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白蛇様?  作者: 黄緑
一章
13/18

13.行動開始

「図書館?」


場所は変わって、ここはリビング。

高い吹き抜けのある天井から温かな日射しが差し込んで、作りつけの淡い木目調の棚とテーブルを優しく照らしている。少し古めかしい調度品も変に存在感を与えるものではなく、むしろこの広い空間にほどよく調和していた。


白米、味噌汁、納豆、塩鮭、浅漬け。

今日の桜瀬家の食卓は典型的過ぎるともいえるジャパニーズ・モーニングセットだった。もう、昼過ぎなのでジャパニーズ・ランチセットといった方が正確かな。


俺達用に少量ずつ用意されたそのランチを食べながら、俺は話を切り出した。神力については伏せつつ、目的である亀に会いに行きたい事、その亀の居場所を探している事を伝えた。今の自分の状況と今後の方針については柚の協力が必要不可欠だ。俺の必死さが功を奏してか、柚はせっかくの休日なのに快く協力を申し出てくれた。亀の居場所は柚も心当たりがないらしく、しばらく悩んだ後、とりあえず町の図書館で調べてみることになった。なんでも、魔法関係の資料が多くあるとかで。



今後の方針が決まった所で食事再開。

味噌汁ご飯うめーっと夢中になっていると、なんとなく視線を感じてご飯の入った醤油皿から顔を上げた。


柚が目をしばたたせ、嬉しそうに

「美味しい?」

と、微笑んだ。

塩鮭も食べてみてと、細かくほぐしたものを皿に入れてくれる。


「おお、サンキュー」

茅さんみたいな落ち着きある美人さんってわけではないけど、活発で感じのよい少女だ。

最初に出会った客が柚でよかった。




昼食後。


あらかじめ、柚はお手伝いさん全員に集合をかけていたらしく、一人また一人とお手伝いさんが姿を現す。しばらくして全員揃ったのを確認すると、嬉々とした表情で俺らを紹介し始めた。


「昨日から家族になった、白蛇の煉とカメレオンのメレさん。よろしくね」


今朝出会った菜野さんを含めたお手伝いさん達は、俺らを見た瞬間引きつった笑みを浮かべた。これが、普通の反応なんだなと思うと急に悲しくなった。中には興味津津で尻尾を触ってくるお手伝いさんもいたが。

お手伝いさんは二十代~四十代と、年齢層が幅広い。柚が一人一人名前を教えてくれたのだが、正直、皆さん服装や髪形が似ているので一度で全員覚えるのは不可能だった。菜野さんだけは、言わずとも覚えることができたけど。今朝の悲鳴といい、怯えた表情といい、こちらもトラウマだからお互い様だろう。




図書館へはベンツで送迎してもらう事になった。


図書館へ行くだけなのにベンツってどうなの? 自転車でよくない? 遠ければバスとかいくらでも交通手段はあるだろ。そんな俺の心境など意図もせず、あまりにも自然な流れでそうなったため結局言いだせなかった。

運転手は昨日と同じ人だった。初対面ではないということもあるが、神経質そうな外見とは裏腹に俺らを見ても全く動じない。けして、無視しているわけではないその絶妙な距離感が、無性に嬉しかった。



ベンツは静かに川沿いの公道を、下るように進んでいる。

ふと見上げると、薄く遮光されたサイドガラスから飛行機雲が一筋覗けた。


車内はほどんど揺れない。


俺はその揺れが完全に止まるまで、車外の風景を目で追い続けた。それというのも、少しでも目線を動かせば柚の胸元があってときたま抱き寄せるものだから、嬉しいんだけど落ち着かない。

「もうすぐ着くわよ」

そんな俺の心中を知ってか知らずか、柚は機嫌良さげに微笑んだ。



とくに信号に引っかかることもなかったからか、十分ぐらいでごく普通規模の図書館の前に到着する。くすんだクリーム色の外壁に、そこそこ新しい案内板がミスマッチだ。


「ありがとう、稲葉さん。また連絡するから一旦屋敷に戻ってて」

稲葉さんというのか。

「いえ、お戻りになるまで駐車場にて待機しております。私の事は気になさらず、調べものに専念なさって下さい」

「そう? わかったわ。そんなに遅くならないと思うから」

異常なまでの丁寧語を使う稲葉さんと別れ、入館する。



「いい? 絶対に勝手な行動はとらないでよ」

「わかってるって」

俺とメレさんは小さなランチバックから顔だけを覗かせた。


多分に洩れずこの図書館もペット出入り禁止だったが、こっそり入館することにした。

館内は、休日の午後ということもあり、それなりに人出も多い。新刊書籍や絵本コーナーを通り過ぎ、地理・歴史・魔法・伝記……とほとんど人気のないコーナーをしらみつぶしに見てまわる。少し奥に入り込んだだけで、静閑とした空気が場を支配する。さきほどまでの喧騒もここには届かない。パワースポット的な地名が紹介されている資料コーナーを重点的に調べていく。


