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倖せのために ~倖福編~

作者: じゅんさい

こんにちは、新しいお話が書けたので投稿します。

これは「てんしのぱんつ」「とんでもないペンギン」などと関連したおはなしですが、独立して楽しんでいただけるように書けたと思います。ぜひ読んでください。

「それでおしまいだよ。」

 紙芝居師のおじいさんはお話を終えると最後にやさしくそう言って紙芝居の道具を片付け始めました。たった今、てんちゃんやペンちゃんが大冒険する紙芝居を語り終えたところでした。いつもは暖かい春から秋にかけて、公園や広場など外でこどもたちに紙芝居を見せています。今日みたいに雪の降る真冬に紙芝居を演じることはいつもならしないのですが聖誕祭の今日だけは大人たちにお願いされて特別に貸してもらえた集会所で紙芝居を披露していたのでした。それはこどもたちを喜ばせるために大人たちがこっそりと聖誕祭のパーティの準備をする間だけこどもたちを家から離れさせるためでした。

 今日は特別にいつもよりたっぷりとお話しをしました。天使と悪魔の戦いで天使がラッパを吹くシーンでは手持ちのラッパを鳴らしました。それは豆腐屋さんが来るときに鳴らしているものでした、でもお鍋を持って急いで追いかけてもお豆腐は買えません、おじいさんの自転車の荷台に積んでるのはお豆腐の入った桶ではなく紙芝居です。ほんとうは勇ましく響き渡るはずの天使のラッパの音ですが”ぱーぷー”といううら寂しい音がそうだとこどもたちに誤解させてしまいました。また悪魔が天へ攻め上るシーンで悪魔の軍楽隊が進軍の太鼓をたたくシーンでは手持ちの小さな太鼓をたたきました。でもそれはどどどどーんという重厚な音ではなくテケテンテンテンとお猿さんがとんぼを切りそうな軽い音で鳴りました。それでもおじいさんのお話はさも自分もその場にいたかのように迫力がありましたのでこどもたちは聞いているうちに夢中になって話にのめり込んでしまいました。お話が終わる時分にはもう外は暗くなりかけていて、家々では聖誕祭のパーティの準備がすっかり整うころ合いになっていました。

「ねえ、ペンちゃんはまだお家に帰れないの?」

 小さな女の子がおじいさんの上着の裾を引っ張りながら屈託のない笑顔で冒険の旅を続けるぺんちゃんを心配して尋ねてきました。

『帰る家なんてとうの昔になくなってしまっているんだよ』

 そう言いかけたおじいさんはその言葉を飲み込みこう言いました。

「そうだね、ペンちゃんの冒険はまだまだ続くんじゃないかな」

 すると、それを聞いた男の子がキラキラした目で

「じゃあ、またペンちゃんの冒険のお話の続きをしてくれるの?」

 と言いました。

「春になったらね、冬の間は寒くて無理だね。今日ももうみんな寒くて仕方がないだろう」

 まわりを見ると、がたがた震えている子もいます。集会所にある小さなだるまストーブではそろそろ限界のようです。

「さあ、帰った帰った、今日はおうちで楽しいことが待ってるんじゃないかい」

 それを聞くと、名残惜しそうにまだ居残っていたこどもたちも手のひらを返したように急いで出口へ向かいました。

「さよなら」

「ありがとう、おじいさん、また来てね」

「ああ、さようなら、春になったらまた来るよ、気を付けて帰るんじゃよ」

 そんな挨拶を交わしているうちにこどもたちはあらかた帰ってしまいました。ちょっかいをかけてくるこどもがいなくなったので、おじいさんは片付けを急ぎました。

 こどもたちが帰ってしまいがらんとした集会所は一気に静まり返りました。おじいさんは戸締りをするために忘れ物はもうないかと見回しました。すると隅の方でひざを抱えて三角座りをしているひとりの女の子と目が合いました。その女の子はこの季節には寒すぎるだろうと思われるみすぼらしい服を着て小さくなっておりました。彼女はおじいさんの紙芝居を必ずと言っていいくらい聞きに来ていました。でも家にお金がないので紙芝居を見るためのお菓子を買ったことは一度もありません。紙芝居を見るためには始まる前におじいさんからお菓子をひとつ買うことになっております。そのお菓子も銅銭一枚でこどものお小遣いでも買えるようにとても安かったのです。おじいさんもお金を出して紙芝居を見ているこどもたちもただで紙芝居を見ている彼女のことには気が付いておりましたが、みんな事情を知っていたのでだれもなにも言わないでいたのでした。集会所の鍵を返す時間が迫っていたので、おじいさんは声を掛けました。

