『退路の勇者ミア――「逃げろ」と言われた勇者の妹、九万八千人を連れて生き延びる』
勇者の妹なのに、私は一度も剣を抜いたことがない。
魔物を見たら逃げる。
勝てそうでも逃げる。
仲間が戦おうとしたら、一緒に逃げる。
なぜなら十年前、世界で一番勇敢だった兄が、死ぬ直前にこう叫んだからだ。
「ミア、逃げろ!」
だから私は兄の遺言を、十年間、本気で守った。
その結果――。
「ミイイイアああああ! いい加減止まれええええ!」
「嫌ああああ! 止まったら死ぬうううう!」
十八歳になった私は今日も、魔物に背中を向けて全力疾走している。
◇
王都近郊、黒き森。
湿った腐葉土を蹴り上げ、枝を手甲で弾き、私は森を駆け抜ける。
背後から、大木をへし折る音が迫る。
グレートグリズリー。
三メートルを超える巨熊。
討伐推奨ランクC。
対する私はFランク冒険者。
戦ったら普通に死ぬ。
以上。
「お前も冒険者だろ! 剣を抜け!」
横を走るDランク剣士ガイルが怒鳴った。
「嫌!」
「即答すんな!」
「抜いて構えるまでコンマ三秒! その間に首が飛ぶ!」
「戦わなきゃ倒せねえだろ!」
「倒す必要ある!?」
「討伐依頼だぞ!」
「あ」
「忘れてたのか!?」
巨熊が咆哮した。
「まあいいや! 逃げる!」
「よくねえええ!」
巨熊は速い。
直線なら人間など五秒で追いつかれる。
だから直線では逃げない。
「左!」
「そっちは崖だ!」
「知ってる!」
「じゃあ行くな!」
「崖っぷち最高!」
「お前の価値観どうなってんだ!」
崖まで二十歩。
十歩。
三歩。
「伏せて右!」
私は崖縁の岩棚へ滑り込んだ。
ガイルの襟首も掴んで引きずり込む。
直後。
巨大な灰色の塊が鼻先を通過した。
急旋回できなかった巨熊が、そのまま崖下へ消える。
一秒。
二秒。
――ドォォォン。
谷底から重低音。
「……ふう」
私は額の汗を拭った。
「逃げ切り完了」
ガイルは青ざめたまま私を見た。
「お前……最初からこれ狙ってたのか?」
「もちろん」
「だったら言え!」
「喋ったら呼吸が乱れて速度が落ちる!」
「そんな理由で俺は死にかけたのか!」
ちなみに。
腰に差した小振りの剣は、兄の形見だ。
十年間、一度も抜いていない。
◇
「討伐数、ゼロ」
夕方。
王都中央冒険者ギルド。
受付嬢エリスが報告書を見ていた。
「滑落死が一頭」
「あなたは倒してません」
「結果的には死にました」
「薬草採取数、ゼロ」
「逃げる途中で捨てました」
「依頼達成率――」
エリスが額を押さえた。
「今回も最低評価です」
「でも全員帰ってきた」
私は胸を張った。
「四人で行って、四人で帰ってきました」
「それだけは異常なんですよね」
「ん?」
エリスが分厚い台帳を開いた。
「ミアさん。冒険者になって七年ですね」
「長い付き合いになりました」
「あなたが参加した遠征で、死者が何人いるか知っていますか?」
「さあ」
「……ゼロです」
隣のガイルが固まった。
「……は?」
「重傷による引退者もゼロ。入院を要した者すら三人だけ」
「みんな逃げる判断が遅いんですよ」
私は肩をすくめた。
「勝てない敵と戦うから死ぬんです」
「冒険者は普通、魔物と戦う仕事です」
「変な職業ですよね」
「あなたが言います?」
エリスがため息をついた。
「知っていますか。あなたの二つ名」
「《脱兎のミア》」
「もう一つ」
「《ビビリのミア》」
「気にならないんですか?」
「ビビってますからね、実際」
「認めるんですか」
