本当は優しい「兎と亀」
寓話の「兎と亀」を元にした、優しい物語。
むかしむかし、人間国と動物国が、戦争をしていたころの話――
動物国のとある村に、白兎の「ピョン太」と、泥亀の「亀吉」という、
二人の若者が暮らしていました。
ぴょん太は、村一番の俊足で、白い耳を風になびかせて走れば、誰もその背中に追いつけません。
村娘たちは、ぴょん太が村中を駆け抜けるたびに、目を輝かせました。
「きゃあ! ぴょん太さん、ステキーッ! なんて早いのかしら!」
「あんなに速く走れるなんて、まるで白い風みたい! カッコイイ!」
「ぴょん太さぁ~ん、お嫁さんにして~~っ!」
村娘たちの黄色い声援を受けたぴょん太。
得意げに鼻を鳴らし、長い耳をピンと立てました。
(相変わらず、娘連中はやかましいぜ。まあ俺がカッコイイのは、認めるがな!)
ぴょん太が走りすぎると、村娘たちは声を押し殺して、お喋りしだしました。
「それに引き換え、亀吉さんはダメね」
「ホント! 愚図でのろまな鈍亀だものね~っ」
「それにいつも変な匂いがするし。あたし、亀吉さんとは、絶対結婚したくないわ!」
村娘たちが、亀吉をバカにする声は、ぴょん太の長い耳には聞こえていました。
(ったく! 娘連中は、何も分かっちゃいねーぜ。
確かに、亀吉の足は遅いが、それがなんだっていうんだ。
あの硬い甲羅を見てみろ、下手に蹴飛ばしたらこっちの足が折れちまう)
ぴょん太は、口には出しませんが、亀吉を認めていました。それどころか、その硬さの前に劣等感さえ感じていました。
すると前方にドブさらいをする、亀吉の姿を見つけました。
泥を運ぶための樽が積まれた荷車をドブの脇に止め、溝用の木鍬で泥を掻き出して、桶に入れていました。
(亀吉の野郎、また、人の嫌がる仕事を押し付けられやがったな。
ったく! お人好しにも、ほどがあるぜ)
亀吉は、ドブさらいや、ため池の掃除、墓地の草むしりなど、皆が嫌がる仕事をいつも村長から押しつけられていましたが、
「僕みたいな、うすのろでも村の役に立てるのが嬉しいんだ」
と言って辛い仕事をひき受けていました。
「お~い亀吉! 俺のおっ母さんが、お前に持ってけってよ。いつもの握り飯だ」
ぴょん太が風呂敷包みを掲げて近づくと、ドブ泥の放つ、卵が腐ったような匂いが鼻を突きました。
「ここは臭えかんな。仕事が終わったら小屋で食いな」
話しかけても、亀吉からの返事がありません。
様子が変です。考え事をしているのか、暗い顔でドブさらいをしています。
「おい亀吉! どうした? めずらしく辛気臭い顔しやがって」
「あ、ぴ、ぴょん太くん! つ、疲れているのかな……」
「ったく、仕様がねえなあ。その木鍬よこせ! 俺がドブ搔きしてやっから、お前は桶から樽に泥を移し入れる役をやれ」
「だ、ダメだよ。ぴょん太くんの真っ白な毛が汚れちゃうよ」
「いいんだよ! 俺はカッコよすぎるから、すこしは汚れたほうが絵になるんだよ! いいからよこせ!」
ぴょん太は亀吉の手から強引に木鍬をもぎ取ると、せっせとドブをさらい始めました。
しばらく黙って作業をしていた亀吉が、意を決したように、ぴょん太に話しかけました。
「ぴょん太くん、ぼくと駆けっこの勝負をしてほしいんだ!」
「はあ!? お前と駆けっこの勝負だと? 頭でも打ったのか? 新手の亀ジョークかなにかか?」
「ぼ、ぼくは本気だよ!」
「いや、勝負になんねーだろ?」
「そんなこと勝負してみないと、分からないじゃないか!」
いつになく、真剣な表情の亀吉を見て、ぴょん太は閃きます。
(はは~ん。コイツ色気付きやがったな! いいところを見せて女にモテようって魂胆か! 意中の村娘は誰だ? しょうがねぇなぁ、ここは一肌脱いでやるか!)
