公爵令嬢は執事と距離が近いんだが、婚約者は私だ。ちょっと、その態度はどうよ?第二王子はしっかりと幸せになる。
「これが公爵令嬢と、執事との付き合い方か?私と言う婚約者がありながら、不貞ではないのか?」
調査結果を投げつけて、ディアトリアスエッフェルニフォレッツエ第二王子は呟いた。名前が長い王子なので、ディアト第二王子と呼ばれていた。オリオントスジュテリシマジェットリンス王太子、略してオリオ王太子がフンと鼻を鳴らして、
「そんなものではないのか?我が婚約者の隣国のメリア王女も、距離の近い美男の護衛騎士がいるぞ」
「最近の女は屑だな。全く」
ディアト第二王子はイラついていた。
歳は16歳。第二王子なので、そろそろ婿入り先を考えなければならない。
この王国の公爵家の令嬢、ミレンシア・アデルトス公爵令嬢。
王家は名門アデルトス公爵家と結びつきたいという思惑もあり、ミレンシアも同い年で、教養も、美しさもお墨付きのそれはもう婚約者に相応しいとの事で婚約を結んだのだが。
初顔合わせの時からおかしかった。
ミレンシアを守るかのように、黒髪の美しい若い男が付き従っているのだ。
ミレンシアは紹介をする。
「この人はわたくし専属の執事のアルトですわ。傍に控える事を許して頂きたいのです。だって、彼はわたくしの手足となって、わたくしの為に動いてくれる執事なのですから。わたくしの事は全て把握したいと言っておりますの。お許し下さいますわね」
「アルト・ディセルでございます。ミレンシアお嬢様の執事をしております」
黒髪黒目の背の高い、執事服を着たアルトはそれはもう、美しい男で、ディアト第二王子だって、自分の金髪碧眼の容姿にはそれなりに自信はあったが、アルトと比べたら月とスッポンだと認めざるを得ない。勿論、スッポンの方だ。
後、身長が、ミレンシアと並ぶと同じ位、ディアト第二王子は低いのがコンプレックスだった。
こっそり、かかとが高いブーツを着用して少し身長をごまかしているが。
ミレンシアを愛し気に見つめるアルトを見ると、とてもイラつくイラつくイラつく。
自分の名前を書類にいちいちサインする時に、あまりの長さにいつもイラつく以上に二人の距離の近さにいらついた。
あの執事は絶対にミレンシアの事を愛している。
しかし、ミレンシアは自分の婚約者だ。
ミレンシアの方はどうだ?
ミレンシアの方も、まんざらでもない感じで執事の方を見つめている。
いいのか?こんな距離の近さでいいのか?
それでも、この婚約を結ぶことを決めたのは父である国王陛下だ。
従わなくてはならない。
ああ、あの女は屑だな……それが初めてミレンシアと会った時に感じた印象だった。
兄のオリオ王太子は双子の兄で、王族には珍しくとても仲が良い兄だ。
王族の兄弟は他国では王位継承とかで、いがみあっていたりするが、互いに身長コンプレックスと、長ったらしい名前に嫌気がさしている事、同じような屑な婚約者を持っている事で、親近感を持ち、よく愚痴を言い合うようになった。
ミレンシアは仕方なく自分と婚約したのだろうなぁと思う。
あの執事とは身分違いで結婚出来ないのだろうなぁとも。
そして、ミレンシアと自分が結婚したらしたで、あの執事とべったりな女の家に婿入りするなんて、今から憂鬱だ。
そんなこんなで悩んでいたら、王立学園に入学する歳になった。
ディアト第二王子もミレンシアも王立学園に入学した。
学園まで執事はついて来ない。
ディアト第二王子はミレンシアに対して、婚約者として尊重する紳士を演じる事にした。
周りの目こそ恐ろしいのである。
「ミレンシア。一緒にお昼を食べよう」
「ええ、喜んで」
共に王立学園の食堂でお昼を食べ、交流を深める。
ミレンシアに向かって、ディアト第二王子は、
「君の誕生日はいつだったか?何かプレゼントを贈りたい。婚約者として当然だから」
「有難うございます。アルトが、わたくしの為に何か企画をしてくれているようですわ。ですから、お気遣いなく。お心だけでとても嬉しいです」
おおおおいっ。アルトが企画?いやいや、私が婚約者なのにアルト?
