4.奇妙な新人②
白蛇が示した尻尾の方向には赤ガエルがいるはずだ。
学名 ニホンアカガエル。全長3~6cm。
慎重に尻尾の示した方を辿る。
やはり、この方向にはまだ3cmと小さめの赤ガエル4匹が販売されていた。
相手は両生類だぞ? こいつ、爬虫類(同類)とでも思い込んでんのか?
白蛇の全長は約25cmといったところか、白蛇の方も小さめとはいえ、
「いくらなんでも相容れないだろ! お前らにとって喰いもんじゃねぇか!」
「食う? 何言ってるんですか、健全なるお付き合いから始めさせていただきます」
「健全なるお付き合いってなんだよ? 水槽入れんのかお前?」
「それはもう少し進展してからでしょう? てか、さっきから何言ってんですか、そっち方面の話ばっかり。あれ? いつの間にかうさぎコーナーに移動してたようです」
その言葉を聞いて、視線をさらに左方に移動させてみる。そこには客に子ウサギを抱かせ、抱き方のレクチャーをしている店員の姿があった。
「ん? もしかしてお前の恋した相手ってのは……」
「イエス!」
また、爬虫類コーナーに沈黙が訪れた。まぁもとから物音一つしないコーナーではあるのだが。
どうやら、この白蛇はただの可哀想な奴ではないようだ。
*****
メレさんはこげ茶色の皮膚色を元の緑色に変色し直した。
「ぶっ、あはははは」
「ちょっ、なんで笑うのさ」
メレさんは顔を背けたまま笑い続けている。
「悪い、つい我慢できなくてな、ぶふっ。そうか、茅野って呼ばれているあの店員か」
語尾がまだ震えてますよ?
「メレさん、茅さんのこと知ってるんですか?」
「さっきから俺のことメレさんって呼んでるとこ悪いんだが、なんかイメージ掴みにくいし、やめてほしいのだが……」
「あ、俺のことは煉と呼んでください。んで? 茅さんって美人ですよね~ 下の名前知りません?」
「…………残念ながら下の名前は知らん。だが、ここのスペースにいる奴らは全員彼女の世話になってんだ、その他の事ならお前よりは知っている。俺たちの扱いは丁寧かつ迅速、掃除も行き届いてるしサボったこともない。愛想もいいし、まさに理想の飼い主だろう? ここじゃ全員彼女みたいな人間に憧れている」
「おのれライバルが! ではなくて、飼い主?」
現実逃避してた。
そうだよな……俺って白蛇に転生したんだったな。
これが現実。いい加減、夢オチでないことはわかってたのに。
ああ……人間だったら……
隣に純白のウエディングドレス姿の花嫁が見えた。
二人でゆっくり祭壇へ上がり、そして神父の話を聞く。
「茅さん」
茅さんがほほ笑みを返してくれる。
やがて茅さんとの距離は近づいていき……
「やめとけ」
急に聞こえてきた渋い声により現実に戻される。
「っ!!」
「どうした?」
「ちょっ、人の妄想台無しにするのやめてくださいよ!」
近づいた瞬間、顔がメレさんに見えたじゃないか。
「どんな妄想してたんだよ、忙しい奴だな。とにかく、やめておけ」
「どうしてですか?」
見た限り、茅さんが爬虫類好きであることは明確。恋人にはなれなくても、飼い主とペットの関係なら低くとも可能性はあるはず。
「お前、自分の現状わかってるのか?」
「現状って、ここはペットショップで俺は白蛇で、これから先、売れても売れなくても一生籠の中の蛇として生きていくしかない、この現状のことですか?」
「普通の白蛇ならな」
「?」
「つまり、お前は普通じゃないっと言っている」
「へ?」
「あぁそういえば生まれたばかりつってたな、知らなくて当然か。俺は何も嫌がらせでやめとけと言った訳じゃない。だだ、現実的に物事を言っただけだ」
「お前が普通じゃないといえる第一の証拠として、そこの紙に数字があるだろう?」
「えぇ、80.000とありますね、これ蛇の値段としては高いんですか安いんですか?」
「俺の紙見てみろ」
「店長オススメ 変色カメレオン 価格 500」とある。
500……。
「なんだよ……可哀想な奴を気遣うような目で見つめるな! 可哀想な奴はお前だろ! この価格も他の奴らに比べれば十分高値なんだよ、お前が異常だっつの」
「知らなかった、カメレオンってワンコインで買えちゃうんだ」
「ワンコインじゃねぇ、銀貨500だ」
ん? なんか今、変な単語が聞こえなかった?