「そこまで言うなら、駆けっこ勝負してやるよ。泣きを見ても知らねーぜ。
そうだな、今日はもう日が暮れるから、勝負は明日な」
「ありがとう! ぴょん太くん!」
***
それは少し前のことです。
亀吉がドブさらいの道具を借りようとして、村長の家を訪れた時でした。
格子窓から、タヌキ村長と最長老のキツネ爺の話し声が聞こえました。
「また、この村から戦争に兵を一人出すようにと、御上から通達がきたポン」
「候補は独り者になるが、誰を出すつもりじゃ?」
「ぴょん太、ブヒ蔵、モウ平、ニャア吾、後は…… ああ、亀吉もおったな……ポン」
「ブヒ蔵は来月結婚じゃ。モウ平、ニャア吾は流石に若すぎじゃ」
「やはり、ぴょん太が一番いいポンか。足も速いポン」
二人の会話を聞いた亀吉は思いました。
(ぴょん太くんが戦争に! そんなのダメだ!
行くなら僕だ。僕ならたとえ死んでも悲しむ家族はいない。)
亀吉は幼い頃、戦争で両親を失い、この村に流れついたのでした。
村人たちは、身寄りのない亀吉を水車小屋に住まわせ、子供でもできる仕事を与えていたのです。
亀吉は今まで世話になった村の皆に恩義を感じていました。
特にぴょん太のお母さんには、親切にしてもらったのです。
ぴょん太の家は父親を早くに亡くし、母と息子の二人暮らしです。
もし、ぴょん太が戦争に行ったら、お母さんはさぞや悲しむことでしょう。
亀吉は引き戸を開けると大きな声で言いました。
「そ、村長! 僕が兵隊に志願します!」
「亀吉! 立ち聞きをしとったポンか。志願する志は買うポンが、お前ではだめだポン」
「そうじゃ。お前のようなのろまでは戦場で役に立たん、すぐに殺されてしまうわい」
「あまりにも役立たずを送ってしまうポンと、御上から反感を買って、年貢を上げられかねんポン」
タヌキ村長も、キツネ爺も亀吉の志願を認めません。
亀吉は食い下がりました。
「そんな…… じゃあ、僕が戦場で役に立つことを証明できれば、志願を認めてくれますか?」
「まあ、それならば認めんではないポンが……どうやって証明するポン?」
「そ、それはこれから考えます……」
亀吉の言葉に二人は、呆れ顔でした。
「はあ~っ。とにかく三日以内に証明するポン」
「うむ、証明出来たら志願を認めてやるわい」
「あ、ありがとうございます!」
亀吉はドブさらいをしながら考えました。
(戦場で役にたつことの証明…… 一番いいのは、ぴょん太くんより早く走ることだけど……そんなこと出来るのかな……。いや、出来るのかじゃない! やらなけりゃいけないんだ!)
そこにぴょん太の声が聞こえました。
「おい、亀吉! どうした? めずらしく辛気臭い顔しやがって」
***
翌日。村はずれに置かれた、お地蔵様の脇に、亀吉とぴょん太。
それと、二人の駆けっこ勝負の話を聞きつけた、村娘たちの姿がありました。
ぴょん太が亀吉に確認しました。
「亀吉。ここからスタートして、丘の上の一本杉を回って、この地蔵に先に手をついた方が勝ちってことでいいんだな?」
「うん、いいよ」
「おい、娘っ子ども。スタートの合図をしてくれ」
「「「は~い。ぴょん太さ~ん」」」
「「「二人とも、位置について~~~っ。よ~い―― どんっ!」」」
合図とともに二人が走り出しました。
ぴょん太は軽く流す程度で涼しい顔、対して亀吉は必死の形相で懸命に走っていました。
それでも、のろまな亀吉はドンドン遅れて、ぴょん太に引き離されていきました。
早くも丘の上に到着したぴょん太。振り返ってみると、亀吉はまだ丘の半分も登っていません。
「ちょっと、休憩がてら昼寝でもするか」
ぴょん太は一本杉の根元で寝そべって、昼寝を始めました。
「ぐ~ぐ~、むにゃむにゃ~、ぐ~ぐ~」
もちろん、本当に寝たわけではありません。寝たふりをしているだけでした。
しばらくして亀吉がゼイゼイと息を切らしながら、丘の上にたどりつきました。
そして、一本杉を回って丘を下っていきました。
「ぐ~ぐ~、むにゃむにゃ~、ぐ~ぐ~」
ぴょん太はその様子を、薄目を開けて見ていました。
(やっと追いつきやがったか。ったく遅すぎんだろ! ホントに寝ちまう所だったぜ。
後は、ゴールのすぐ手前で追いこせばいいか)
ぴょん太は亀吉に勝たせるつもりはありませんでした。
駆けっこ勝負で負ける。
ましてや、のろまな亀吉にとなると、自分の沽券にかかわります。
要は村娘たちに亀吉を認めさせればよかったのです。
接戦の末、僅かの差で亀吉が負けることにより、
「亀吉さんって、意外とやるのね!」
「あたし見直しちゃった!」
「お嫁さんになってもいいかも!」
と、言わせればよかったのです。
亀吉は寝ているぴょん太を横目で見ながら、一本杉を回り、丘を下りました。
(本当なら、ぴょん太くんを起こして、正々堂々と勝負するべきだろうけど……
でもこの勝負は絶対勝たなけりゃならないんだ! ごめんよ、ぴょん太くん)
亀吉は意を決しました。
(失敗したら、大怪我をするかもしれない。もってくれ、僕の甲羅)
亀吉は、首や尻尾、両手両足をすべて甲羅の中に引っ込めると、勢いをつけて前に転がりました。
丘をコロコロと転がり、どんどん回転が速くなっていきます。
凸凹の坂道です。石やくぼみで甲羅がはねます。そのたびに衝撃が甲羅を伝い、身体の芯をおそいます。
(うわああぁっ! トンカチで甲羅を殴りまくられているみたいな衝撃だ~~~っ!!! め、目が回るううぅぅぅ~~っ!!)
