第三章 月夜に願いを
三章 月夜に願いを
宿に戻った桜月と晃月は次にどこに行くかを話し合っていた。美濃はもうさまざまなところを観光し、美濃特有の武術や戦力、そして、美濃の蝮についても見た。これで、美濃には用事がなくなった。
「次はどこに行く?晃月」
「今度は京都に行きたいかも。天皇サマの近くはどんな感じか見てみたいし」
「確かにみてみたいかも」
桜月と晃月は、次に天皇のいる京都御所を見に行くことに決めた。
美濃から京都御所までは近い方なため、半刻(一時間)でついた。天皇がいるため、警備が厚く、豪華豊満であった。超一流の職人の作った建物に、莫大な枯山水。京都御所の周りに広がるたくさんの建物。桜月と晃月はこんなに豪華な場所を見たことがなかったため、驚きで言葉も出なかった。
「…すごいね。晃月」
「そうだね。桜月」
「でも、」
「うん。京都御所、すぐに侵入できそうだ」
京都御所の警備がどれだけすごかろうと、桜月と晃月にとっては侵入できる場所であった。二人は天皇がいる場所だからと、警備の高さを楽しみにしていたが、拍子抜けすぎて少しがっかりしていた。けれど、楽しみにしていたのは警備だけではない。どんな武人がいるのか、どんな所なのかと言うのも楽しみにしていたのだ。
桜月と晃月は、泊まれる宿を探した。最初に訪れたのはあまり人が通らない場所にある宿であった。だが、そこは人で満員だった。二人は場所に限らず、すべての宿を回ったが、空いている宿は無かった。
「人多すぎて笑えてくるね。晃月」
「そうだね、どうしようか。桜月」
「軽く、森にでも家作ろうか、」
「そうするしかないよな、」
桜月と晃月は宿を回って疲れたのに、これから身を休めるための軽めの家を作らなければならないとなり、二人は深いため息をついた。
夜になり、人々が寝静まる時間帯、桜月と晃月は動き出した。京都御所の近くにある森の奥深くで二人は静かに、素早く、身を休められるほどの仮の家を作っていた。その家は二刻(四時間)ほどでできた。家は二人が寝転べるほどの広さである。家というよりも小屋と言った方が正しいであろう。その家改め小屋は、木と藁でできている。釘も使わずに小屋を建てた。通常の忍者はこのようなことはできない。二人が異常なのである。そこらへんにいる大工に劣らない技術を持っているのである。
小屋を作り終え、少しばかり身を休めた。そうしたら、依頼主を決めなければならない。そのために、桜月が[千里眼]を使った。だが、位の高い者で依頼を受けてくれそうな者はいなかった。二人は困った。京都御所の近くは無駄に物価が高い。そのために前よりも銭が必要だ。
「どうしよう、桜月。これじゃあ、せっかく京都御所まで来たのに何も楽しめないよ」
「落ち着いて、晃月。銭を持っているのは決して位の高い者だけではないでしょう?」
晃月は慌てて、涙目になっていると、桜月が姉らしく落ち着かせた。晃月は桜月の言ったことを理解しようと腕を組んで少し考え込んだ。
「そっか!農民とか商人も銭持ってるんだ」
「そうよ。つまりは、農民などから依頼を受け、少しずつ銭を貰えばいい」
そう、二人が依頼を受けるのは決して位の高い者でなくても構わないのだ。
「でも、俺たちのことはバレるとまずいんじゃない?」
「私にいい考えがあるわ」
桜月が考えた方法とは、驚くべきことであった。
〈満月の夜、子の上刻の間に満月に向かって願い事を言えば、月の化身が願い事を叶えてくれるかもしれない。しかし、願い事が叶った日の夜に銭を四枚、窓辺に置
いておかなければ月の化身の逆鱗に触れるであろう〉
こういう噂を農民や商人にだんだんと広めていって、依頼を受けられるようにする。そして、その願いを桜月の[千里眼]を使って手に入れる。という計画を立てた。
