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白蛇様?  作者: 黄緑
一章
8/18

8.売り物として

柚が立ち去って半時ほどが経過した現在、入り口近くにある時計はぴったり十時を示していた。


「おい、気づいてるか?」

「何にです?」

「ほら、さっきから店長と話し込んでいる二人組」

メレさんの視線の先には黒スーツ姿の二人組がいた。なにやら、店長と話し込んでいる様子。

一人は三十代前半とおぼしき男で、無精ひげが目立つものの、そこそこ知的に見える容姿をしている。

もう一人は一体何歳なのか童顔で学生にすらみえる女性。こちらはピシッと背筋を伸ばし、メモを片手に話しに耳を傾けているようだ。


「あの二人がどうかしました?」

「いや、さっきからお前の方をちらちら見ているんで、もしかしたら購入希望者かもと思ってな」

「なんか揉めてますね」

ここからじゃ会話の内容は聞き取れない。


男は何やら頼み込む仕草をしているが、店長らしき店員は首を振ったり、溜息をついたりしている。

しばらく話し込んでいたが、どうやら交渉決裂したらしく二人組はこちらを一瞥した後、店内から出て行った。

「……」

「どうかしました?」

「いや、なんでもない」

そうは言いつつも、二人組の去って行った方から目を反らさないメレさん。なにか気になることでもあるのかな。


黒服が去った後、あり大抵に言って俺は大人気者になった。


来日したばかりのパンダやモナリザほどではもちろんないが、ひっきりなしに客が俺を覗きこんでくる。

最初は無視して茅さんを目で追っていたのだが、やがてあまりの多さに諦めた。

動物園の人気者達は毎日こんな心情なんだな、いやまだあっちの方がマシだろう。客との距離が離れているんだから。こっちはいくらガラスの壁があるとはいえ、顔二つ分しか離れていない。しかも、リアル巨人に見下ろされているのだ。それだけでも、恐怖心倍増だというのに。


耐えきれず顔を背けて木材の陰に避難すると、客の中には余程俺の額が見たいのかケージを叩き、そちらを向くまでやめない奴もいた。

特に子どもは要注意だ、限度を知らないからな。

仕方なく顔を店内に向け、これも買ってもらうためだと、じっと耐える。

慣れない状況にストレスで吐きそうだ。


客たちはだだ、己のその場限りの好奇心を満たしてるにすぎないのだろう。しばらく観察した後、すぐに他の事に目移りし、何事もなかったかのように立ち去って行く。どんなに客層が立ち替わろうともそれは変わらなかった。

結局、買うそぶりを見せた者さえいなかった。簡単に手が出る値段ではないので当然だろうが。

声を掛けるのは早々に断念している。


やっと客のピークが終わって俺にとって濃過ぎる、蛇としての半日が終わった。



窓から薄橙色の日射しが差し込む時間になって、柚は本当に来店した。

「爺ちゃん、この子よ」

一目散に俺のいるケージの前に駆け寄って来て、ウインクする。

遅れて柚の隣に立ったのは紳士風の爺さんだった。爺さんといってもその物腰は若々しさを保っており、背筋はまっすぐだ。

手にしている杖もこの爺さんが持っていると、一種のおしゃれに見えるから不思議だ。


「……」


「どうしたの? 爺ちゃん?」

どうやら、柚の祖父らしい。

挨拶せねば。あと、買ってもらうためのピーアール! これ大事。

「初めまして、煉と申します。(わたくし)しがない蛇ですが、変温動物特有の低体温を生かし、真夏など冷えピタ代わりにご使用いただけます。あと、鱗onlyですので抜け毛の心配もありません。なるべくトイレや臭い等も自分で対処するしだいです。是非、買っていただけないでしょうか?」

背筋を伸ばし、お辞儀も忘れない。


「……」無反応。


あれ? この爺さんにも神力効かなかったのかな?


は! 抜け毛とかタブーだったのかも、あのふさふさの白髪は実は(かつら)だとか! それで怒ってリアクションしてくれなかったとか。

やっちまったー。


絶望的な心境で柚を見ると、柚も祖父の反応を上目づかいで窺っているようだ。


「爺ちゃん?」

「これが欲しいのか?」

「うん」

「いつから趣向が変わったのじゃ?」

「ダメ?」

コテッと首を傾げる柚。


「……よかろう、店員を呼んできなさい」

「本当? 爺ちゃん大好き」

祖父に抱きつき、満面の笑みで喜びを表した後早速、店員を呼びに行った。

この爺さん、終始表情は変わらなかったが孫に頼られて嬉しいのが雰囲気でわかる。


「あの……本当に買っていただけるんですか?」

無反応。こちらを凝視してはいるが、全くリアクションがない。

やはり、俺の声は聞こえていないのか?


「お客様、この白蛇をご購入していただけると窺ったのですが」

店長バッチをつけた野太い声の店員は入荷してわずか一日目で高価な商品が売れるなど想像していなかったのだろう、テンションがやたら高い。気持ち悪い笑みを浮かべながら急ぎ近づいてくる。


「飼育道具一式もすべてもらおう」

それを聞いて、店長はますますテンションが上がったようだ。得意げに話し始める。


店長から飼育に必要な道具について説明を聞いている間、

「柚、本当に買ってくれるんだな」

柚にこっそり話し掛ける。こっそりなのは俺の声が柚にしか聞こえないようだからだ。

俺のせいで柚が変な子みたいに思われるのはなんか癪だからな。


「言ったでしょ、よかった売れてなくて」

「まあな。ところでよく爺さん承諾してくれたな」

「うん、孫の魅力の勝利よ」

「ああ、そう。ところで、もう一つずうずうしいお願いがあるんだが」

「何?」

「相方のメレさん、じゃなくて隣のカメレオンも一緒に買ってもらえないか?」

「お友達? んと、君がメレさん?」

柚は視線を隣のケージに移す。


「悪いな、俺の声はこの少女には聞こえない」

少し寂しそうに言うメレさん。渦巻いた尻尾も心なしか萎れたように見える。しかし、視線はしっかりと柚に向けており、柚もメレさんと同じ目線に合わせる。

柚はたいして悩むことなく、フッとやわらかくほほ笑み、

「いいわ、爺ちゃんに言ってくる」

再び祖父に駆け寄り、交渉を始めた。


そして、たいして時間を経てることなく、

「OKがでたわよ。これからよろしくね、えーと、カメレオンのメレさんそして、君は……名前は白太郎でいい?」

「なんだよ白太郎って、いくら白蛇だからって安易すぎるぞ。俺の名前は煉だ」

柚は飼い主になってくれたのだから、そこは妥協すべきかもしれない。

しかし、やっぱり譲れない。白太郎って……。

「煉?」

「そう」

「ふーん、白太郎って呼んじゃダメ?」

「なんで白太郎に拘るんだよ、普通に煉と呼んでくれ」


購入手続きは滞りなく行われ、一日しかお世話になってないケージに別れを告る。

その後、新しい移動用ケース移動させられる。もちろん茅さんの手で。

「よかったわね、かわいらしい女の子が買ってくれて」

ちょっと寂しそうに見えたのは気のせいではないはず。


茅さん、またいつか必ず会いに来ますから、待ってて下さい。

再会を誓い、メレさんと共にペットショップを後にする。


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