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白蛇様?  作者: 黄緑
一章
11/18

11.金持ちと庶民  ~住居~

無駄に広い柚の部屋の一角に、ペットショップと同じ形態で大きめのケージが設置されていた。そこが新たな住居となった。


淡いピンク色のカーテン、柔らかな電灯に照らされている壁紙や姿見の枠は白で統一されており、ベット周辺は猫のキャラクターグッズで溢れている。全体的に淡い色が好みのようだ。余程きれい好きなのか、それとも単に毎日お手伝いさんが片づけているのか、掃除が隅々まで行きとどいている。清潔で整然とした空間は一見、生活感のないようにも見えたがよく見渡してみると、勉強机の上には飲みかけのカップや読みかけらしい雑誌が定位置とばかりに広げられていた。クローゼットから布の切れ端がはみ出ているのを見つけた時は思わず笑ってしまった。


安心できる、そう思えた。ペットショップと比べるまでもない。

ペットショップでは、人の目線が半端なく絶えがたいストレスを感じていた。

ついさっきまでそんな環境にいたせいか、嬉しくてしかたない。


案外、幸運というのは立て続けに舞い込んでくるものらしい。


蛇に転生ってところが腑に落ちないが、神様というのは相当な気分屋のようだ。




女子高生の部屋に爬虫類用のケージが構えている様子は異様だが、部屋が広いため妙に収まりがいい。ケージの内外を、大きめの飾り木が繋いでいるため出入りは自由。柚は自分の部屋を爬虫類が闊歩しても動じないずれた神経の持ち主のため、自由が約束されたのだ。


俺のケージの隣にはメレさん用のケージも設置されてある。

赤土がメインでその他は枯れ木しか置かれていない俺の内装とは違い、そちらはまるで細い枝がバランスよく配置されたジャングルジムのようだ。


ついさっき出会ったばかりの少女は、お屋敷に迎え入れてくれただけでなく、こんな完璧な住居スペースまで用意してくれた。湿度管理までさせちゃって厚かましいよなぁと思うだけの常識は俺にもあるのだが、柚の嬉々とした表情で加湿器を弄る好意を無下になんてできない。



ケージの一角に窪地を作り、寝床を確保した後、さっそく飾り木を伝ってケージを抜け出す。


体が蛇のため、移動は苦労するかと覚悟していたがどうやら杞憂のようだ。身体構造は全く違っても、本質的に前へ進むという感覚で体が行動についてくる。最初は戸惑ったが、部屋の中を移動しているうちに慣れ、問題なく移動できるようになった。


少しずつ視線の位置(床上1cm)や物の大きさに慣てくると、今度は探究心が芽生えてきた。

無性に隙間やベットの下が気になるのは、蛇としての本能なのだろうか。

一人で探検とは少し寂しいが、メレさんは早寝早起きがモットーらしく部屋に着いて早々寝入ってしまったのだから仕方ない。柚も、風呂に入ってくると出て行ったきり帰ってこないし。





…………で、どこにいるんだ俺は? ふと首を傾げて周囲を見渡す。

部屋を出ていろいろ探索するうちに、気づいたら遭難していた。


おっかしいなー。確かこの角を右折して、真っ直ぐにしか進んでないはずなのに。

うろ覚えの記憶を辿って、さらに歩を進めていく。


本当にちょっと行って戻ってくるつもりだったのに、いつの間にか方向感覚を失っていた。


実はもうかなりの時間うろついている。


桜瀬家の廊下。俺にとって廊下という言葉の響きは相応しくない。迷路とか、巨大な外国の路地裏的通路って言葉の方がしっくりくる。

重々しい扉、どこまでも続く通路、つるつるに磨かれた床はどれも同じようにしか見えず、同じ通路を何度も往復している気分だ。その事も相まって息が切れそうになってしまう。


夜の空気は研ぎ澄まされたように冴え、どこまでも静かで寒々しい。

電灯は灯っておらず、はるか頭上に位置する窓から差し込む月明りだけが頼りだ。


自分の方向音痴を愚痴りつつ、屋敷のでかさにも愚痴りつつ、休憩多めに探索続行。


俺はのろのろと徘徊する。静けさが身に馴染まない。思えば、一人でこんなに静かな空間にいるのは久しぶりだ。確か、柚の部屋の前には薄紅色の高級そうな花瓶があったよな? 曖昧な記憶だが、それが唯一の手がかりだった。

今、目の前にある扉の右横には紺色の細長い花瓶が飾られている。迷路のような廊下に面する扉の傍らには、どうやら全部、色も形状も異なる花瓶が飾られているようだ。外の景色でも見れれば方向がわかるかもしれないが生憎、窓まで登るすべも身長もない。


「まぁ、その内辿りつけるだろ」

独り言が、虚しく響く。


響くのは自分の独り言だけ。これだけ部屋の数があるのに扉の向こうからは人の気配はおろか、物音一つしない。出張中の両親を含めても五人暮らしって話なのになんでこんな部屋数にしたんだか。 金持ちの感覚はやっぱり理解に苦しむ。



暗闇でも問題なく見える瞳孔に感謝しつつ、彷徨っていると、

「なんだ、あれ」

妙な生物を発見した。


先の方だけくにゃりと萎んだとんがり帽子に、ふさふさまんまるの綿飾り。そいつは廊下の隅をこしこしと布で拭きあげている。隣にある観葉植物がやたらでかいため不自然だ……って、いや、そいつが俺と同サイズってことか?