計画を立てた後の二人の行動は早かった。二人は変化の術を使い、様々なところで、格好で、噂を広めていった。すると、実に多くの依頼が入った。
まず最初に選んだ依頼は、“子供が誘拐されたから連れ帰ってくれ“という依頼であった。複数の人から、子供が誘拐された、子供を連れ戻してくれ、という依頼があった。つまりは、子供を複数誘拐している最低な奴がいるということであった。犯人はおそらく多数いるだろう。
二人は早速行動にでた。
まず、依頼主の記憶を見ることにした。晃月の[予知]は人の記憶までも覗くことができる。記憶で見た子供が誘拐されたと思われる場所まで行き、その場所の過去も見た。すると、七人ほどの集団が子供を攫っていた。次に、桜月の[千里眼]で集団の居場所を見つけ、牛の上刻(午前一時)に六人を始末し、一人は情報を吐かせてから始末した。体格のいい男もいたが、二人にかかれば赤子の指をつねることと等しいほどに余裕であった。そのため、六人を始末するのは一瞬であった。その後、捕まっていた子供達をそれぞれの家の前に誘導した。これで、依頼は達成したのであった。
他にも二人はすぐにこなせるような依頼を複数こなした。
翌日に依頼のあった家にひっそりと侵入し、おいてあった銭を回収した。今回だけでも、銭四十枚は手に入れた。
「美濃の時よりも儲けれたな、桜月」
「そうだね。いい計画でしょ、晃月」
「いい計画だよ」
桜月と晃月は嬉しそうに話した。
次の満月まで大分先なため、二人は京都御所に侵入して見ることにした。
二人は日の出た時と夜の時の両方の様子を見たいため、二回侵入することにした。
まずは一回。日の出た時間に侵入した。明るいため、慎重に侵入しなければならないが、二人はそこまで緊張していなかった。京都御所を見た時から、侵入は余裕だと分かったからだ。だが、神経は常に研ぎ澄ませている。
二人は、すぐに京都御所にいる天皇のいる場所に着いた。二人は読唇術を利用し、声を出さずに会話をし始めた。
「なんか、拍子抜けね。晃月」
「うん。最高峰の警備もこの程度か、残念だよね。桜月」
二人は警備の最高峰と呼ばれる京都御所の難易度が思ったよりも低く、とても気分が下がっていた。そして、初見の天皇を見るも、感想がそこらへんにいる人、であった。
「天皇サマってのは、神の子孫って言われてるからもっと美形なのかと思ってたよ。桜月は?」
「美形は期待してなかったけど、天皇様は一応日本の天辺だから、もっと威厳のある人かと思ったけど、これじゃあ、利用されるためだけのただの人形みたいに見えるかな」
「確かに、天皇サマよりも位の低い人に言いくるめられてるもんね」
二人が見ていた場面は、話し合いをしている時の様子であった。だが、二人の言っていることは正しかった。この戦国時代では、天皇は戦で利用されるものであり、実際には天皇よりも戦が強い大名の方が偉いのであった。
だが、こんなにも気分が落ちていた二人だったが、京都御所の豪華絢爛な内装を見ると、すごくキラキラとした目でじっと見ていた。当たり前である。なぜなら、桜月と晃月は十五歳になるまで森の奥深くで修行をしていて、森以外のものを見たことがないのだ。そのため、初めて見るものに目を輝かせていた。
「すごい、すごいよ。晃月」
「本で読んだことはあったけど、これは凄すぎるよ。桜月」
それもそうだ。全て一流の職人の手によって作られており、細部までこだわられている。しかも、高価な材料を使って作られており、金銀銅も使われている。
二人は、満足するまで見た後、簡単に京都御所を脱出した。
次の日、夜に京都御所に侵入した。するとどうだろうか。昼間とは全く違う景色であった。廊下にはいくつもの蝋燭が立てており、とても明るい。そして、夜空がよく見えるように、障子がたくさん空いている。そのため、枯山水がとても美しい。二人は京都御所にとても感動した。
