ring
「う~ん、まぶしい・・・」
朝日が窓辺からのぞいている。
「おはよう」
隣で頬杖をついている彼。「私の寝顔でも見てたの?」
「ああ、そうだよ。」あの人が顔を近づけている。
冗談で聞いただけなのに。
「っっっっっっ//////」
朝から恥ずかしいことを平気で言う彼。恥ずかしすぎて、言葉を失う私。
今日は、日曜日。
寝坊をしても許さる一週間に一度の休日。
「シチュー、食べよう。」
昨日、私が作ったシチューを食べようというのだ。
彼は、私にとても甘すぎるくらいに優しい。
普段は、メガネをかけ、眉一つ動かさないのに、私の前でだけ穏やかな微笑みを見せてくれる。
そんな彼を愛しく思うと同時に、照れくさくもなる。
世に云うツンデレ萌えだと思う。
こんなことを考えて、にやけていると彼は私を不思議そうに覗き込む。
目が合えば、微笑んでくれる。
毎日こんなだったら、どんなに幸せか・・・。毎日が休日だったら・・・。
私は、あらかじめ持ってきていた服に着替える。
彼は、朝食の支度を始める。
いつもは水一杯が彼の朝食だが、今日は特別だと言う。
「今日は、どっか行くか?」
「いいの?やったぁ!!私、買いたい物があるの。」
彼と外出するときは、いつも一目を気にして、車で移動するはずだった。
でも、今日は違っていた。
彼の隣を歩くのを許されたのは、ものすごく久しぶりな気がする。
「こうやって、並んで町を歩くのは久しぶりだな。」
「手、繋いでもいい。」
「珍しいなぁ。君がそんなことを強請るなんて・・・」
「ダメ?」
「いや、もっと我儘を言ってもらって構わないと思うよ。我慢なんかしなくていいんだよ。」
「っっっっっ//////」
私は、いつになれば慣れるんだろうか?
「顔が赤いなぁ・・・熱でもあるんじゃないのか?」
繋いでる手を振りほどき、私の頬に手を当てる。私は、恥ずかしさのあまり目をつぶってしまった。
「熱は・・・・ないなぁ。」
「ねっ熱なんかないわよ!!」
この人は私の隣でなにやらにやけている。
と、こんな感じでいちゃこらしていると目的地に着いた。
私のお気に入りのジュエリーショップだ。
私は、真っ先にピアスの売り場を見つけ、目を輝かせていた。
この人は、ピアスを付けている。前の彼女に開けられたらしい。
彼は、いつも同じピアスを付けていた。よく似合う小さな青色のピアス。
私は、少しでもこの人の近くに居たくてピアスを付けることにした。
「なんだ。ピアス開けたいのか?」
「うん。一緒のがいいと思って。でも、どうやって耳に穴、あければいいの?」
「まずは、ピアッシャーを買って、ファーストピアスで1か月・・・俺は、安全ピンで開けられたけど・・・」
「もっもういいです。お任せします。」
(あっ安全ピンでって・・・恐ろしい。この人、マゾか?)