「ファンタジーだー……」

思わず呟いたその言葉が聞こえたのか、そのとんがり帽子は振り返った。そいつは一見、人間の子どもだった。

顔立ちは幼く、服装は黄色いサンタクロースのような格好をしている。最近、というかこの世界で出会う人間すべて巨人だったので、妙な違和感を覚える。改めて正面から見てもやっぱりサイズが同じだ。身長15cm~20cmしかないのではないだろうか?


「○□××!?」

なんか叫ばれた。聞きなれない発音に首を傾げ、俺はどうリアクションしてよいのやら身動きとれずにいる。

そいつはまた何やら叫んでいたが、やがて小首を傾げると、スタスタと近寄って来て頭突きしてきやがった。

「いてっ、なんだよいきなり」

「やっと、スイッチ入りましたね」

今度ははっきりとした日本語が聞こえてきた。


「日本語?」

「残念。違います。妖精語ですね、簡単に言いますと」

妖精? 妖精ってあの、いたずらしたり、姿を見たら呪われるなんて恐ろしい童話もある、あの?

「あー。うん、じゃ俺はこれで」

見なかったことにしよう。再び、屋敷探索に戻ろうと来た道に向き直る。


「なーにが妖精だ。忙しいなファンタジーって」

「何が忙しいですか、しっかり現実と向き合って下さいよ」

尻尾を掴まれ、先に進めない。仕方なく視線を元に戻した。


「現実……」

俺は目の前の妖精を観察してみた。人間そっくりなんだけど、俺と同サイズ。

そいつは人形と言いきるには、あまりにも生気に満ちあふれていた。ほんのり赤みのあるふっくらした頬も、動きに合わせふわっと揺れる銀髪も。

「現実……?」

「さっさと認めて下さいな。認めたらまずは自己紹介からですね」

おい、勝手に話を進めるな。と言っても目の前の生物には何を言っても止まってくれそうにない。

改めて見ても、リアルすぎて幻の類でもなさそうだ。もういいさ、認めるさ。ふぃーと深呼吸。

俺が諦めモードで聞く体制に入ったのを確認すると、そいつはしたり顔で続ける。


「私はブラウニーのコメロ。以後お見知りおきを、白蛇様」

「ブラウニー? てか白蛇様?」

「左様。私は屋敷妖精です。白蛇様」

「いやいや、屋敷妖精なのはわかった。だけど、なんで俺に様を付けるんだよ」

「なぜと言われましても、目上の方に様を付けるのは常識でしょう?」

「どこの世界に蛇を様付で呼ぶ妖精がいるんだよ」

基本、ツッコミ体質ではない俺が口を挟まずにはいられなかった。


「はあ」

「それに、目上ってなんだ。妖精ってとてつもなく長生きするものなんだろ? 多分、お前の方が年上だと思うぜ」

「変わった方ですな。もしや、生まれたばかりなのですか?」

なぜ、わかったのだろう? ああ、俺って子蛇だからだな。

「ああ、昨日生まれ変わったばかりだ」

「そうでしたか。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「煉と呼んでくれ。あ、様付しなくていいからな」

「煉殿」

「いや、それもちょっと……」

こんな、子どもにそんな風に呼ばれたら落ち着かない。

「では若様でよろしいですか?」

まぁ、一番マシな呼び名ではあるな。

「わかった。でも、変に敬語とか使わなくていいからな。される意味もわからんし」

からかってるだけかとも思ったが、言葉の響きは真剣でそういう感じは全くしない。


再度、心意を確かめようと口を開きかけたその時、異変に気付いた。思わずぎょっと目を見開く。

妖精……コメロの体が透けているのだ。それも、徐々に進行している。


「ちょ、お前透けてるぞ」

「おや、どうやら時間切れのようですな。では若様、またお会いできるのを楽しみにしております」

慌て驚く俺に対し、コメロは静かにそう言い残して、完全に消えてしまった。


急に静寂が訪れる。


なんてことだ、妖精と見せかけて幽霊だったとは! 

この際、相手が幽霊でも、もう驚いてやらない。だが、まさか幽霊をこの目で見る日が来るとは。早速メレさんや柚に教えてやろう。メレさんはあんまり驚いてくれなさそうだけど、柚のリアクションは期待できる。

妖精やら魔法などは現実離れしすぎて実感に乏しいが、幽霊は後輩に敏感な奴がいたためちょっとは現実的に捉えれる。イメージと大分違ったが、現実ってこんなものだろう。



気の早い小鳥のさえずりが聞こえる。どうやら、夜が明けたようだ。



幽霊って本当にいるもんなんだなー。

初めて心霊現象に出くわしたという興奮は、時間がたってからも継続するもの。しばらく、どんな風に語ろうかと考えを脳内に展開しつつ歩を進めていた。どの道をどう辿ったのかわからないが、ふと見上げると見覚えある通路だった。唯一の手がかりである薄紅色の花瓶がそこに存在している。わずかに開いた扉から中を覗くと、予想通りでかいケージのある柚の部屋だった。ホッとしたのと同時に眠気が襲ってきた。


柚もメレさんも寝入っているようだ。今しがた経験した体験談を聞いてほしかったが、どうやら体は想像以上に疲労しきっている。


徹夜で屋敷を彷徨っていたからな、少し寝よう。


飾り木を伝って確保しておいた窪地に落ち着くと、そこで意識は完全に途絶えた。


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