亀吉は今すぐ手足を甲羅から出して、回転を止めたい衝動と必死で戦います。
(耐えるんだ僕! ぴょん太くんを戦場になんて、絶対行かせない!)
一本杉で狸寝入りをしている、ぴょん太の耳に、硬い物がぶつかる音が聞こえてきました。
胸騒ぎに身体を起こして、音のする方を確認しました。
信じ難い光景が見えました。
「な、なんだとっ! 転がってるだと! 亀吉の野郎! むちゃしやがって!!」
亀の甲羅が凄い勢いで丘を転がっています。
「奴の女にモテたい執念を甘く見てた! ヤバイッ! このままだと俺が負ける!」
ぴょん太は、やおら立ち上がると、まさに脱兎のごとく丘を駆け下りだしました。
地蔵前で村娘たちが騒ぎ出します。
「どうなってんの? 亀吉さんが先にきたわ!」
「でも、ぴょん太さんも凄い勢いで追いかけてきてる」
「凄い接戦だわ!」
凄い速さで、二本の土埃が丘をくだっています。転がる亀吉と、走るぴょん太です、
(目が、目が回る~~っ! もう少しだ! もう少し耐えれば、僕の勝ちだ!)
「んにゃろう~~っ!! 駆けっこで俺が負けるなんてありえねぇ~~っ!!」
『カコオオオォォーーーーーン!!!』
辺りに、硬い物と石がぶつかる音が響きます。
亀吉が石のお地蔵様とぶつかった音です。
そうです―― 亀吉の勝利です。
村娘たちの悲鳴にも似た声が上がりました。
「うそぉっ! か、亀吉さんが先に!」
「ぴょん太さんが負けるなんて!」
「信じらんないぃっ!」
「ぜい、ぜい、ぜい、やってくれるぜ。亀吉」
ぴょん太は荒い息をしながら、地蔵様の脇でひっくり返っている亀吉を見ました。
甲羅から覗かせているのは、目を回した顔です。
(ちっ! 今まで、お前のことを一番舐めてたのは、俺だったのかもしれねえな……)
村娘たちの怪訝な声が聞こえました。
「ぴょん太さんが負けるなんて、いくら何でもおかしくない?」
「そうよね、きっと手を抜いてたんだわ!」
「八百長じゃないの?」
(おっと、いけねえ! 亀吉の頑張りに免じて、ここは俺が道化に徹してやるか)
ぴょん太は眼を真っ赤にし、涙と鼻水と涎をたらし、ブルブル震えながら亀吉を指さしました。
「か、亀吉! き、きさま~~っ! 一回ぐらい俺様に勝ったからって! いっ、いい気になんなよ! 今日は俺様の調子がちょっと悪かっただけだっ! お、覚えてやがれ~~~っ!!」
村娘たちの前で、小物臭の漂う捨て台詞を残して、ぴょん太は立ち去っていきました。
「なにあれ? カッコ悪い! ぴょん太さん本気で負けたの!?」
「ぴょん太さんって、あんなダサい人だったの!?」
「あたしお嫁さんになるのや~めた」
その後、村娘たちはひっくり返っている亀吉を見ました。
「だからって亀吉さんは無いわね」
「そうね亀吉さんはないわ」
「ああもう、どこかにいい男はいないかしら」
そう言い残して離れていきました。
村娘たちと入れ替わる様に、二人の人影が近づいて来ました。
タヌキ村長とキツネ爺です。
亀吉はようやく目まいが収まり、首や手足を甲羅から出しました。
「村長、これで僕の志願を認めてくれますよね?」
「お前が勝てたのは、ぴょん太が手を抜いたからだポン」
「村娘はごまかせても、わしらの目はごまかせんぞえ」
「そ、そんな!」
「だが。お前のその甲羅、そして何より勇気と根性は、見るべきものがあるポン」
「戦場で活躍は出来んかもしれんが、あっさり死んで醜態を晒すことは無いじゃろう」
「ええ! じゃあ……」
「うむ。亀吉の志願を認めようポン」
「手柄なんぞ立てんでええ。生きて村に帰ってくるんじゃぞ」
「あ、ありがとうございます!」
***
翌日――
いくら前半手を抜いたとはいえ、亀吉に敗れたぴょん太は、家で布団にくるまり、ふて寝をしていました。
そこに家の玄関が勢いよく開けられる音がしました。
買い物に行っていたぴょん太の母親が、帰ってきたのです。
男勝りな母親の声が、家中に響きます。
「ぴょん太! どこにいるんだい!? ぴょん太!! いたぁ~っ! そこかい!」
かっぷくの良い母親の腕が、布団を剝ぎ取りました。
「ぴょん太! あんた昨日、亀吉くんと駆けっこ勝負をして、負けたって本当かい!?