私は、この人になら何をされても構わないと思った・・・・。
「君には、これがいいだろう。私が開けてあげるから」
彼が耳元で囁く。
「えっ?!」
「買いたい物ってこれだけ?」
「あっ、待って。先生と同じピアスが欲しいの。」
「・・・・先生じゃないだろう?ん?」
鼻先が当たるくらいに顔を近づけてくる。
この人は、プライベートでは、ちゃんと名前で呼べという。
私には、この人の名前を口にする事がいまだに恥ずかしくてできないでいる。
「えっと、これと同じピアスも買うの。」
私は、耳元に光っているそれを指差した。「これか?これなら、ファーストピアスだから、こっちのピアッシャーの付属品だな。よしこれを買おう。」
「あっ。う、うん。」
私が財布を出そうとすると、あの人は、それをさえぎって自分のカードで支払いを済ませた。
「あっありがとう・・・。」
今日は、どもってばっかりだ。調子を狂わせっぱなしだ。
「俺も買いたい物がある。付き合ってくれ。」
「うん。」
もう諦めて、この人に付いていくことにした。
「確かぁ、ここ。」
そこは、高級ブランドのショップだった。
「こっ、こんなところで何買うのさぁ?」
「そんなこといいから指のサイズ何号?」
「えっ?!そんなの知らないわよ。」
「じゃあ、測ってもらおう。あ、すいません。エンゲージリングってどこにありますか?」
「はい、少々お待ちください。ただいまお持ちいたします。」
店員は、店の裏に消えた。
「ちょ、ちょっと、どういうこと?」
「そろそろ予約しといてもいいかなと・・・・・。」
また、私の隣でしたり顔をしている。
何を言っているのか理解するのに少し時間がかかった。
そうこうするうちに店員がいくつかのエンゲージリングを持って、戻ってきた。
「さぁ、どれがいいんだ?」
さぁ、どれがいい?と聞かれてもこっちは、未だに心の整理がつかないのに。
どうしたらいいのだろう?どうしたら・・・・
「もう!!私は、どうしたらいいのさぁ!?」
気付いたら声に出していた。
店員も、少し離れて商品を見ていた他の客も、驚くほどの大きな声で。
あの人は、呆れた顔で私を見ている。
「驚かせたのは、解っているんだ。君にまだ心の整理ができていないことも。でも、俺は真面目に考えているんだ。」
私は、この人に見つめられると何か見透かされているようで恥ずかしくなる。
「また、俺から目を背けるのか!?君は、いつもそうだ。こう云った話になるといつも蝶のようにふわふわと・・・・」
今私は、たぶん真っ赤な顔をしているのだろう。
この人は、さっきの私の声より大きい声を出していた。
「・・・っ、ごめん。今日は、帰ろうか。」
「待って。待って・・・」
私は、いつの間にか涙を浮かべていた。
「まっ・・ってってばぁ・・・」
私の顔を大きな手で包み、私を真っ直ぐに見下ろす。
「こっ怖かったの・・・うぐっ・・・ほんとに好きになっちゃった・・・この気持ちに気づいちゃったら・・・・」
「好きだよ。俺は、君が好きだ。君が俺をどう思っていようと・・・」
公衆の面前で抱きしめられた。
私は、条件反射であの人を押しのけた。
「こっこれがいいわ。この一番シンプルなやつ!!これっくださいっ!!」
その中で一番、安い値段の値札の付いている指輪を指して言った。
彼は、満面に微笑みを称えて、私の隣に立つ。
「本当にこれでいいのか?こっちの方が高級に見える。」
一番、高い値札の付いている指輪を指さして言う。
「こういうのは、値段じゃないのよ!!これっこれがいいの!」
「わかった。これ下さい。」
おもむろにカードを取り出す。
「ありがとうございます。サイズは、いかがいたしましょう?」
店員は、微笑んで聞いた。「私もサイズは、わからないので、測って下さい。」
「では、こちらへ。」
「ご婚約おめでとうございます。またのご来店をお待ちしております。」
二人でサイズを測ってもらい、指輪の予約をして、店を出た。
そのあとB級ホラー映画を見て、フレンチを食べた。
帰りの車の中、あの人はまたにやけ出した。
私が訝しがっていると、話し始めた。
「本当は、今日買わしてくれるとは思ってなかったんだ。だめもとでも言ってみるもんだなぁ。」
こっちは、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしたのに、あの人は笑っている。
「ふん。私を予約するなんて100万年早いのよ!!」
私は、そっぽを向いて大口をたたく。
「なぁ、舞。」
彼に名前を呼ばれるとは思ってなかったので、私はとっさに振り向いてしまった。
不覚にもキスをされてしまった。
信号待ちの間ずっと・・・
とても長く甘い甘いキスだった。
私は、何もできずにまた、眼をつむっていただけだった。
そのあとは、終始無言だった。
私のアパートに車を横付けしてくれた。
「オヤスミ」「オヤスミナサイ」
狭い階段を昇る。
ふと、あの人と結婚して一緒に暮らし始めたら・・・と想像してみた。
「ああ、それだけで恥ずかし死にできるわぁ・・・。」
これから先の事はもう少し後回しにできないかなぁと考えてしまう。