二回目の満月の日。願い事を桜月の[千里眼]で聞いた。すると、とても思いの強そうな依頼があった。“家族を殺した犯人を殺してくれ。銭はいくらでも払うから“というものであった。他にも数件、同じような依頼があった。どうやら、殺人魔がいるらしい。二人は忍者だ。もちろん殺し、暗殺もする。だが、噂では月の化身ということになっている。そのため、月の化身が殺しをしたという噂になれば、暗殺を無闇に頼んでくる奴らが出てくる。
「暗殺か、してもいいけど、噂には不相応だな、桜月」
「そうだね、晃月」
「月の化身として神聖さを保ちながら、暗殺もできるようにするには、どうすればいいかな。桜月」
「そうだね。あんなに思いの強い依頼だ。月の化身なら、その強い思いに関心して願いを叶えてくれるんじゃないかな」
「なるほど、そういうことか」
二人の意見はまとまったようだ。早速、行動に移した。
まず、殺人魔の殺害を望んでいる人たちのところへ行き、晃月が依頼主の記憶をのぞき、人が殺された場所の過去を見た。そして、桜月に殺人魔の外見や特徴を共有し、桜月の[千里眼]で殺人魔の居所を探した。どうやら殺人魔は、人が住んでいるとは思えないボロい家に住んでいるようだ。二人はその家に忍び込み、殺人魔を捕まえた。依頼は殺人魔の惨殺である。だが、二人は犯人を殺さなかった。なぜなら、依頼主が犯人を誰かわかっていないからである。晃月が依頼主の記憶を見ると、依頼主は家族が殺された後に帰宅したらしく、後で家族は何者かにより殺されたと知らされたのである。それに、殺人魔を警備している奴に任せても結果的に打首になるだろう。一応念押しで自白剤を飲ませておいた。何か聞かれれば、殺人したことなどを話すだろう。これで、依頼達成である。
依頼を達成した後、依頼主のところへ行き、こんな文をおいた。
〈我は月の化身である。神聖な月に従うものとして殺しの依頼は叶えられぬ。だが、お主の思いの強さに応じて特別に叶えよう。それでも、殺しは御法度である。その分、銭を数枚増やしておけ。さすれば、殺しの依頼をしたことに目を瞑ろう〉
こうすることで、月の化身は殺しの依頼を叶えることがほとんどないということが広まるであろう。
翌日の夜、依頼主のところへ行き、銭を回収した。すると、銭が五十枚ほどまとまっておいてあった。桜月と晃月は何か間違いでおいているのかと思った。なので、晃月の[予知]でその銭が置かれている場所の過去を見た。
「これ、間違いなく俺たち用に置いてあるよ。桜月」
「本当?間違いじゃなく?」
桜月は信じられなくて聞き返した。
「俺の予知は絶対だよ。ガチのまじのガチなんよ」
「まじか、」
だが、残していくわけにもいかず、全てもらって帰った。だが、あまりにも多すぎるため、罪悪感を感じながら帰った。
「今回は、何というか、すごい収穫だね、晃月」
「そうだね、こんなにもらうとは思わなかったね。桜月」
「ちょっと罪悪感があるよ」
「わかるよ」
そして、この依頼以降、月の化身の噂は広まっていったのだった。それは、天皇に使える武官にまで届いていた…。
その武官の名は、縲麟と言った。日本では珍しい名前である。それもそのはず、縲麟は日本人と中国人とのハーフなのだから…。
縲麟は、優秀な武官であった。決して仲のいいとは言えない中国のハーフなのに武官になれたのは、優秀故なのである。そして、美しかった。天皇の住む京都御所で働けるのは、天皇に美しさを認められたからだ。天皇が認めたとなると、どれだけ偉い武官でも放り出すことができなくなる。
そんな縲麟は、上司の武官による無茶振りに困っていた。
上司は、天皇に認められた自分を羨ましく思い、いじめと言う名の仕事の無茶振りをさせられていた。