「ごめんよ、ここはもう締めなければならないんだ。鍵を返す時間だから。」

 すると、彼女はのろのろと立ち上がりました。この時間はお母さんはお仕事中でまだ帰ってきません。寒い自分の家より小さなだるまストーブのある集会所の方が幾分ましだったのです。今から帰っても誰もいない真っ暗な部屋でひとりぼっちでお母さんの帰りを待たなければなりません。お金がないので節約のため明かりをつけるのはおかあさんが帰ってからです。お母さんが帰ってきたときのためにあらかじめ部屋を暖めておくための暖房をつけるのもがまんしなければなりません。どうせ暖房をつけてもすきま風が遠慮なく吹き込むおんぼろアパートの部屋が暖かくなることはありませんでした。夕ご飯の仕度をしようにも食材がありませんでした。いつもみすぼらしい身なりでお腹を空かしていそうな女の子のことはずいぶん前からおじいさんは気が付いておりました。もしかしたら家族にいじめられているのかもしれないと心配になったおじいさんはある日こっそり女の子のお家を覗いてみました、いけないこととは思いましたがどうしても心配だったのです。女の子は若いおかあさんとおんぼろなアパートの部屋で二人きりで住んいました。おかあさんは小さなこどもをかかえて一所懸命働いていましたがそれでもとても貧乏なことはわかりました。

『これでは、わしよりも貧乏かもしれないぞ』

 おじいさんは苦い笑みを浮かべました。心配で女の子の部屋をうかがっておりましたが、おかあさんは娘のことをほんとうに愛していて娘もおかあさんが大好きなことがわかりました。ただ、お金が全然足りなかっただけだったのです。自分もほとんどお金を持っていないおじいさんには助けてあげることもできないので、そっとアパートの前から去りました。それからも女の子は紙芝居のただ見を続けました。女の子の事情はわかっていますが自分も貧しいおじいさんにはどうしてあげることもできませんでした。

「ちょっと、待ちなさい」

 集会所を出ようとした女の子を呼び止めるとおじいさんはたった今片付けたばかりの荷物から一斗缶を取り出しました。そして割り箸を持つと缶の底の方をぐりぐりとさらえました。おじいさんが缶から手を出しますとその手に持っている割り箸の先には水あめの塊が巻き取られていました。それもいつもこどもたちに配っているものより倍くらいの大きさがありました。

「はいよ、これを持っていきなさい」

 とおじいさんは女の子にその水あめを差し出しました。彼女の目はおじいさんの手もとの水あめにくぎ付けでしたが遠慮しているのか手を出しません。

「今日は何の日だったかな、世界中のこどもたち全員が贈り物をもらえる日だよ」

 そういうとおじいさんは『ホーホーホー』と笑っているのか吠えているのかわからない声を出しました。

 にっこりと笑ってもう一度差し出すと、彼女はおずおずと遠慮がちにそれを受け取りました。

「ありがとう」

 彼女はさらに何か言いたげでしたが

「暗くなってきたから気を付けてお帰り」

 余計な気を使うことはないよとばかりおじいさんはそのまま女の子を送り出すと、鍵を閉め自分も出ました。鍵を町内会長さんに返却するとおじいさんも帰途につきました。

 朝から降っていた雪は夕方になってますます激しくなりました。道にも雪が積もっていて滑ると危ないので荷台に紙芝居を括り付けた自転車をおじいさんは押して歩きました。

「火の用心さっしゃりましょーう」

 遠くで夜回りの声が聞こえます。いつもより早めに人通りが少なくなりさみしくなった通りをとぼとぼと歩いていますとあちこちの家々から楽しそうな団らんの声が聞こえてきました。

 ふと、ある家の前で立ち止まると寒さのせいでしかめっ面になっていたおじいさんがさあっと笑顔になりました。その家からは今日おじいさんが語った紙芝居のお話を熱心に両親に聞かせているこどもの声が聞こえてきました。

「やれやれ、通りまで聞こえてきているよ」

 だれに言うでもなくそう嬉しそうに呟くと、おじいさんはふたたびとぼとぼと歩き始めました。

 前から重い足取りで家路を急ぐ女性に出会いました。おじいさんはその人を知っています、水あめを上げた女の子のお母さんでした。お母さんは紙芝居をただ見する娘のお詫びに以前おじいさんにあやまりに来たことがあり顔見知りになっていました。

