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白蛇様?  作者: 黄緑
一章
12/18

12.金持ちと庶民  ~庭~

今朝方、徹夜の屋敷探索で疲れきった俺はたどり着いた赤土の上で熟睡した。自分ではかなり寝入ってしまった感があるのだが、次に目が覚めた時、時刻は八時少し前とそんなに時間は経過していなかった。顔を洗ってすっきりさせたい。腕は無いので、洗えはしないだろうが濡れタオルに顔を擦りつければなんとかなるだろう。柚が顔を洗いに行くときに、一緒に連れって行ってもらうか。


ケージを出ようと飾り木をつたいながら、斜め下方を見下ろす。そこには、巨大なベットが朝日に照らされて存在している。白を基調としたダブルベットで、高級感ただようシーツは非常に柔らかそうだ。


そんな、高級ベットの住人である柚の寝相は悪いの一言だった。すやすやとメルヘンチックな寝息、なぜか絵柄が表裏逆状態の毛布にくるまって、気持ち良さそうに眠っている。当然、枕は床の上、掛け布団も床の上だった。

色気の欠片もない無防備な寝顔をしばらく眺めた後、改めて自分の身体を見下ろしてみた。


いっそ前世の記憶なんて無かったらよかったのに。


体感的にはつい最近まで何気なくしていた行為が、急にできなくなるというのは予想以上に辛いものだった。昨日はいろんなことがありすぎて考える余裕さえなかったけど、徐々に今の身体に慣れるにつれてもどかしさが募っていく。 起き上がるたったそれだけの行為が、リモコンを押す動作ひとつ、できなくなってみると単に不便とかじゃなくて、その行為がすごいことのように思えて愛おしさまで感じられる。


このままいけばそのうち、人間だった時の感覚も何もかも忘れるのだろうか。

俺は頭を振って、無理やり嫌な考えを振り払った。


と、その時ベット脇に置いてある爆音目覚まし時計がその名にふさわしい爆音を奏で始めた。

…………いつになったら起きるのか、この少女は。このままだと近所迷惑。てか、俺が迷惑。


苦労してベット上まで移動する。想像以上の柔らかさと滑らかさを兼ね備えたシーツの感触を、少しばかり堪能した後、

「えい」

「ひやっ」

腹を柚の首筋に当てる。俺の冷えピタ攻撃? で柚がビックと反応し跳ね起きた。地味にショックを受けた。そんなに過剰に反応しなくてもいいのにさ……。想像以上の効果に、した方もされた方も互いにびっくりした。


半眼で睨みを効かせる柚に、

「ほら、いいかげん起きろ」

そう呟いた瞬間、白猫のぬいぐるみが飛んでくる。危ういところでこれを回避。柚は不機嫌そうに目覚ましを止めると、無言で再び毛布に包まり二度寝を開始した。柚の豹変ぶりに混乱する。な、なんか性格変わってますよ。野球選手なみの剛球でしたよ。低血圧ですか、低血圧のせいですよね。いるよね、寝起きで性格変わる奴。

「寝かせといてやれ」

「あ、おはようございますメレさん」

落ち着いた渋い声に安堵する。

ああ、おはようと返事を返しつつ、一部始終を見ていたらしいメレさんが飾り木をつたって近づいてきた。


「このまま寝かせといてもいいんでしょうか、学校遅刻になっちゃいますよ」

柚は高校生だ。高校までどのくらいの距離があるのかはわからないが、現在時刻八時七分である。たとえ、学校が近くてもかなり危ない時間帯ではないだろうか。

「今日は土曜だったろ、普通の休日のはずだ」

そういえば、姉が週末は帰ってこれないとか言ってたな。

「なら、もう少しこのままでも大丈夫そうですね」

飼い主を気遣うのも、恩返しのうちだ。それに、さっきはギリギリ回避できたが、再びあの剛球を回避できる自信はない。寝起きとは思えないほどの威力だった。洗顔は諦めることにして、しばらく待つことにする。

半刻ほどが経っただろうか、一向に起きる気配はない。暇を持て余した俺とメレさんは、気晴らしに朝の散歩に出掛けることにした。

     ・

     ・

     ・

肌寒い風と、色づいた紅葉に秋の訪れを実感する。視界を覆う草花の隙間をぬって、すっかり慣れた蛇行で歩を進める。

あまりに、散歩が楽しくて朝の散歩というよりは観光ハイキングといった感じになっているけど。いつの間にか、日は高く昇り、肌寒さも温かな日射しで気にならなくなっていた。広大な庭の中で、比較的屋敷に近い花壇の周囲を散策した後、その花壇の中も探索する。

人間だったなら、その体格比ゆえに荒してしまうとこだが、今は小さな一爬虫類である。ちょっとやそっとじゃ何も影響はない。逆に花々たちの存在感に圧倒されっぱなしだ。散策する際、小さな花が植えられているコーナーへは立ち入らず眺めるだけとし、その他は根元を踏まないよう注意して進む。