いつもなら、無茶振りでも颯爽とこなすのだが、今回の無茶振りは頭を抱える案件であった。それは、京都御所の近くの山にいる賊を始末せよ、という内容であった。それだけならまだ解決できた。しかし、条件が厄介なのである。その条件とは、兵力を一切使わず、金銭も使わないというものであった。縲麟は武官としては優秀だが、一人で何十人もの賊を始末するほどの武力の才はない。
その困り果てた縲麟の耳に聞こえてきたのはある噂であった。月の化身が願いを叶えてくれる、という噂であった。普段なら迷信だろと一切聞き入れないが、今回は別である。そう、縲麟は噂に頼るまでに困っていたのだ。普段の仕事もあり、上司の無茶振りも毎日のようにあるため、賊の始末にかける時間がほとんどなかったのだ。しかもその賊は、定期的に移動しており、罠を仕掛けるのも難しかった。また、兵力というところに、民も利用するなと書いてあったのだ。これはさすがの縲麟でもお手上げである。
そんな縲麟は今、暗い感情に包まれていた。
天皇に認められたとはいえ、仕事で大きな失態を侵すと、天皇も怒るであろう。普通の武官ならそれでも武官を続けられるかもしれない。しかし、縲麟は中国人のハーフである。最悪、武官で無くなり、罰を受け、無職になるかもしれない。
つまり、縲麟は焦っていたのだ。賊の始末の期限も近づいてきているのに、何もできていない。
そのような状態であの噂を聞いてしまったら、信じて祈るしかない。縲麟は行動に移した。
願いが叶ったと言っている民のもとに聞き込みに行ったり、噂について詳しく調べたりした。すると、脱走した飼い猫を探すものから誘拐犯の始末まで様々な願いが叶っていた。しかも、満月の夜に複数の願いが叶っていた。
縲麟は確かな情報をさらに入れるため、家族を殺した犯人を始末してくれたと言っている民の元に聞き込みに行った。聞き込みをすると、決して確実ではないが可能性の秘めた情報が手に入った。それは、必死になって祈ったということである。これは家族を殺した犯人を始末してくれという願いが叶った民だけではなく、誘拐犯の始末を頼んだ民にも共通していた。これなら、縲麟の願いも叶うかもしれない。だが、一つだけ心配なことがあった。願いの叶った民に共通することの二つ目、多数の民が同じような願いをしていたということである。縲麟は残念ながら協力者がいない。なぜなら、こんな信憑性の少ない話に協力してくれるような者に心当たりがないからである。縲麟と仲のいい者は皆真面目で噂など真平信じないだろう。過去に面白半分で占いや怪談などを信じるかを聞いてみたことがあった。すると、皆すぐに信じないと拒否された。それに、協力者がいたとしてもこんな損がある話に乗ってくれるはずもない。だが、縲麟はこの噂に頼るほかないのだ。
そして、満月の夜。子の上刻になった時、月に向かって願いをつぶやいた。
「お願いします。京都御所の近くの山をうろついている賊をすべて始末してください。お願いします」
縲麟は何回もお願いしますと祈り、眠りについた。
ー桜月と晃月はその頃ー
京都御所など、様々な所を巡った後、桜月は願いを聞くために仮の拠点で集中していた。
そもそも、[千里眼]を使って複数の声を聞くのは自分の意識を複数作り、飛ばす必要があるのだ。簡単に言えば、両足両手それぞれを使って四枚の紙に同時に違う文章を書くことよりも難しいのだ。それを軽々とこなす桜月はまさに天才といえるであろう。
いつもは半刻ほど願いの声を聞き、晃月と相談し、検討してから依頼を決めるのだが、今回はすぐに決まった。なぜなら、気味が悪いほどにお願いします、と何回も言ってくる奴がいるのだ。しかも、その願いは賊の退治であった。桜月と晃月はちょうどいい運動ができる依頼がないか探していたのだ。
前の依頼でも戦闘は起きたが、二人にとっては少しの運動とも言えないような出来事だったのだ。そのため、二人は物足りなさに悩んでいた。そこで今回、まだ少し運動できそうな依頼がきたともなると速攻でその依頼に決定するに決まっているであろう。