「こんばんは、お帰りですか」

 おじいさんは声を掛けましたが、お母さんは急いでいるのか会釈だけして通り過ぎようとした。我が子を待たせているのだから急いでいて当然とおじいさんは気にも留めませんでしたが、お母さんの持ち物を見て呼び止めることにしました。

「少しお待ちいただけませんか、突然申し訳ないのですが」

 と、自転車の荷台からちいさなペンギンのぬいぐるみマスコットを出してお母さんに渡しました。

「さっき紙芝居を見てもらっていたんですが、プレゼントを渡すのを忘れてしまいまして、娘さんに渡してくれませんか」

 突然突き出されたペンギンを思わず受け取ってしまったお母さんがまじまじと自分の手もとを見つめていると。

「今日は聖誕祭なのでこどもたちには特別にプレゼントを渡しているんです。」

 そうおじいさんは言い訳をしました。お母さんはとまどい迷っていましたが、それほど高価なものでもなさそうなので受け取る決心をしました。おじいさんはお母さんとすれ違う時に持っている荷物を見てしまったのです、お母さんの手には今日明日のための最小限の食料しか持っていませんでした。ぎりぎりで暮らしているため娘のプレゼントを用意することができなかったようです。それを察したおじいさんは荷物の中に適当なものがなかったかと思い安物のマスコットのことを思い出したのでした。

「ああそれから、お急ぎのところ申し訳ありませんが、少し待ってくれませんか」

 おじいさんはそういうと紙芝居のスケッチを描くための画用紙を一枚取り出し道端で折り始めました。お母さんはなんてごつごつした指なんだろうとおじいさんの手もとを見ながら考えました。そんな指を器用に動かしてあっという間におじいさんは折り紙の小さな箱を作りました。それはさっきのマスコットが丁度入る大きさです。

「プレゼントは箱を開けるときがいちばんどきどきして楽しいのです、どうぞこの箱に入れて渡してください」

 それはお店でプレゼントを買ったときに入れてもらえるキラキラした箱ではなく真っ白いシンプルな箱でした。その手作りの粗末な箱はお母さんにとっては心のこもったなによりも素敵な箱に思えました。ほんとうなら顔見知り程度の人にものをもらうなんて絶対にしないのですが、今日ばかりは娘を喜ばすためならとおじいさんの好意に甘えることにしました。そして深くお辞儀をすると言いました。

「どうもありがとうございます。でもわたしにはお返しするものがございません」

「受け取っていただけるとわたしが嬉しいのです。お返しは神さまにでも請求しておきましょう、では」

 とおじいさんが言うとふたりは別れてそれぞれの家路を急ぎました。お母さんの足取りは先ほどとは打って変わって軽くなっていました。娘の喜ぶ顔を早く見たくてさっきよりも歩くテンポが心なしか速くなっています。部屋に着いたお母さんは玄関の扉を開けようとして何か違和感のようなものを感じました。最初それが何か分からなかったのですが、扉を開けて気が付きました。部屋の中から明かりが漏れていたのです。いつもは自分が帰るまで節約のため明かりをつけずに娘は真っ暗な部屋で待っているのですが。今日はもう明かりをつけているようです。そこまでして節約しなくても大丈夫なように頑張っているつもりのお母さんは明かりがついているのを見てほっとしました。そして部屋に入ろうとして母さんははっとして止まりました。娘が魔法の杖を明かりの炎にかざしていたのです、いえ棒の先についている宝石を炎で照らして無心に眺めているのです。その美しさに心を奪われて恍惚とした娘の表情を見てお母さんは尊く感じました。

「ただいま」

 おかあさんが声を掛けると、現実に戻された娘は振り返って満面の笑みを浮かべました。

「おかえりなさい、今日紙芝居のおじいさんにプレゼントをもらったんだよ」

 そう言うと手に持ったものをを突き出しました。それは割り箸の先についた大きな水あめでした。

「おかあさん、あとで一緒に食べよう」

「さあ、お腹すいたでしょう、夕飯にしましょうね」

 そして、なにも特別なことのないいつもの質素な夕飯をふたり仲良く食べました。食べ終わると

「今日は特別にデザートがあります」

 といってさっきの水あめが出てきました。女の子は水あめを食べるのは初めてですが他の子が紙芝居を見ながら嬉しそうに食べているのをいつも見ていたので食べ方は知っていました。そして自分もやってみたいと思っていました。一心に割り箸をこね回していますと始め透明だった水あめはだんだんと白く濁ってきました。やがて得心がいったのか練り終わった水あめを半分に分けてお母さんに渡しました。ふたりは紙芝居のおじいさんに感謝しながら仲良くそれを食べました。それは今まで食べたことのないような甘い贅沢でした。

