていた。うろたえた顔のまま固まる流央に男が口を開く。

「……ちっ、??????????」

 男の舌打ちの後に続く言葉が分からない。英語ではないようだ。流央はますます緊張の度合いを高める。どうしよう、何とか意思を伝えねば。片言なら英語でも通じるだろうか。男の不機嫌な顔に流央は嫌な汗が吹き出る。相手は同じ人間だと分かっているのに外国人というだけでびくびくとしてしまう自分が情けない。

「????????、ついて来い」

 男から急に飛び出た聞き慣れた言語に一瞬耳を疑う。もしかしたら日本語っぽく聞こえただけかもしれない、と思い戸惑ったまま動けないでいると、

「早くついて来いって言ってるだろ!」

 そう怒鳴った後、通路を歩き出す男の背中を流央は慌てて追いかける。遠目で見た時は随分大柄な男だと思ったのだが、目の前に置くとそうでもなかったらしい。流央とさほど変わらないように見えた。がちゃりがちゃりと重そうな音を立てる鎧を物珍しさからじっくりと眺めながら男に問いかける。

「日本語上手なんですね」

「はあ?何言ってんだこいつ……」

 男は少し流央を振り返っただけでそのまま歩き続ける。一瞬だけ向けられた視線には侮蔑の色があり、目の前にいるというのに「こいつ」という言い方をされたことに随分と線を引かれていると感じた。色々と聞きたいことは山程あるというのに尋ね難くなってしまった。

 もしかしたらこの先に男の上司だとか責任者などがいるので、そちらで話しをじっくりしようということなのかも知れない。流央はついて行くしかない自分を誤魔化すようにそう納得した。

 左右に逸れる角が見えて来た時、前を行く男がぎくりと震え、動きを止める。背後から男の行く先を覗き込むと新たな人影が現れていた。外国の宗教もの映画に出て来そうなローブを着て、フードを目深に被り顔が窺えない。しかし小柄なことと唯一覗く口元を見るに女性だと分かる。青白い肌に赤い唇が美しい線を描いていた。

 一瞬、その女の手が光る。男が身構えるより早く、伸ばされた女の手が男に触れた瞬間、男は簡単に崩れ落ちた。がしゃん、という鎧の音。倒れた男の頭から兜が転がった。

 流央は目の前の光景が理解出来ずに凍り付く。手が光り、男が倒れた。それを目の前の小柄な女がやったのだ。顔が見えない不気味な姿に今更ながら恐怖が湧いてくる。合気道?新兵器?それともどっきりは続いているのか。ぐるぐると回る思考の中、無意識に流央は後ろへ下がっていた。自分もやられるかもしれない、そんな意識があったのだろう。しかし女は小さく震える流央の手を無遠慮に掴むと「早く!」と叱咤する。流央の心臓がばくばくと活発に動きだす。

「早く!脱出経路の兵は眠らせたけど、交代の兵が来たら終わりよ!」

 小声だが強い声で女は続けると、いつまでも目を見開いたままの流央を勢い良く引っ張りだした。つられて足が前に出る。

「あ、あ、あう……」

 情けない呻き声しか出ない自分が恨めしい。大声で助けを呼ぶべきか。しかしこの女は「兵は眠らせた」と言ったのだ。声の届く範囲に人はいるのだろうか。兵って何だ?やっぱりここは外国なのか?そんな考えを巡らせている間にもぐんぐんと引っ張られ、通路を疾走していく。角を曲がると宣言通り、通路に鎧姿の別の男が倒れている。視線を先に伸ばすと更にもう一人。

「ひ!」

 思わず出た流央の声に、

「し!」

 女が口元に指を当てる。全てこの女がやったのだろうか。恐怖に顔を歪ませるが、いびきをかいて倒れている別の男を発見すると少しほっとする。本当に寝ているだけのようだ。

 映画のワンシーンみたいだ、と走り行く自分の状況にふと思う。そうなるとこの女は自分を救出にきた味方なのかもしれない。さっきの怪物と戦ったスタジアムといい此処は真っ当な場所では無い。

 また角を曲がると日の光りが先に見える。女が扉を指す。流央は頷いた。数段の階段を昇り開きっ放しの狭い扉を潜る。芝生の上を暫し走ると流央は振り返った。

 写真で見たコロッセオとは少し違う、ように見える。が近過ぎるためにそう思うのかも知れないし、本物を見た事があるわけでもない流央には分からなかった。女の手の力が増す。急げと言われているのだ。

 植え込みの向こうに馬がいる。遠目からでも随分と立派な姿と分かる。毛並みは白く体も競走馬のように大きい。枝に引っかかりながら植え込みを抜けると女が素早い動きで馬に飛び乗った。馬具が着いているのを見ると女の馬のようだ。が、馬の姿を近くで見ると流央は驚きのあまり後ずさる。

「ああ……ういぇ!?」

 言葉にならない叫びを上げると流央は馬を指差す。先にあるのは白い馬の肩甲骨あたりから伸びた白い羽。今は閉じているが羽ばたけばこの巨体を軽々と浮かせるのではないかと思う程大きく立派な羽翼。


 何、何、何?ペガサスって実在の生き物だったんだっけ!?絶滅危惧種とかそういうのだっけ?日本にいないだけ?もういい加減「どっきり成功」のフリップ持って誰か出て来いよ!


 立ち尽くす流央に白く美しい手が差し出される。

「乗りなさい!奴隷になりたいの!?」

 その言葉に体がびくりと揺れた。後ろから追っ手の兵士が二人、駆けてくる姿を見つける。気が付くと流央は女の手を握り、無我夢中で馬に飛び乗っていた。

「しっかり掴まってなさい」

 馬が嘶き、上体を上げる。傾き落ちそうになるのを女にしがみつき堪える。疾走を始める馬の上、腕に感じる柔らかい感触に流央は悲鳴を上げた。

「ご、ごめんなさい!」

「気にしないでいいからちゃんと掴まってなさい!」

 うろたえる流央とは正反対に冷静な声で女は答える。恥じらいよりも情けない男を叱咤する方を優先させたようだ。

 馬が走り出して数分後、ようやく流央の視線が周りへと向けられるようになる。移り変わる景色は永遠に続きそうな地平線、その下に広がる赤茶けた荒野とぽつりぽつり、寂し気に配置される緑。雲一つ無い空には撮影隊の姿も見当たらない。

 やっぱりどっきりや映画の撮影ではないようだ。そんなにもてはやされる顔では無いのだから当たり前か、と非現実的な展開に疲れた頭で流央は考えていた。

 風に煽られた為か女の頭部を覆っていたフードが後ろへ落ちる。流れて揺れ、流央の顔をくすぐる髪は輝くような銀色をしていた。

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