「怖くない人から先に死ぬんですよ? それに」
私は腰の革鞘を撫でた。
「……兄さんが逃げろって言ったから」
エリスが黙った。
ガイルも黙った。
王都では、その名前を知らない者の方が少ない。
アルト・アルベルト。
十年前、魔王軍の先遣隊から村人を逃がすため、一人で殿を務めて死んだ若き勇者。
私の兄だ。
「兄さんは逃げなかったじゃないですか」
エリスが静かに言った。
「うん」
「なのに、どうしてあなたは逃げるんです?」
「……さあ」
私は笑った。
「最後に、そう言われたから……かな」
その夜。
夢を見た。
燃える麦畑。
焼けた毛皮の臭い。
八歳の私の手を握って走る兄。
木柵まで、あと少し。
背後から魔獣の咆哮。
兄の手が離れる。
『ミア』
背中を突き飛ばされた。
『逃げろ!』
『兄さんも!』
『走れ! 振り返るな!』
銀色の剣が鞘を払う音。
獣の咆哮。
肉が裂ける音。
私は走った。
振り返らなかった。
それが、兄を見た最後だった。
◇
三日後。
私は安宿の屋根裏窓から王都を見ていた。
毎朝の日課だ。
東門は野菜の荷車。
西門は鉱山の重馬車。
中央大通りは広いが、市場が開けば実際に人が通れる幅は半分。
雨なら北東区画は泥濘。
南西の水道橋には保守通路。
東の染物街の奥には、都市拡張前の古城壁。
南区画の木材集積場には、資材運搬用の頑丈な仮設橋。
あそこを仕切っているのは、木材ギルド長のグスタフさんだ。
昔、兄さんが魔獣から幼い娘さんを命がけで逃がして以来、彼は私を本当の娘のように気にかけて、敷地の合鍵や作業日程を教えてくれる。
『アルトの妹なら、いつでもうちを逃げ道に使え』
って。
どこが詰まるか。
どこなら抜けられるか。
七年間逃げ続けた私には、王都の道が血管のように見える。
そのとき。
北の空に黒煙が上がった。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
「……北砦陥落?」
背筋が冷えた。
北砦から王都まで五十キロ。
敵が大軍なら、早くても六時間。
六時間あれば。
南門を開けられる。
食料を分散できる。
怪我人を先に出せる。
私は紙へ避難経路を書き始めた。
二時間後。
北の空に、無数の黒点が現れた。
「……嘘」
飛行魔獣。
何十。
いや、何百。
「早すぎる」
私の予測が外れた。
四時間も。
直後。
王都の鐘が六度鳴った。
魔王軍襲来。
◇
「Cランク以上は北門へ!」
「Dランク以下は城内警備!」
中央ギルドは蜂の巣を突いたような騒ぎだった。
「エリスさん!」
「ミアさん!?」
「今、王都に何人いる?」
「八万五千――いえ、収穫祭前なので九万八千ほど!」
私は地図を見た。
北。
戦闘正面。
東。
橋一本。
西。
敵進軍路の側面。
南。
「南しかない」
「何がです?」
「逃げ道」
エリスの顔が変わった。
「籠城命令が出ています」
「え?」
「全市民を南部街区と地下区画へ収容。城門は閉鎖です」
「九万人を城の中に閉じ込めるの?」
「城外で敵に捕捉されたら全滅します!」
正しい。
普通なら。
でも。
「北砦も、普通なら二週間持つはずだった」
私は走った。
◇
王城正門。
「軍の責任者に会わせて!」
「理由を」
衛兵隊長は笑わなかった。
だから私は全部話した。
北砦。
敵の速度。
飛行戦力。
人口。
避難経路。
隊長は最後まで聞いた。
「却下する」
「どうして!」
「城外へ出した九万人を、飛行魔獣から誰が守る?」
