15.巡り巡って①
温かい。赤土とは違った感触だが、すごく身近で触り慣れた感触が頬に伝わってくる。
寝返りを打とうとして全く体が動かない事に気付いた。
「珍しいルーンがある事と生後間もない事以外は普通の蛇でしたので、無事に処置は終わりました。内臓も無事でしたし、落ち着くまではこのまま様子を見ましょう。二日ほどこちらで預かりますのでまた、二日後様子を見に来て下さい」
「よろしくお願いします」
落ち着いた声と、丹羽の声が聞こえてきて、俺はせめて首だけでも起こそうとした。
寝起きのためか、妙に体に力が入らない。それでも、わずかに高くなった視点から周囲の様子を確認する。
ここはどこだろう? なんか既視感を覚える。
目前にあるのはプラスチックの格子、眼下にはタオルが敷かれていた。
激痛のしていた下半身は三分の二にわたってテーピングされ、ガチガチに固定されている。
格子から外の様子を覗いてみると、左方3メートルほど離れた位置に白衣を着た男と看護師さんらしき女性、そして丹羽がいた。丹羽以外は笑顔でなにやら話し込んでいる。
そうだ、俺、女の子に振り回された後、その母親によって車道から捨てられたんだった。えーと、あの後必死で斜面を登っている所に丹羽が来て、助けを求めて、そして……あれ、どうなったんだっけ?
とかなんとか考えているうちに、丹羽達はどこかへ移動しようとしている。
丹羽に礼を言いたいが、あいつまた逃げるかな。
「丹羽ー」
叫んでみた。叫んだ瞬間、丹羽の肩がビックと反応する。
遠くから犬や猫の唸り声や、物を引っ掻いているような音が聞こえる。消毒液の臭いも漂ってるし、このパターンだとここは動物病院かな。
丹羽は獣医らしき人物に断りを入れた後、おそるおそるといった感じでゆっくり近づいてきた。
立ち変わるようにして他の二人は出て行ったので、室内は俺と丹羽の二人っきりになった。
「……」
「お前がここまで連れて来てくれたんだな。ありがとう、助かった」
「……」
「もう死ぬかと思ってたとこだったんだ、何時間もあの茂みの中で立ち往生しててさ。投げ捨てられたとき、運悪く尖った岩に思いっきりぶつかったせいで、尻尾は変な方向に曲がるし、痛いし」
「……」
「って、おーい。聞いてるか? 大丈夫か? なんか顔色悪いぞ」
「……」
「また、幽霊でも見たのか? あ、ええと、今更だけどお前、丹羽だよな?」
「……そう、だけど……」
虚ろな声で丹羽は答える。そのまま通路にずるずるとへたり込んで、茫然と俺を眺めている。
「……なんなんだよ」
「ん?」
「なんで先輩の声でしゃべるんだよ?」
「は?」
「冬木先輩みたいな声でしゃべらないでくれ。あと口調も」
「ええと……」
声質は生前と同じなんだ。声質って自分じゃわからないもんだな。
「先輩の声じゃなかったら、僕は絶対に立ち止まったりしなかった。それをわかってて、やっているのか!?」
今まで黙りこんでた分、一気に言葉を吐きだしてくる。
「こんな超常現象、認めないからな」
そんな丹羽と(一方的な会話だが)話していると、知り合いということもあり、自分が死んで蛇に生まれ変わったなんてどこかの夢物語のような錯覚に陥る。自分は人間でそれが当たり前のようで。丹羽とは高校の部活で知り合って以来の仲だ。臆病な奴だが、一度決めたことは何がなんでもやり遂げる意志の強い奴で高校を卒業した後もたまに食事に行くような間柄だった。
「大体、どうして僕に話し掛けてきたんだ。人通りの少ない道とはいえ明るい内なら他に誰か通ったばずだろ? 第一、なんで昨日はペットショップにいたのに今日は亥毛坂のガードレール下になんかいるんだよ」
丹羽の奴、しゃべって何か否定してないと現実が受け入れられないのか、さっきからしゃべり続けている。傍から見れば奴は大きな独り言を叫んでる様にしか見えない。そろそろ止めるべきか。
「きっと昨日の朝、食べたキノコ汁に幻聴作用をもたらすキノコが混じっててそれでこんなことに……」
「落ち着け後輩」
否定から現実逃避へ話が移り変わろうとしているところ悪いが、話を進めよう。
「!?」
「なんていうか、その……俺は別世界の冬木 煉だ。たぶん」
「…………」
「あ、待て待て、帰ろうとするな。いや、もう夜も遅いだろうしこれ以上迷惑かけるわけにもいかないか。とりあえず言わせてくれ、ありがとな助けてくれて」
なんか、白蛇になって以来感謝ばかり言ってるな。本当に一人じゃ無力だ。
丹羽がピタリと立ち止まる。
「何者なんですか? 霊的なものではないようですけど、先輩の声使って何がしたい?」
俺の事をどう扱うべきか迷っているらしい。敬語とタメ語が混ざっている。
「んー、これは地声なんだけどな。俺は冬木 煉だけど、この世界にも俺が存在するなら、厳密にはお前の知っている奴とは別人だ」
「なんで蛇がしゃべってるんですか?」
「そんなこと言われてもな。言っとくけど、俺の声が聞こえるのお前も含めて二人だけだぞ。冗談と思うなら、さっきから入り口近くで心配そうに見ている看護師さんを見てみろ」
丹羽は入り口へ視線を向ける。そして、看護師さんの気の毒そうな表情を見た後、
「もう、帰ります。疲れました」
「おう、気をつけて帰れよ」
「……先輩……」
丹羽が何やら呟いたようだが、よく聞き取れなかった。
「あ、そうだ、一つだけ頼まれてくれないか?」
「もうここまできたら、怪我が治るまでは協力しますよ。なんですか?」
「桜瀬っていうでかい屋敷を知らないか?」
「知ってます。有名ですから」
「そこに電話して伝えてくれないか、白蛇は無事だって」
柚の奴、心配してるかな。
図書館から亥毛坂までのくだりなんですが、何度書いてもヒステリック母親が動かず考えた末に端折る事にしました。
今後、回想でちらりとだすかもしれませんが、いきなり話が吹っ飛び申し訳ありません。