「あなたに聖誕祭の贈り物よ」

 お母さんはさっきおじいさんにもらったプレゼントを取り出しました。プレゼントなどもらうのは生まれて初めてだったので女の子は自分の心が今どういう状態なのかもわからないほど嬉しくなりました。そしてその粗末な紙箱をいつくしむようにそっとなぜるとふたをそっと開けました。

「まあ」

 娘は箱の中を覗くとその表情はぱあと明るく輝きました。そして愛おしそうにペンギンのマスコットを取り出すとそれをぎゅっと抱きしめました。それはとても小さなぬいぐるみなのですが娘にとってはどんなものよりも大きな存在になりました。「今晩はこの子と一緒に寝る」ギュッと抱きしめて喜ぶ娘の姿を見て今まで随分と寂しい思いをさせたのだとお母さんは思い知りました。こんな小さなマスコットだけど少しでも慰めになるのだと思うと紙芝居のおじいさんには感謝しきれませんでした。

 外ではあいかわらず雪が降り続いていました。激しくなってきた雪はとぼとぼと歩くおじいさんにも容赦なく降りかかり、あっというまに頭や肩に積もりました。おじいさんはそれにはかまわず払いのけることもしないまま家路を急ぎました。

 とぼとぼとおじいさんは道を歩きます、向こうの信号が赤や緑にやたらちかちか点滅しています。自分が疲れているのを思い出したのかおじいさんの足取りは重くなっていました。

 突然路地から何かが飛び出してきておじいさんを突き飛ばしました。不意を食らったおじいさんはひっくり返って腰をしたたかに打ちました。犯人はそのままおじいさんの自転車を奪うとそのまま逃げてゆきました。おじいさんは腰を痛めて動けなくなってしまいました、そして

「おおい、待ってくれぃ」 

と力なく呼びかけました。

「せめて紙芝居は置いて行ってく・・・」

 みなまで言う前にその声は夜空にむなしく吸い込まれてしまいました。どろぼうの乗った自転車はもう見えなくなっていました。

 紙芝居もおじいさんの手の届かないところへ持ち去られてしまったのです。

 こどもたちから集めた小銭もなにもかも全財産を自転車に積んでいましたし、肝心の紙芝居を失くしてはこれから稼ぐこともできません。

 一台の自動車がものすごい勢いでおじいさんのそばを通り過ぎました。おじいさんは交通の邪魔にならないように痛む腰をかばいながら路肩まで這ってゆきました。端っこまで寄ってそこにあった塀にもたれかかるとそのままうずくまってしまいました。ふしぎと腰の痛みは感じませんがもう体が動かせなくなっていました。

「ああ、どうせこんな老い先短いおいぼれが持っていてもしかたがないんだ。あの紙芝居はもっと若い人が受け継いでこれからもずっとこどもたちを楽しませてくれたらいいのに」

「でも、お話を教えないと、紙芝居があるだけでは公演できない」

 おじいさんは自転車も紙芝居もあげるからせめて一度戻ってくれないかと願いました。そうしたら紙芝居のお話を教えて紙芝居師を引き継ぐことができるのにと思ったのです。そこに夜回りの夜警団が来ました、夜回りの一人がおじいさんを見つけると

「おい、こんなところで寝ちゃいかん、雪にやられて死んじまうぞ」

 とうずくまっているおじいさんをつま先で小突きました。

「おうい、どうしたん」

 後ろの方で仲間の声がしました。

「酔っぱらいかなぁ、こんなところで寝てやがる。なんかぶつぶつ言ってやがる」

「予定通りに回らにゃいかん。そんなのに構ってるひまはないぞ」

「警察に通報しておくか」

 そういって夜回りはおじいさんをそのままにして言ってしまいました。

 夜回りが行ってしまってからしばらくして自動車が通りかかりました。自動車は溶けかかってドロドロになった雪を派手に撥ね飛ばしながら通り過ぎました。おじいさんは跳ね飛ばされた真っ黒な泥雪をかぶりました。雪の半ば溶けた泥水はおじいさんの服にしみ込んで体を芯から冷えさせました。おじいさんは意識がもうろうとしていましたが、がたがたと震えて両の手足を抱え込んで一層縮こまりました。雪は静かに降り続きます。泥にまみれて真っ黒になったおじいさんにも真っ白な雪が降り積もりました。それから1時間ほども経ったでしょうか、通報を受けて警官が二名やってきました。おじいさんが倒れているあたりをしばらく捜索しておりましたがもう震えも収まり静かになっていたおじいさんを見つけることはできませんでした。