「銀貨っていいました?」
「ああ」
「銀貨ってなんですか?」
「銀貨っつうのは、要するに価値を表す単位だ」
「それは知ってます。なんで銀貨なのかと。あぁ、あれですか昔の五百円玉は銀色でしたもんね」
「どうも、お前の言っている意味が所々理解できんのだが。ごひゃくえん玉ってなんだ?」
価格を理解できるのに、五百円玉を理解できないわけがない。
上手くかみ合わない会話が続き、小さな違和感は膨らんでいくばかりだ。
「こちらとしても、なんか意志疎通しずらいんですよね」
「まぁいい。第二に額にルーンがあることだ」
「ルーン?」
「いわゆる神力を表す触媒だな。これが強すぎる者は、きちんとコントロールできない限り必ず周囲を狂わす。なぜ、お前の額に浮き出ているのかはわからんが、どうやら異常な高値の原因はその額にあるようだな」
「神力?」
「お前、本当になんにも知らないんだな。神力っていうのはだな……」
「ちょっと待ってください。メレさん、その前にちょっと確認させてください」
「なんだ?」
「ここは日本で合ってます?」
「合ってるぞ」
よし、これはクリア。
「では、今平成何年何月何日ですか?」
「知らん。こんな場所にいるんだ、日付なんて知るわけないだろ」
あ、それもそうだ。
ならば……
「もしかして魔法とか、超能力ってあります?」
「あるぞ。超能力って言い方より魔法が一般的だがな」
はい、アウト。ここ日本じゃねーな。ファンタジーだ。
「……80.000ってどれくらいの価値があるんですか?」
「うーん。豪邸が買えるな」
「では最後に、メレさんって何者ですか?」
「……どういう意味だ?」
「本当にカメレオンなんですか?」
どうもこのカメレオンには人間臭さとも言える雰囲気がある。ちょっと中年な感じ。
「さあな。どうしてそう思う?」
「いやだって、まるで人間と話してるみたいですから。言葉のキャッチボール良好過ぎですもん」
「そういうお前はなんなんだ? 俺としても多少齟齬はあるものの、ここまで会話が成立した相手はお前が初めてだぞ」
質問を質問で返されて、改めて自分の存在について考えてみる。
「俺は……」
一体、なんなのだろう?
言い淀んでしまう。突然、目覚めたら蛇になってたのだ、それは自分自身こそ問い掛けたい質問だ。
いくら、ポジティブを信念に生きてきた俺でも完全に現実を受け入れきれたわけではない。やっと、受け入れ態勢に移行してきたところだ。
本当に神様とか来てくれないかな。後ででもいいから登場してくれれば、許せそうな気がする。多分だけど、自信ないけど。
「……言いにくそうだな。まぁここまできたらお互い腹わって話そうや」
メレさんの方も何か思うことがあるのか、なにやら思案しているようだ。
「えぇ」
これも何かの縁。とりあえずわかる範囲だけでもと、俺も覚悟を決める。
「まず俺は記憶喪失だ。気づいたらこのケージの中に居てな、今に至る」
「俺も! 俺もです。今朝気づいたらここでした」
「ふむ。どうやら同じ境遇のようだな」
「いえ、まぁ似たようなものですが俺には記憶があります。だだし、どうやらこの世界のじゃないみたいですけど……あと、一応人間でした」
「つまり異世界では人間だったと?」
「えぇ、信じてもらえないでしょうけど」
「いや、信じるさ。なんだか、ますます他人事に思えなくなってきたな。そうだ、お前がいた世界の話聞かせてくれ。長いこと退屈してたんだ、話題に飢えている」
「もちろんです。代わりに、メレさんもこの世界のこと教えて下さい。今日は寝かせませんから覚悟してくださいね」
「まるで修学旅行のノリだな」
こうして、蛇ライフ初の爬虫類仲間を得ることができたのだった。
※視点が変わる時は*****で区切ってます。