異世界の植物はたくましい。きちんと手入れの行き届いたその場所には、もうじき厳しい冬が訪れるであろうこの季節に色とりどりの花が咲き乱れていた。


「いい天気だなー」

歩を止めて俺は空を仰いだ。

秋空特有の、高く薄い雲。屋敷の向こうから吹いてくる風はどこまでも爽やかで、すがすがしい。

こんな季節だから、空気が乾燥していてもよさそうなもんだが、緑の匂いを含んだみずみずしい風は勢いそのままに過ぎ去っていく。

「この季節は一番散歩に適してる時期だな」

隣で空を仰いでいるメレさんの一言。

「そうですね、散歩でこんなに清々しい気分になれるなんて知らなかったです」

「そうだろう」

もっとこの世界を楽しめ、と付け足されて俺はもちろんですと、頷いた。


なんやかんやで白蛇生活は、二日目に突入した。


最初はペットショップで売られてるし、屋敷の中で遭難するし、幽霊には遭遇するし、今朝方爬虫類の苦手なお手伝いさんに悲鳴をあげられた時は精神的にキツかったし、自分でTVのチャンネルを変えることすら苦労する蛇としての暮らしに頭を抱えた。

時間が経つにつれ、たとえ蛇に生まれ変わっても異世界だろうとも、何事も慣れが重要だということを実感させられた。度胸と広い感性が身に付いたと思う。たった二日しかこの世界で生活してないのに、俺はこの地での暮らしをごく自然に受け入れるようになっていた。開き直ったともいうかな。

隣で、逐一説明してくれるメレさんの存在も大きい。結構、耐性とかもついてきたのではないだろうか。


「若様、イエローベリーの実が食べごろですよ」

「若様、この先に少し大きな土の塊があるので足元お気をつけください」

「若様のご友人、私の肩にいる虫食べちゃってください」

「若様のご友人、私にとまっているミツバチさんは食べないでくださいね」

ざわざわと庭の花たちが歌うようにざわめく。


「一周したらまた来るからそのときな」

「心配しなくても、虫なんぞ食べん」

ほらね、こんな風にちょっとやそっとじゃ動じない。


植物と会話するなんて非日常的なことを受け入れている自分がおかしくなる。

散歩を開始してからずっとこんな感じ。いい加減、慣れてしまった。

メレさんも軽く受け流しているところをみると、この世界では別に珍しい事ではないようだ。

植物といっても、すべての草花が会話できるわけではなかった。基本、花壇に植えられている形状にどこかしら違和感のある花たちのみ会話できる。


だだ、第一声が若様だったのには別の意味で驚いた。俺を若様と呼ぶ奴はあの幽霊以外考えられない。

幽霊は共通電波でも飛ばしているのだろうか。花に、なぜそう呼ぶのか問いてもいまいち要領が得ない。

「若様は若様でしょー」

「若様と仲良しだから、若様のご友人ー」

あの幽霊の方がまだ話しやすかった。別に、若様と呼ばれても嫌な感じがするわけではないし。次に、出会った時に確認してみるか。


ちなみに、昨晩出会った幽霊に関してはまだメレさんに言ってない。何というか、タイミングが難しい。

どうせなら、驚かせたいし。結局、やっぱり言うなら夜だろって結論に至った。


静かなお昼時。


蛇目線だからこそ見えてくる、草花たちの力強さや土の匂いの香ばしさ、以前の常識よりはるかに大きい生き物たちに毎分毎秒が新鮮だ。

「悪くないなー」

生前でいうサッカーボールほどもあるダンゴ虫を横目で見ながら、柔らかな土の上に寝そべる。ひんやりとした心地よい感触を楽しんだ。

と、

「煉―っ! メレさーんっ!」

屋敷から、飼い主である少女の声が響いてきた。俺達は急いでもそんなに早くは進めない。それでも、即座に散策を中断すると屋敷の方へ急ぎ向かう。予想通り、柚の方が先に俺達を見つけ駆け寄って来た。余程、必死になって探してくれたのか息が荒い。


「もう、起きたら二人ともいないんだもの、心配したじゃない」

急にいなくなった俺達を心配してくれたようだ。置き手紙等もしてこなかった(できなかった)上に、散歩に夢中になり過ぎていたことを反省。

「悪い、本当はもっと早く戻ろうと思ってたんだけど」

「まぁ、二人ともそれだけうちの花壇を気にいってくれたってことね、許してあげる。でも、これからは一言伝言なりなんなり伝えてからにしてよ。菜野さんが君達の事覚えてくれてなかったら、お手伝いさん総出で屋敷中を捜索するとこだったわ」


菜野さんとは今朝俺らを見た瞬間悲鳴をあげたお手伝いさんのことに違いない。階段の手すりを滑り降りてくる爬虫類の行動は、さぞ印象的だった事だろう。ちゃんと謝ったのだが、あのお手伝いさんにも俺の声は聞こえないようだった。


若干早口だが、寝起きの不機嫌を感じさせない柚。この感じだと、ぬいぐるみ投げつけてきた事とか覚えてなさそうだな。本人には内緒だが、寝起きで半眼は嫌に迫力があった。



というか、今まで寝てたのだろうか。




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