そう叫びたかったが、ぐっと我慢した。
そしてにこやかに、
「私も君の為に何か企画したいな。誕生パーティをやるとか。私は君の婚約者なのだから」
「王族であらせられる第二王子殿下にわたくしの為に時間を使ってもらうのはもったいないですわ。本当にお心だけで嬉しいのですわ」
「せ、せめてプレゼントだけでも贈らせて欲しい。ミレンシアは何の花が好きか?その花で花束を作らせて贈ろう」
「そうですわね。アルトが白いカスミソウが好きと言っていて、わたくしもそのさっぱりとした清楚なカスミソウがとても好きで。カスミソウの花束を贈ってくださると嬉しいですわ」
また、アルトかーーいっ。
王家の影に調べさせた所、アルトという執事と彼女は不貞はしてはいない。だが、アルトアルトアルト。ミレンシアはアルトの事が好きなのか? 話の節々にアルトという名が出てくる。
自分は王族だぞ。そして、父の命で、アデルトス公爵家に婿に入らねばならない。
ミレンシアと婚約を解消するわけにはいかないのだ。
そんな日々を送っていたが、とある日、廊下を歩いていたら、目の前で女生徒がすっころんだ。
慌てて助け起こせば、その女生徒は目をうるうるさせて、
「有難うございますっ。わ、私、セダス男爵家のフィリアですっ。あ、貴方のお名前はっ」
ディアト第二王子は思った……
来たっーーーこれってハニートラップって奴じゃね???
ピンクブロンドの髪のフィリアはとても可愛らしい令嬢で。何故か胸元を強調して、上目使いで見つめてくる。
そして、両手でディアト第二王子は手を握られてフィリアに見つめられた。
嫌な感じがする。
胸がドキドキして、今にもフィリアと言うこの女にむさぼりつきたくなった。
これって、魅了だよね。マジ……魅了だよね。
慌てて離れる。
こんなのに引っかかりたくない。
「君、気をつけたまえ。転ばないように歩くように」
どこかに控えているはずの影に命令する。
(今の女の事を調べておくように)
(はっ)
しっかりと影に調べさせれば、あの例の執事が糸を引いているとの事。とんだ黒い執事だ。
恐らくミレンシアも絡んでいるのだろう。
それでも、あの家に婿に入らねばならない。
国王である父の命令なのだから。
再び、フィリアと言う女が接触してきたので、不敬であると突っぱね、騎士団に通報して、連れて行ってもらった。
騎士団長の協力を仰ぎ、魅了の力を使って第二王子を誘惑しようとしていたと、までは吐かせたが、背後の黒幕については供述を得られなかった。
フィリアが自殺してしまったからだ。
翌日、放課後、帰ろうとしているミレンシアに声をかける。
「ミレンシア。それ程、私が邪魔か?私の浮気による婚約破棄を狙って男爵家の令嬢を差し向けたのか?」
ミレンシアは背を向けて、
「なんのことだか解りませんわ」
「あの執事の事がそんなに好きか?私との結婚がそんなに嫌か?」
ミレンシアはこちらを向いて、睨みつけるように、
「わたくし、夢を見たのです。貴方は屑王子で、男爵家の娘に恋をして、そしてわたくしに婚約破棄を言い渡す夢。そして、わたくしはわたくしの傍にずっといてくれたアルトと結婚する夢。夢の中の貴方はとても愚かで。わたくしの事を大事にしてくれなくて。わたくしは泣き暮らしている所をアルトに慰めて貰うのです。それなのに、現実の貴方は男爵家の娘に見向きもせず、わたくしと婚約者の交流をしようと、気遣ってくれる。おかしいのではなくて?貴方は愚かな王子でなくてはいけません。でないとわたくしはアルトと結婚出来ない。そう、貴方の生き方は間違っているのよ」
「はぁ?何の話だ。私は第二王子として、兄上の力になりたくて、一生懸命励んで来た。君との結婚だって、結婚するならそれなりに愛を育んで、アデルトス公爵家の為に働こうと思っていた。アルトと結婚したいって?アルトという男、アデルトス公爵が結婚を許さないという事は市井の者なのだろう。だったら、お前がその男と結婚したいのなら、市井に落ちればいい。駆け落ちでも何でもして。例え、私の有責で婚約破棄をされたとしても、その男と結婚出来るはずはないだろうが」
「それが出来るのよ。貴方が男爵家の娘と浮気をして、婚約破棄を言い渡して、貴方有責の婚約破棄になって、泣き暮らすわたくしをお父様が心配してくれて。アルトとの結婚を何故か許して下さるのだわ。それがわたくしの見た夢。わたくしは女公爵となって、アルトがわたくしを支えてくれるの。夫として。それがわたくしの生きる幸せな道なのだわ」
「生憎、お前の言う通りに私はならない。覚悟するんだな」
結局、ミレンシアとの婚約は解消になった。
ミレンシアがアルトと駆け落ちをしてしまったのだ。
アデルトス公爵家から、ミレンシアの妹で、歳は12歳のリアーテが新たな婚約者となった。
ディアト第二王子17歳。リアーテ12歳。まだまだリアーテは子供である。
「ディアト様。リアーテです。お姉様の事は申し訳なく思っております」
王宮のテラスで、顔合わせをした時、開口一番謝られた。
アデルトス公爵も、
「ミレンシアが申し訳ない。執事と駆け落ちなんぞしよって」