言葉に詰まった。
「王都には三重防壁がある。備蓄も一月分。南方軍が来るまで籠城する。それが最も生存率が高い」
軍は馬鹿じゃない。
ちゃんと考えている。
私の方が間違っている可能性だってある。
でも。
「北砦も、その計算だった」
「……」
「私も今朝、間違えた。敵は予想より四時間早かった」
隊長を見る。
「だから怖いの。今回の敵に、いつもの正解を使うのが」
その瞬間。
北の空が光った。
王都を覆う大結界に亀裂が走る。
隊長が振り返った。
「馬鹿な……」
もう一撃。
結界の一角が砕けた。
「……早すぎる」
隊長の口から、私と同じ言葉が漏れた。
数秒後。
「南門を開けろ!」
隊長が叫んだ。
「老人、子供、負傷者から段階避難! 総司令部には俺から報告する!」
軍が動いた。
でも。
遅い。
九万八千人。
普通に逃がしたら間に合わない。
私は中央市場へ走った。
◇
「全員聞いて!」
発火粉を炸裂させる。
市場の数千人が私を見る。
「南門が開く! でも全員一斉に走ったら、魔物に殺される前に人間同士で潰し合う!」
ざわめき。
「子供と老人は中央大通り! 健康な人は職人街へ!」
「家財はどうする!」
「置いて!」
「店を捨てろっていうのか!」
「死んだら店どころじゃない!」
私は叫んだ。
「騎士も勇者も戦ってる! 何のためだと思う!?」
誰も答えない。
「私たちが逃げる時間を作るためよ!」
一人の母親が子供の手を握った。
走る。
二人。
十人。
百人。
群衆が動いた。
私はギルドへ戻った。
「Fランク! Eランク! 全員集合!」
「何するんだ!」
「逃げる!」
「またかよ!」
「今日は九万八千人で!」
「規模がおかしいだろ!」
壁に地図を貼る。
「第一経路、南門! 老人、子供、負傷者!」
線を引く。
「第二経路、水道橋保守通路!」
さらに一本。
「第三経路、染物街の古城壁!」
「行き止まりだぞ!」
「壁は四メートル。外は土手! 梯子を掛ければ抜けられる!」
「なんで知ってる!」
「三年前コボルトから逃げて飛び降りた!」
「お前の人生どうなってんだ!」
「逃げて生きてる!」
冒険者たちが笑った。
そして。
「よし、やるぞ!」
低ランク冒険者が散った。
戦えない者。
弱い者。
いつも英雄の後ろにいる者。
そんな人間ほど、逃げ道を知っていた。
◇
南門。
貴族の大型馬車が道を塞いでいた。
「侯爵家の馬車であるぞ!」
私は中の老婦人を見る。
「お願い。馬車を捨てて」
「この荷がいくらすると思っています?」
「分かりません」
「なら――」
「でも」
後ろを見る。
子供。
老人。
赤ん坊を抱えた母親。
「この馬車のせいで、あの人たちが止まってるのは分かります」
老婦人も見た。
長い沈黙。
「……ハンス」
「はい」
「馬を外しなさい」
「奥様?」
「歩きます」
宝石箱を馬車へ残し、老婦人が降りた。
「命より高い宝石など、持っていても仕方ありませんから」
馬車が脇へ押し出される。
人の流れが戻る。
そのとき。
「北門突破!」
伝令の声。
空気が凍った。
まだ二万人以上残っていた。
◇
「南門を閉める!」
「待って!」
「魔物が市街へ入った! 門外の避難民まで殺される!」
「あと三十分!」
「誰が稼ぐ!」
「私たち!」
「ミア!」
血まみれのガイルが走ってきた。
後ろに数十人の低ランク冒険者。
「腕自慢の腰抜けども、連れてきたぞ!」
「最高!」
私は皆を見る。
「戦わなくていい!」
「は?」
「魔物を倒そうとするな!」