「これなんて、載ってそうじゃない?」

柚が手にしたのは「全国の神社」という、期待できそうなタイトルの雑誌だった。雑誌といってもハードカバー並みに分厚い。今まで閲覧者がいなかったのか確実に時代を経ている感はあるのに、表紙にはほとんど傷がついていない。

柚は本棚の脇にある一人掛けの椅子に腰かけると、ペラペラと内容を確認していく。


「なぁ、柚」

「なに?」

「この辺りなら人気(ひとけ)も無いし、この本棚の下段で他に目ぼしい本がないか探してくる」

「見つからないようにね」

柚は辺りを見渡した後、そっとバックから出してくれた。通常は屈まなければ探しにくい位置も、俺なら見上げれば済む。何もかも柚に頼りっぱなしなのも気が引けていたところだし、これぐらいは任せてほしい。


「何かあったら大声だして。そんなに距離はないから大丈夫とは思うけど」

「了解。メレさんはここにいて下さい」

「そうさせてもらう。久しぶりに今朝歩いたもんだから、腰が痛くてな」

同じ量を歩いたにも関わらず今のところ俺に疲労感はない。若さの違いかな。ゆっくり休んでいてください。そう言い残し、早速資料探しを開始した。


下段に並べられている本は、一応ジャンル別に並べられてはいたが、本の大きさはバラバラで統一感はなかった。こういう、本同士の隙間こそ目当ての本はあるもんだ。気分は探偵かトレジャーハンター。

一列分の下段を捜索し終えたが、目ぼしい本はなかった。今度は向かい合っている方の本棚を捜索しながら折り返す。


「へへっ」

妙な視線に気がつき、振り返った。

本のタイトルばかり気をとられて、周囲への警戒が疎かになっていたようだ。そこには、いかにもいたずら大好きといった五歳ぐらいの女の子がしゃがみ込んでいた。女の子はまっすぐ、俺を見つめている。


嫌な予感しかしない。


その女の子は小さな手を俺へ伸ばす。

「あ、あのさ、向こうにアンパンマンの絵本があったよー。お母さんに読んでもらっておいで」

さっと、身をかわしつつ、無駄を承知でそんな事を言ってみた。案の定、言葉は通じなかった。女の子は止まらない。


「ちょ、本当やめろって」

俺が後退する、女の子が前進する。


「へへっ」

薄紅色の唇が吊り上がる。


「勘弁して」


「エへへ」

かすかにまくれあがった口元から犬歯が覗いているのだが、その巨大さも相まって猛獣の牙を連想させた。


あっけなく鬼ごっこ終了。突然の襲撃になすすべなく捕まってしまった。


柚のいる位置から最も遠い位置であり、丁度死角になっている所まで後退させられたせいで事態は悪化してしまった。

俺の尻尾を掴かみ、逆さまにぶら下げながら女の子は歩き出す。声を出す暇もなく、ブンブン振り回された。


体験したこのとない浮遊感と落下感覚が繰り返され、脳が混乱する。

気持ち悪っ…………。吐く、これ吐くって。なんかもう喉まできてるっ。

キャハハハっと駆けだす女の子を止めることなど無謀だった。短時間だったが、意識がとんでたようだ。

そのことに気付く頃には完全に柚達と逸れてしまっていた。

は! やばい、これ以上離れると自力で戻れなくなる! 


手加減を知らない握力に耐えながら、

「柚―、メレさーん!」

精いっぱい声を張り上げる。

出入り口付近の周囲は少なくはない数の人で溢れているのに、誰も俺の声に反応しない。小さな女の子が蛇をぶら下げながら、歩いているなどというシュールな光景。俺が小さいせいもあるが、一人ぐらいこの異常な光景に気付いてほしい。


「誰かー、気付いてくれー」

ああ、やっぱり聞こえないか。どうしよう、柚、早く気付いてくれ。

てっきり親の所へ行くものだとばかり思っていたが、予想を裏切り館内から出てしまった。


最悪だ。


いや、落ち着け。なんとかこの状態を抜け出し、駐車場にあるベンツまでたどり着ければいいだけの話ではないか。


幸い、まだ図書館の敷地内だ。それに、柚の事だ、既に俺がいなくなった事に気付いているはず。

叫んでも、俺の声が聞こえる奴がいる可能性が低いのはペットショップで実践済みだ。まずは、この女の子の手から逃れることだけに専念せねば。

必死に上半身をくねらせて、脱出を試みるが効果なし。咬みつくのはさすがに躊躇した。ぺシぺシと尻尾の先で抗議する事しかできない、己の無力さを実感する。



女の子は俺をぶら下げたまま迷うことなく歩みを進める。


…………どこまで、行くんだよ全く。



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