公爵夫人も、
「リアーテはまだまだ子供ですが、よろしくお願い致しますわね」
リアーテはにこにこ笑って、
「素敵な王子様。わたくし、王子様にふさわしくなるよう努力致しますわね」
一生懸命、公爵令嬢らしく、話すリアーテ。
そんなリアーテが微笑ましかった。
リアーテはよくディアト第二王子に会いに来る。
「こんにちは。ディアト様。良いお天気なので、一緒にお庭を散歩したくて訪ねてきちゃいました。いえ、来てしまいましたわ」
ディアト第二王子はそんなリアーテに、
「会いに来てくれて嬉しい。そうだ。王宮の庭には沢山の花が咲いている。何かプレゼントしようか?」
「嬉しいですっ。でも、いいのですか?わたくしの為に」
「婚約者だから当然だよ」
オリオ王太子が、やって来て、
「可愛らしい婚約者殿だな。私は王太子のオリオだ。弟をよろしく頼むよ」
「お、王太子殿下。こちらこそ、よろしくお願い致します」
一生懸命カーテシーをするリアーテ。
リアーテはいつもニコニコしていて、ディアト第二王子はリアーテと一緒にいると癒された。
リアーテはディアト第二王子に、
「わたくし、ディアト様と夫婦になるのですね。一生懸命、大人になりますから、わたくしの事、いつか好きになって下さると嬉しいです」
真っ赤になってそういうリアーテを抱き上げて、
「そうだな。リアーテがもっと大人になったら、きっと好きになる。好きになるよ」
こんなにも自分に愛をぶつけてくれるリアーテ。
ミレンシアとは大違いだ。いつもアルトアルトアルト。
思い出すだけでもイライラする。
いやもう、思い出したくなかった。
そんなとある日、アデルトス公爵家に突然、ミレンシアが帰って来た。
「アルトとの生活が苦しくて。こんなに市井の生活が大変だなんて思わなかったわ。いつも食べていた食事も、市井の者の食事って美味しくなくて。それにわたくし、洗濯掃除なんて、出来なくて。こんな生活嫌。いくら愛しいアルトが一緒だからって、だから戻って来たの。ねぇ、わたくしが、婚約者に戻ってあげるわ。だから再び婚約致しましょう」
そう、アデルトス公爵家に来ていたディアト第二王子はミレンシアに言われた。アデルトス公爵は、ディアト第二王子に、
「ミレンシアの方が優秀で、歳も同い年。リアーテはなんせ幼い。どうだろうか?再び、ミレンシアと婚約して……」
公爵夫人が怒り出し、
「貴方。ミレンシアの社交界での噂、もう地の底ですわ。皆、夫人達は笑いものにしておりますの。貴族の令嬢として自覚が足りなかったのではないかって。ですから、ミレンシアは修道院へ入れるとします。リアーテが第二王子殿下を婿に迎えてこの公爵家を継ぐ。それでいいのではありませんか」
ミレンシアはアデルトス公爵に泣きついて、
「お父様。お父様はわたくしの事を見捨てないですわね?」
そして、身を翻して、ディアト第二王子の手を両手で握り締め、
「わたくし、間違っておりましたの。だから、どうか、貴方と婚約を。お願いですから」
ディアト第二王子は、ミレンシアを睨みつけて、
「私の婚約者はリアーテだ。私を陥れ、婚約破棄騒動を企んでいた事は忘れてはいない。一人の男爵令嬢を殺した事も。いくら愛しているとはいえ、駆け落ちした挙句、そいつと幸せになるとは限らないんだよ。人生は過酷だ。お前は公爵令嬢として自覚が足りなかったんだよ。二度と、私の前に顔を見せるな。いや、顔も見たくない」
ミレンシアは泣き崩れた。
リアーテはミレンシアの傍に言って、
「ディアト様への態度はどうかとわたくしは思っていましたの。ですからディアト様はわたくしに頂戴。わたくしがこの公爵家を継ぎますわ」
幼いながらもしっかりと言い切るリアーテ。
ディアト第二王子はそんなリアーテに愛しさが増すのであった。
ミレンシアは翌日、修道院へ馬車で送られた。
そして、ミレンシアを連れ戻しに来たアルト。
とある騎士団にディアト第二王子はさっくりと連絡しておいた。
アデルトス公爵家の周りを警護してくれと。美味しい獲物が引っかかるはずだから。
無事、獲物確保との連絡があったので、あのイラつく元執事の事は忘れる事にした。
月の美しい夜に、灯りの下、リアーテと共に過ごすディアト第二王子。
王宮に泊まりに来た、リアーテに客室のソファで本を読んであげているのだ。
リアーテはとある恋愛本を差し出して、
「このご本、お姉様が望んだみたいな物語が……屑第二王子と婚約破棄した公爵令嬢は執事と共に幸せになるですって」
ディアト第二王子はその本をポンとテーブルの上に置いて、
「物語の中の話だよ。私は屑でないように、努力してきたし、ミレンシアの事も歩み寄ろうとした。だが、ミレンシアが執事と共に幸せになりたかったのだから仕方ない。まぁ現実は物語のように上手くはいかないけれどな」
そう言って、愛しいリアーテを膝に抱き上げて、
「他の本を読んであげよう。どんな本がいいかな」
「この格好は恥ずかしいですわっ」
真っ赤になるリアーテが可愛くて。
早くリアーテと結婚したいなと思うディアト第二王子殿下であった。