桜月と晃月は久しぶりに軽く運動ができるので気分が向上していた。
まず、賊の現在位置を確認するために桜月の[千里眼]を使った。すると、運がいいことに二人がいる森の反対側に賊がいるみたいだ。桜月は賊の数、持っている武器、場所の把握などを完璧に済ませた。
ちなみに、二人は賊と同じ森にいるが、見つかる可能性は零に等しい。なぜなら、仮の拠点の場所が獣道も無く、登ることすら難しい高さの崖の上にあったからである。もし二人以外の人間が来たとしてもそれは自殺願望者くらいしかいないだろう。
桜月が賊を確認している間に、晃月は[予知]で依頼主の過去を見ていた。だが、依頼主のところまで行くには時間がかかるため、今回は仕方なく遠方から記憶を除いていた。
そう、晃月の[予知]は遠方からでも充分に扱えるのだ。その代わりと言っては何だが、とても集中力がいる。精神を統一できる場所でないとできないのである。
依頼主の記憶から、依頼主は悪人ではないこと、賊に関すること、など諸々除いた。それをいつもよりも早く済ませた。
桜月と晃月は手に入れた情報を瞬時に交換した。詳しく言うと、二人はおでこをくっつけ、二人の能力を合わせて情報を一瞬のうちに共有したのだ。これはものすごく頭の回転が早くないとすぐに知恵熱を出してしまうくらいにはすごいことであるが、二人はいつも通りのことである。なぜなら、二人は情報を交換する際にいつもこの行動をとっていたからだ。それに、二人は生まれつき頭がよく、さらには梓に様々な知識を叩き込まれたため、化け物並みに頭がいいのである。
賊を見つけた二人はすぐに始末するために動いた。他の人間に見つからないように木の上を伝って進み、軽い運動ができるようにわざと賊の前に出た。そうでもしないと二人はあっという間に賊を制圧してしまうのだ。
二人は見た目がバレるのは避けたいので、自作した忍び装束を着て賊の前に出た。
「誰だ貴様ら、その格好からして忍者か?」
賊の頭と思われるガタイのいい片目に傷がついている典型的な風貌の賊が言った。
「どうだろうな。まぁ、今から捕まるお前達にとっては関係のないことだ」
晃月が余裕なそぶりをしながら言った。晃月の言葉にイラついて、賊が数人襲いかかってきた。
晃月はクナイで賊の攻撃を慣れたように受け流した。
桜月はひらりと蝶のように避けた。
二人が強いことを悟ったのか、賊の頭が全員でかかれと命令した。賊の数は三十人ほどいる。二人に襲いかかってきたのは二十人ほど、。二対二十である。桜月と晃月は上機嫌で笑みを浮かべている。
桜月は忍者刀を用いて賊を倒している。
普段ならば、一瞬のうちにして敵はやられるが、今回は時間がかかっている。なぜならば、戦闘を少しでも楽しもうと時間をわざと伸ばしているからである。だが、賊にとってはいい迷惑である。何せ、少し傷をつけながら戦っているのだ。痛くてしょうがない。だが、桜月の戦い方はとても美しい。ひらりひらりとまるで蝶のように舞うように戦うのだ。この戦い方を桜月は桜蝶舞と呼んでいる。
そして、忍者刀を体の一部のように扱っている。
賊の中には桜月に見惚れて戦うことを忘れているものもいるくらいなのだ。あまり時間をかけていては誰かに見つかるのではと思うかもしれない。しかし、桜月は思い切り楽しめるように[千里眼]を使って人が来ないか常時、見ている。
時間を伸ばして戦っているのは確かだが、ほんの数分で終わってしまった。賊と桜月とでは戦闘力が桁違いに違うのだ。
背後から襲っても、千里眼によって見えているので不意打ちにもならない。それに、気配や音でわかってしまい、桜月は素早いためすぐに対処してしまう。
戦闘が終わり、桜月はつまらないような不服そうな顔をしていた。もの足りなかったのだ。