まさか、わざと負けた訳じゃないだろうね!」
布団から弾き出されたぴょん太は、口を尖らせます。
「なんだよ母ちゃん。んなのどうだっていいだろ……」
「いいわけがないだろう! 村じゃ噂になってるよ!
あんたが負けたせいで、亀吉くんがあんたの代わりに、戦争に行くことになったってね!
」
「え!? なんだよそれ!? 戦争?」
「このバカ息子が! いいかい! よ~くお聞き!」
ことのあらましを、母親から聞いたぴょん太は、勢いよく立ち上がりました。
「亀吉の野郎、ふざけやがって!」
「ぴょん太、どうするつもりだい?」
「決まってんだろ! あいつ一人で戦場に行かす訳にはいかねえ! 俺も……」
「俺も行く」と、言おうとしたぴょん太の目に母親が映りました。
女手一つで育ててくれた母親を、一人にするわけにはいきません。
「辛気臭い顔すんじゃないよ! バカ息子! こっちに来な」
母親は物置きから、見事な一本の槍を取り出しました。
「これを、もっていきな。父ちゃんの形見だよ。あんたを戦場で、きっと守ってくれる」
「でも俺。母ちゃんを一人には……」
「でも、もへったくれもあるかい! あんた、あたしを、
自分の代わりに友達を戦争に行かせるような、薄情な息子を育てた母親にするつもりかい!?」
「母ちゃん……」
「あたしが、あんたの尻をけっとばす前にとっとと行きな!」
***
村から伸びる道を、一匹の黒い泥亀が歩いています。
亀吉でした。
その手には丸い盾を持っていました。亀吉はタヌキ村長の言葉を思い出しました。
「我が家に代々伝わる盾だポン、亀吉にやるポン。お前の甲羅は確かに硬いポンが、手足を引っ込めたままでは戦えんポンからな」
亀吉は振り返ると、小さくなった村に向かい、深々とお辞儀をしました。
「村の皆さん、これまで本当にお世話になりました。今まで僕を育ててくれた御恩に、戦場で報います」
そしてまた歩き出そうとした時です。
前方の柿木の影から声がしました。
「おっせえぞ! 亀吉! いつまで俺を待たせる気だ!? ホントおめえは鈍くせえな!」
そこには、如何にも足が速そうな、白い兎がいました。
「ぴ、ぴょん太くん! お見送りに来てくれたの?」
「んな訳ねえだろ。この槍を見ろ! この槍を!」
見ると、ぴょん太はその肩に、立派な槍を担いでいました。
「俺も戦争に行くんだよ!」
「ええっ……! 戦争は僕が……それに……ぴょん太くんにはお母さんが……」
「うっせえ! 余計な気をまわしやがって! てめーのせいで、母ちゃんにどやされちまったんだぞ!」
槍をクルリと回したぴょん太が、石突でトンと地面を叩きました。
「なあ亀吉。お前の硬い甲羅と、俺の俊足。言わば盾と矛だ。
俺たち二人で協力すれば、きっと戦場でも生き延びられる。
泥亀と白兎、いいコンビになると思わねーか? てか、なるだろ!」
ぴょん太が亀吉に向かい拳を突き出しました。
「ぴょん太くん……! うん、そうだね!」
亀吉も拳を突き出し、ぴょん太の拳にコツンと合わせたのでした。
――これが後に。
人間軍を恐怖と絶望に震撼させ、動物軍を勝利に導いたとされる、戦場最強の二人組【バディ】。
そのあざ名を両軍共に轟かせた――『黒白ノ双滅鬼』誕生の瞬間であった――。
――おしまい――
はじめまして。なろうでは初投稿になります。カクヨムにもいくつか作品を公開しています。
その中でも、女性の方にも読みやすいと思われる作品をこちらに投稿しました。
気に入っていただければ嬉しいです。
もしより男性向けの作品に興味があれば、カクヨムの方も覗いてみてください。
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