「冒険者に何言ってんだ!」
「石を投げろ! 鍋を叩け! 油を撒け! 追ってきたら逃げろ!」
「それって……」
盗賊風の男が笑う。
「お前がいつもやってる、みっともない逃げ方じゃねえか」
「そうよ!」
私は笑い返した。
「みっともなくて何が悪い!」
胸を叩く。
「死ぬくらいなら逃げろ! 生き残った奴が勝ち!」
一瞬の沈黙。
ガイルが笑った。
「聞いたか野郎ども!」
剣の腹を盾へ叩きつける。
「今日だけは英雄になるな!」
「腰抜けになれ!」
「逃げるぞおおお!」
冒険者たちが散った。
◇
魔物を路地へ引き込む。
曲がる。
撒く。
石を投げる。
また追わせる。
低ランクだからできる戦いだった。
十分後。
「うわっ!」
一人が転倒した。
足首が折れている。
「置いてけ!」
青年が叫ぶ。
「俺を置いて逃げろ!」
隣の盗賊が戻った。
「馬鹿」
「二人じゃ逃げ切れねえ!」
「そうだな」
背負う。
「だから近道使うぞ」
「お前……」
「逃げるんだろ?」
盗賊が笑った。
「全員で」
私はその背中を見た。
胸の奥で何かがほどけた。
逃げるって。
一番速く走ることじゃないのかもしれない。
◇
炎を見た。
燃える街。
十年前と同じ臭い。
焦げた木。
血。
焼けた肉。
私は八歳に戻った。
『ミア、逃げろ!』
兄さん。
どうして。
あなたは逃げなかったの。
◇
昔。
村の畑で聞いたことがある。
『兄さん、勇者って怖くないの?』
『怖いよ』
『じゃあなんで戦うの?』
兄は木剣を肩に担いだ。
『逃げられない奴がいるからかな』
『逃げられない人?』
『小さい子。怪我した人。年寄り』
『その人たちのため?』
『うん』
兄は笑った。
『みんなが逃げる時間を作る奴が、一人くらいいるだろ』
『それが勇者?』
『別に勇者じゃなくてもいいよ』
『じゃあミアは?』
『逃げろ』
『なんで!』
『弱いから』
『ひどい!』
兄は笑った。
私は怒った。
だから、その先を忘れていた。
『でもな、ミア』
兄が頭を撫でる。
『逃げるのだって、ちゃんと難しいんだぞ』
◇
「ミア!」
現実へ戻る。
ガイルが叫んでいる。
「上級魔族だ!」
中央大通り。
黒い甲冑の魔族が、南門へ向かっていた。
あれを通せば。
終わる。
「私が行く」
「馬鹿! あれは逃げても追いつかれる!」
「だから」
私は街を見る。
水道工事。
仮設橋。
排水路。
木材置き場。
そして笑った。
「逃げ道を作る」
◇
「水門を開けられる?」
「全部か!? 河川敷が濁流になるぞ!」
「避難民は?」
「もう抜けた!」
「じゃあ開けて!」
「グスタフさん!」
「おうよ、ミア! 何だ!」
「あの仮設橋、落とせる?」
「戻れなくなるぞ!」
「戻る道はいらない!」
私は走った。
油樽を動かす。
路地を塞ぐ。
退路を一本だけ残す。
私のためじゃない。
魔族のために。
◇
「こっちよ!」
上級魔族へ水瓶を投げた。
「小娘……!」
追ってくる。
私は逃げる。
右。
左。
橋。
路地。
全部、予定通り。
「逃げるだけか!」
「そうよ! ただし……」
私は振り返った。
「世界で一番上手にね!」
工事区画へ飛び込む。
魔族も来る。
「水門!」
鐘。
轟音。
濁流が排水路から噴き出した。
「何――」
「橋!」
ロープが切られる。
仮設橋が崩れた。
魔族だけが向こう岸へ取り残される。
「卑怯者!」
「知ってる!」
南から鐘が鳴った。
ゴォォォン。
避難完了。
九万人が逃げ切った合図。
「でもね」