一方、晃月はクナイを二本使って戦っている。こちらも桜月と同様に戦闘を長引かせている。どうやら、桜月よりは戦闘が長引いているらしい。晃月は手加減が上手である。
賊は桜月に倒された仲間を見て怖気付いたが、戦闘中断を晃月は許さない。賊を戦いながら上手いように誘導し、一箇所に集めた。これを晃月は誘蛾灯と呼んでいる。もちろん他の戦い方もある。これはその戦い方のうちの一つである。
普段のことならば桜月が考えて思いつくのが多いが、戦闘に関しては晃月の方が賢くなっている。それもそのはず、晃月は戦闘に関してどう対応してどう倒すか考えてから楽しむ。桜月は自分の技で敵と戦うことを楽しんでいる。
そして、晃月は賊を傷つける戦い方ではなく、体力戦を用いた。その方が長く戦えるからだ。
それでも、二十分ほどしか持たなかった。当たり前だ。体力戦とはいえ、賊がギリギリ対応できる速さでずっと攻撃をしているのだから。
桜月と同様に、晃月も物足りなかったようだ。
戦闘が終わり、二人はすぐに倒した賊を縛り上げた。だが、まだ賊の頭と側近のような男がいる。賊の頭は賊っぽい見た目だが、側近のような男はすらっとしていて武官のようだった。二人が見ていると、賊の頭が武器を構え、戦闘態勢になった。その時、桜月と晃月はどちらを相手にするかじゃんけんをしていた。
「ほう、敵が戦闘態勢だってのに余裕だな」
賊の頭が言った。仲間がやられているのになぜか冷静である。勝つと確信しているのだろうか。
その言葉を無視し、じゃんけんを続けた。さすが双子、じゃんけんがなかなか終わらない。
じゃんけんがやっと終わったようだ。どうやら、桜月が勝ったみたいである。
桜月が戦いたいと思ったのは、賊の頭、ではなく、側近の方だった。それにより、晃月は悔しそうだ。
二人は梓により相手の強さをわかるようにも訓練されたので、相手の強さがどのくらいかわかるのだ。つまり、側近の方が強いのである。なぜ側近の方が強いのかわからないが、予想以上に強い相手がいて二人は新しい遊び道具を見つけた子供のように上機嫌である。
それぞれ、戦闘態勢になった。側近の方は仕方がないなとでも言うように体を動かした。
桜月対側近。
桜月は武器を忍者刀からクナイへと変えた。
側近の武器は、糸である。一般人なら見えないのだろうが、忍者の桜月にとって、まして[千里眼]を使っている桜月にとっては完全に見える糸であった。
まずは側近から攻撃がきた。二本の糸が十字の形になって攻撃された。中級忍者がこの側近と戦ったら苦戦するだろう。勝つのも難しいかもしれない。だが、桜月は上級忍者の中でも強い位にいるような強さである。
けれど、誤解しないでほしい。桜月と晃月は下級忍者である。中級忍者や上級忍者になるには試験を受けなければならない。そして、中級忍者や上級忍者ともなると、特定の大名に仕えなければならない。二人は上級忍者並みに強いということである。
梓はというと、元上級忍者である。とっくに引退している。
ならば、下級忍者はというと、基本的に自由である。修行をしてもいいし、いろんなとこで依頼を受けてもいいのだ。旅をしたい二人にとって、下級忍者というのは便利なのである。
桜月は側近の攻撃を軽く飛び跳ねて回避した。一般的にこの糸の速さは早いのだろうが、素早い桜月にとっては普通の速さという認識であった。
だがしかし、この世の中で糸を使って攻撃をするのは忍者以外にはいない。つまり、側近は忍者だったのだ。しかも、この強さは上級忍者に匹敵する。桜月は上級忍者の名前と特徴を知っているが、側近に当てはまるものはいなかった。考えられる可能性はいくつかある。二人と同じでわざと上級忍者にならない下級忍者か、何かしらの用で変装している上級忍者か、あるいは抜け忍か、。