「通報のあったのはこのあたりだけど、いないなぁ」

「雪がひどいなぁ、さすがにもう帰ったんだろう」

「そうだなあ、ああ寒い、見ろよもうこんなに雪だまりができているぞ」

 そう言っておじいさんに積もった雪のかたまりを指差しました。

「うん、寒くてかなわん、早く戻って温まろう」

 警官は元来た道を戻ってゆきました。雪はその夜止むことはなく降り積もりそのまま根雪になりました。

 雪だまりの下でおじいさんは夢を見ていました。ここは昔おじいさんが冒険の旅の途中で訪れたことのある山小屋です。山小屋の前の広場で大きなキャンプファイヤーが焚かれています。大勢の若者がその周りを囲んで楽しくフォークダンスを踊っています。その中にはまだ若かったおじいさんも混ざっていました。隣同士繋いだ手はとても暖かくおじいさんの心を慰めました。

「神さま、ありがとうございます、最期にこんなに暖かくて楽しい夢を見させてくれて」

 おじいさんはこれが夢だということがわかっていたのです。人生で最後に見る夢だということが。

 やがて輪になって踊っていた人たちの姿が崩れておぼろげになりました、そして気が付くとそれは天使の姿に変わっていました。おじいさんはそのまま天使と手を取り合ってくるくると回りながら宙に浮かんでゆきました。するとひとりの天使がその輪を抜け出しておじいさんの前に来ました。おじいさんは稲妻に撃たれたように自分のしなければならないことを思い出しました。『今までなんで忘れていたんだろう』そう思いながらおじいさんは懐に手を入れると隠しから真っ白い小さな布切れを出して天使に差し出しました。天使はにっこりと笑ってそれを受け取りました。

「いままで大事に守ってくれてありがとう。これはみんなを幸せにすることができましたか」

 うんうんとおじいさんは何度も深くうなずきました。天使はやっと自分のもとに戻って来た布切れをすばやく履きました。随分と久しぶりに自分のぱんつを履いたのでお尻がなんだかむずむずしました。

「さあ、ゆきましょう」

 行き先は天国です。

「罪み深いわたしは天国へは入れません」

 とおじいさんはしり込みしましたが

「とうの昔にあなたは悔い改めたではありませんか、あなたの罪はもう許されていますよ。ぼくはぼくの手の届く範囲の人を幸せにしたいと誓いました。お願いですからぼくに誓いを成し遂げさせてください。」

 大きな慈悲に触れておじいさんは今まで感じていた心の重石が外れたように感じました。おじいさんはお辞儀をしてお礼を述べると天使の手を取りました。

 天使たちは雪だまりに埋もれたおじいさんからその魂を救い出すとそれを大事そうに取り囲んで天へ昇ってゆきました。ゆっくりと上昇するおじいさんの魂の到着を先ぶれのラッパが知らせます、天国で待っている天使たちは美しいコーラスを響かせて迎えました。こうして長い旅を終えてとうとうおじいさんは天国へたどり着くことができたのです。

 春になり根雪が溶けると、道端に手足を小さく抱え込むようにうずくまって息絶えているおじいさんが雪の中から現れました。その口元には笑みが浮かんでいて、まるで眠っているようにやすらかでとても倖せそうなお顔でした。


 おしまい

このお話は、てんちゃんとペンちゃんの長い冒険の旅をつづったお話群「倖せのために」の”エピローグ”にあたる作品です。と言っても本編はまだ影も形もありません。

いきなりおじいさんのせりふで始まりますがそれまでのお話を受けての言葉です、これまでの物語はじつはおじいさんが語っていた紙芝居でしたという落ちです、この作品だけでは唐突に感じるかも知れません。本編ができる前にこんな夢落ちならぬ紙芝居落ちを見せてしまい白けさせてしまったかもしれませんね。

最後の場面に出てくる天使はてんちゃんで、紙芝居師のおじいさんはペンちゃんのなれの果ての姿です。

この作品では最後の”倖せ”という文字だけ人偏の倖せを使っています。これはてんちゃんを始めとする登場人物がそれぞれの幸せを求めて作品の中で奮闘しますが最期にほんとうの倖せを見つけることができた、というお話しにしたかったからです。自分だけではなく周りの人々も共に倖せになってはじめてほんとうの倖せにたどり着くことができるんだという意味をこの”倖”という文字に込めました。


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おじいさん。・°°・(>_<)・°°・。
2025/02/06 12:58 退会済み
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