私は兄の剣を握った。
抜かない。
「生き残るためなら、卑怯でいいの」
濁流が魔族を押し流した。
私は背を向ける。
戦わない。
追わない。
勝ったかどうかも確認しない。
ただ。
逃げた。
◇
翌朝。
王都北部は焼け落ちていた。
白亜の城壁は崩れ、焦土からまだ熱気が立ち上っている。
血と鉄錆の臭い。
仮設天幕。
私は毛布に包まれて粥をすすっていた。
騎士団長が報告書を読む。
「現住人口、九万八千二百名」
息を止める。
「避難成功、九万七千六百余名」
「……死者は?」
「七十三名。行方不明二十一名。重傷四百十二名」
「……七十三人」
俯く。
「もっと早く動けてたら」
「そうかもしれん」
騎士団長は慰めなかった。
「次は」
私は顔を上げた。
「もっと上手く逃がす」
「そうしてくれ」
隣に、当代の勇者がいた。
「あなたがアルト殿の妹ですね」
「ええ」
「私は彼に憧れて勇者になりました」
勇者は焼けた王都を見る。
「昨日まで、敵を倒せば人を救えると思っていた」
「違うの?」
「半分は」
彼は私を見る。
「俺たちは敵を止めた」
そして頭を下げた。
「あなたは、人を逃がした」
「私は逃げただけ」
「それが必要だった」
その言葉で。
兄の声を思い出した。
『逃げるのだって、ちゃんと難しいんだぞ』
その先。
『一番速く走る奴が、一番上手いわけじゃない』
『じゃあ誰?』
『遅い奴と一緒に帰ってくる奴』
八歳の私は笑った。
『そんなの遅いじゃん!』
『そうだな』
兄も笑った。
『だから難しいんだ』
十年間。
私は兄の言葉を間違えていたのだと思っていた。
違った。
間違えていなかった。
逃げ続けてよかった。
生きていてよかった。
兄さん。
私、ちゃんと逃げられたよ。
みんなと一緒に。
◇
一か月後。
「ミア・アルベルト!」
中央ギルド。
「はい」
「今回、王室と冒険者ギルドは、新たな専門職を設置する!」
「嫌です」
「まだ何も言ってない!」
「ランクアップなら嫌です」
「違う!」
ギルド長が羊皮紙を広げた。
「《退避誘導士》」
「……何それ」
「討伐数ではなく、危険予測、撤退判断、避難路設計、救助誘導を評価する」
私は目を瞬いた。
「魔物を倒さなくても?」
「いい!」
「剣を抜かなくても?」
「いい!」
「逃げても?」
「むしろ逃げろ!」
「天職じゃん!」
「お前のために作ったんだよ!」
ギルドが笑いに包まれた。
「そして第一号、ミア・アルベルト」
ギルド長が告げる。
「二つ名、《退路の勇者》と共に《退避誘導士》の任を与える」
「勇者は兄さんだけでいいんだけどな」
そう言いながら。
少しだけ、嬉しかった。
◇
外へ出る。
秋空。
広場で泣き声がした。
小さな男の子。
転んで膝を擦りむいている。
その向こうから、荷馬車を抜け出した小型の牙猪。
大人たちは武器を探している。
間に合わない。
私は走った。
剣は抜かない。
男の子の前へ滑り込む。
小さな手を握った。
「怖い?」
「……うん」
「私も」
「お姉ちゃんも?」
「うん」
牙猪が地面を蹴る。
私は笑った。
「じゃあ、一緒に逃げよう!」
走り出す。
小さな手が、私の手を握り返す。
十年前。
兄は私の手を離した。
私を、生かすために。
だから今度は。
私はこの手を離さない。
兄さん。
あなたが私にくれた「逃げろ」は。
ちゃんと、次の人まで届いたよ。
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