薔薇はまだ棘を隠している
「お嬢様、お目覚めのお時間です。」
……ん?
誰だろう。
目を開けると、知らない天井があった。
いや、知らないどころじゃない。
映画でしか見たことのないような天蓋付きのベッドに、豪華なシャンデリア。
「……え、どこ?」
思わず声が漏れる。
昨日は確か、仕事帰りにコンビニへ寄って、それから——。
そこから先が思い出せない。
「お嬢様?」
目の前には、メイド服を着た女性が心配そうに立っていた。
……待って。
これ、どういう状況?
「鏡、ありますか?」
とりあえず確認しよう。
寝ぼけてるだけかもしれないし。
そう思って鏡を覗いた瞬間、思考が止まった。
「……え」
赤い髪、翠の瞳。
知らない美少女が、私と同じように固まっている。
「いやいやいや」
思わず鏡に近づく。
頬を触れば、向こうも触る。
「……私、じゃん」
いや、違う。
私じゃない。
でも、私だ。
「……これ、もしかして」
頭の中で、一つの名前が浮かぶ。
リディア・アルヴェイン。
乙女ゲームで主人公をいじめて、最後には婚約破棄される悪役令嬢。
「……嘘でしょ」
誰に言うでもなく、小さく呟いた。
けれど、鏡の中の少女は当然何も答えない。
落ち着け。
こういうときは深呼吸。
一回吸って、吐いて。
……全然落ち着かない。
「お嬢様、お加減が優れませんか?」
侍女が一歩近づく。
まずい。
今ここで「私、日本人なんです」なんて言ったら、それこそ終わる。
「……少し寝ぼけているみたい」
口から出た声は、自分でも驚くほど自然だった。
「かしこまりました。本日は王立学院の入学式でございます。ご準備を」
――入学式。
その一言で、背筋が冷えた。
ゲームは、そこで始まる。
主人公と攻略対象たちが出会い、リディアが”悪役令嬢”として登場する日。
つまり、破滅までのカウントダウン開始。
「……最悪」
思わず本音が漏れた。
「何かおっしゃいましたか?」
「ううん、何でもない」
何でもないわけがない。
むしろ最悪だ。
ゲームの記憶が正しければ、リディアはこのあと主人公を敵視して、ことあるごとに突っかかる。
そして最後は婚約破棄、国外追放。
バッドエンド一直線。
「……でも」
鏡の中の自分を見る。
その未来を選ぶのは、“リディア”じゃない。
今ここにいるのは、私だ。
性格も違えば、考え方も違う。
同じ結末になる理由なんてない。
「よし」
私は小さく頬を叩いた。
まずは情報収集。
次に味方を作る。
そして何より——
「絶対に目立たない」
悪役にならなければ、断罪なんてされないはずだ。
私はそう結論づけて、部屋を出た。
その十分後。
「リディア様、お美しいです!」
「今年も王子殿下のお隣ですね!」
「やはり公爵令嬢は違いますわ」
……ものすごく、目立っていた。