抜け忍とは、忍者として依頼を受けずに、忍者をやめ、表舞台に立つことである。抜け忍は忍者の中で最もしてはいけない罪である。抜け忍には死しか選択肢はない。
抜け忍という疑いがあっても、桜月は何も言わなかった。なぜなら、勝った後で聞けばいいという考えだからだ。桜月にとっては抜け忍という疑いよりも戦闘を楽しむということの方が優先なのである。それに、強さは桜月の方が上である。
側近は糸の数を増やしてまたもや攻撃してきた。桜月は体の柔軟性や身軽さ、素早さを利用して、余裕そうに避けた。その糸はは後ろの木や岩を綺麗に切断するほど鋭利な糸だった。それでも桜月は驚きもしなかった。
桜月は側近に攻撃を仕掛けた。クナイを二つ飛ばした。だが、それが側近に当たることはなかった。
側近が呆れたような顔をした時、側近の体が後ろに吹き飛んだ。
なぜなら、二つのクナイを糸で繋げていたのだ。側近はその糸に引っ張られて吹き飛んだのだ。もちろん、普通の力でクナイを投げても糸が引っかかるだけである。大の大人を吹き飛ばすほどの力を桜月はどこに持っているのだろうか、。
側近はなんとかその攻撃を逃れ、ボロボロの状態で桜月の元に戻ってきた。どうやら側近は本気になったらしく、今までにない覇気を放っていた。次にきた側近の攻撃は逃げる隙間などない糸の攻撃に加え、背後から手裏剣が複数放たれていた。
この状況は絶体絶命の場面だと思うだろう。だが、桜月にとっては楽しくなってきた場面である。
桜月は自身でも糸を使っているのと、糸の対処法などを梓に教えられたため、そこまでの脅威といえないのである。
どうやって対処するのかというと、糸の弱いところを針で刺激し、糸をちぎるのである。ちなみに、手裏剣は同じ数だけ手裏剣をぶつければ対処できる。
桜月は早速糸を針で刺激し、糸の壁を破り、手裏剣を手裏剣にぶつけて落とした。これを瞬きよりも早く動いて済ませた。まさに化け物じみた強さである。
桜月は少し満足したのか、満足げな顔をしていた。
側近はというと、何をされたのか全くわかっておらず、棒のように突っ立っていた。その隙をついて、桜月はクナイで使った糸で側近を縛り上げた。
晃月対賊の頭。
晃月は武器をクナイから忍者刀へと桜月と交換した。その方が賊の頭とは戦いやすい。なぜなら、賊の頭の武器は大刀だったからだ。賊の頭はもちろんそこらの賊よりは強い。だが、晃月は不満そうだ。側近の方が賊の頭よりも強いからである。桜月に負けたことに不満があるのだろう。
晃月は桜月にじゃんけんで勝ったことがほとんどない。なぜなら、桜月は素早さを得意としているので、晃月にバレないような速さで後出しすることができるのだ。勝てる時といえば、能力を使う時だが、それは禁止されている。こっそり能力を使おうとしても、勝つ可能性は低い。だが、晃月は自分がじゃんけんで負ける理由を知らない。晃月がもし自分が負ける理由を知ったらどうなるのか、楽しみである。
賊の頭は晃月の余裕そうな態度に少し苛立ちを感じ、大刀で切り掛かってきた。だが、晃月は不満をブツブツ言いながら、軽々と忍者刀を片手でもって大刀を受け止めた。賊の頭は意味がわからなかった。自分の半分ほどしかない体つきの奴に片手で大振りを止められたのだ。賊の頭は諦めずに大刀に力を加えた。すると、晃月は賊の頭の方を見ずもせずに受け流した。賊の頭は奴が己の力に耐えきれずに受け流すしか無かったと思い込んだ。
晃月は賊の頭の攻撃を受け流した後に正気に戻った。晃月は自分が攻撃を受ける力を手加減してないことに気がついたのだ。晃月はいつも自分より弱い相手には手加減して戦っていた。そうすることで戦闘を楽しめるし、相手に勝てるかもと思わせることができるからである。だが、今回は不満がついつい口から溢れて、戦闘に集中できていなかった。ちなみに、受け流したのは忍者刀が折れる可能性があったからである。
正気に戻った晃月は気を取り直して賊の頭と向かい合った。桜月の方を見ると、もうすぐ戦いが終わりそうである。なのでこちらも早めに終わらせようと晃月は思った。
賊の頭は自分の攻撃を軽々と受け止められたことなどから、敵が強いことはわかっていた。そのため、敵が側近の方を見た瞬間に攻撃を全力で当てに行った。敵に隙はできていないが、こちらを見ていない分には有利かもしれないと思ったからである。
晃月は賊の頭が攻撃を仕掛けにきていることはすでにわかっていた。なので、賊の頭の方を向いて、忍者刀で攻撃を受け流した。そして、賊の頭は突っ込んできたため、背中が晃月の方に向いてしまった。そこを狙って、死なない程度に賊の頭の背中を切りつけた。そして、切られた痛みで動きが鈍ったところを瞬時に縄で縛った。
桜月と晃月の戦闘は同時に終わった。桜月は満足そうだが、晃月は不満そうである。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。側近が抜け忍かもしれないのだ。
忍者は大概、自白剤などが通用しないように訓練する。そのため、忍者から情報を聞き出すには、忍術を使うか、拷問するしか方法がないのである。だが、それをするのは非常に時間がかかり、難しい。なので、晃月の[予知]を使うことにした。
まず、側近を桜月が手刀で気絶させた。その後に、晃月が[予知]で側近の記憶を除いた。どうやら抜け忍ではないようだ。側近は上級忍者で大名に仕えていた。名前は、千鳥と呼ばれていた。だが、桜月と晃月は側近という呼び方が定着していたのでそのまま側近と呼ぼうと思った。
晃月が賊達の側近の記憶を消し、縄で縛って詰所の前に置いておいた。これで依頼は完了である。意外と楽しめた依頼であった。
翌日、側近が目を覚ました。一応、腕だけは縛っている。いきなり襲い掛かられたりするのは別に構わない。だが、一応のためというやつである。
「目、覚めた?」
桜月が側近の方を見ずもせずに言った。側近は縛られていることに気づき、警戒した。
「何者だ。目的はなんだ。情報は吐かないぞ」
「そんな警戒しなくてもいいのに、。俺たちはただの下級忍者だよ」
晃月が寝転びながら気楽に言った。そして、側近はだんだんと昨夜のことを思い出した。
「それで、なんで俺は縛られているんだ?」
側近がため息を吐いた。
「話を聞いてみようと思って。なんで賊と一緒に、大名に仕えている上級忍者がいるのか」
桜月が瞑想しながら言った。
「それは別に言ってもいいんだが、ここはどこだ?」
側近が二人の仮の拠点である小屋の狭さなどに困惑して言った。
「賊がいた森の奥」
晃月がちょっと眠たそうに言った。側近は考えるのを諦めたようで、質問に答えた。
賊と一緒にいたのは、簡潔に言うと、側近の趣味なんだそう。昨日は休みで、賊の仲間になりすまし、裏切る時の高揚感がたまらないんだそう。だが、決して悪者や敵以外は騙さないらしい。二人は変な趣味だなと思ったが、あえて言わなかった。そして、側近は二日後に尾張の大名、織田信長のところへ帰るらしい。後の二日間は京都御所の様子などを見るらしい。いわゆる、情報収集である。それを聞き、桜月は側近を縛っていた糸を外した。
「ちなみに、君たちの名前は?」
側近が不便だからと聞いてきた。
「私は、桜月」
「俺は、晃月」
二人は側近に気を少し許していた。だが、二人は目を隠すために、忍術【幻術】を使って目を黒く見せていた。これは、梓以外には必ず使っていた。赤目は不吉、恐怖の象徴であるからだ。【幻術】は通常、長時間安定させるのは難しい。けれど、二人は能力の方が集中力を使うため、【幻術】の長時間使用など簡単なのである。だがたまに、能力を使っているときや戦闘をしている時に【幻術】の集中が切れて目が一瞬赤く見えることがある。それには二人は気づいていない。